心の瞳でトクちゃん悩殺コンテスト

舟津 湊

第1話

 ウチの女子高では、化粧を禁じられていない。

 校則には、『高校生らしく、華美な化粧は避けるべし』と書いてあるだけだ。


 この学校の生徒は、みんないい子ちゃんばっかりだから、いわゆる『スクールメイク』というやつで、節度を保って化粧を楽しんでいる。


「でもさー、せっかく化粧しても、無反応ってのは悲しいよな。」

 弁当を食べながら、いきなりそう切り出すクラスメイトのミツキ。

「えー、そんなことないよお。ミツキがバシッとキメてきたら、アイラインかわいいねとか褒めてやってんじゃん。」

 焼きそばパンを頬張りながら反論するワカナ。

「いや、生徒たち同士ってのはいいんだよ。みんな気い遣って褒めあってっからさ。」

「じゃあ、何が悲しいの?」

 参戦する私。


「……トクちゃんさ。」ちょっと赤面するミツキ。

「「ああ、なるほどね。」」と納得するワカナと私。


 トクちゃんとは、ウチのクラスの担任、徳丸先生のあだ名で、この学校唯一の若手の男性教師だ。担当の科目は、なぜか国語と音楽の二刀流だ。ピアノがうまい。

 あ、他にも男性教師はいる。いるにはいるが、残るは、やや生活習慣病ぎみのオジサン先生と、ウチの生徒の誰よりも体重が軽そうなジイチャン先生だ。

 本人は隠しているつもりだが、ミツキがトクちゃんに気があるのはバレバレだ。


「確かに。せっかく可愛くしたなら、褒めてもらいたいっていう乙女心は理解するわ。」

 私も同意する。


「だからさー、クラスのみんなとやってみない? ……マスカラのスクメで誰がトクちゃんのリアクションとれるか?」

「ク、クラスのみんなで?」と私。

「いいね、オモロイかも。」とワカナ。


 こうして、ミツキは昼休み中に三十五人のクラスメイトの賛同をとりつけ、『マスカラでトクちゃん悩殺コンテスト』を明日からスタートさせることになった。ルールは簡単だ。トクちゃんに目元のことで最初に何かコメントもらった女子が勝者。別に誉め言葉でなくてもいい。勝者には、参加者からのオゴリで、一か月強、購買で好きなお菓子が買える。期限は一週間。


 翌日。

 クラスの雰囲気が変わる。

 思い思いにまつ毛をクルンとカールさせたり、がっちり束ねたり、ムチャクチャ伸ばしたり、ブラウンにしてみたり。


 ドアをガラッと開け、トクちゃんが入ってくる。

 先生は、教室内を見渡して、微妙に反応したような気もするが、『起立・礼』をすると、おはようと言って、何事もなかったかのように連絡事項を伝え始める。


 それからは、クラスメイトの個人アタックが始まる。

 先陣を切ったのが、ミツキ。

「トクちゃん、今の授業、ここをもうちょっと詳しく教えてもらえる?」

 彼女は国語の教科書を広げ、教壇に残っているトクちゃんに質問する。

 位置的には、上目遣いになる。アザトイ……アザカワイイ。

 ミツキは、カール強めのパッチリおめめで先生を見上げるが、特段の反応は得られない。 質問に対して明解な答えをもらい、すごすごと席に戻った。


 一週間、こんな感じで個人アタックが繰り広げられる。


 わざと授業中に居眠りして、伸ばしたまつ毛の長さを強調する子。ネムリヒメカワイイ。

 トクちゃんは座席の間を周りながら、太宰治の作品を解説したが、その子の前は素通り。授業が終わるまでずっと狸寝入りをするハメとなった。


 目にゴミが入ったから見て欲しいとお願いする子。束ったまつ毛をパチパチ。オネダリッコカワイイ。

 トクちゃんは、保健係の生徒を呼んで、その子を保健室に連れて行かせた。


 国語の教科書に載っている、悲しい結末の小説を読んで、ウソ泣きをする子。カール弱めで伏し目がち。ナキムシカワイイ。

 目に当てていたハンカチから顔を上げアピールするが、トクちゃんは、よしよしとうなづくだけだった。まあ、リアクションがあったということで言えば、惜しかったかも知れない。


 私も負けじとアタックする。

 あ、別にトクちゃんに気がある訳じゃないけど。賞品のお菓子約一か月分は魅力的だ。あまり強いメイクは好きではないが、この時ばかりは、カールきつめ、塗り重ねてキュンキュンに伸ばしたまつ毛で勝負する。


「トクちゃん、にらめっこしよう。」

 昼休み、先生を捕まえて勝負に挑む。

「……よし、受けて立とう。」


 クラスの子たちがおもしろそうに寄ってきて唱和する。

「だるまさんだるまさん、にらめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ」

 私はありったけの目力を込めて、先生を見つめる。別に笑わせなくてもいい。勝負のあと、私の目についてコメントが貰えれば、それでいいのだ。どうだ、メヂカラカワイイだろ!


 十秒ほどにらみ合う。


 と、その時。

 トクちゃんの顔面が崩壊した。白目で口半開きの、超・変顔。

 プッと思わず拭きだし、ギャハハと笑ってしまった。多分先生にツバが飛んだと思う。

 先生は、女の子たちの嬌声の中、ガッツポーズをとって教室を去って行った。

 ク・ヤ・シ・イ。


 『マスカラでトクちゃん悩殺コンテスト』の最終日は、校内合唱コンクールの日だ。

 残念ながらまだ勝者は出ていない。私は善戦した方だと思う。


 出番まであと少し。私たちのクラスは音楽室でリハーサルをする。

 ずらりと並んだ女子高生は、みなマスカラで目元をバッチリ決めている。

 

 ミツキが一歩前に出る。

「ねえ、トクちゃんさー、こんなにいっぱい、色んなカワイイが並んでるのに、何とも思わないの?」

 それをスルーし、ピアノ伴奏しながら一通り曲を通し、アドバイスするトクちゃん。そしてリハーサル終了。


 先生は、指揮者のメグの隣に立ち、ようやく口を開いた。

「君たちが何を企んでいるのかわからんが、その熱いマナザシは、しっかり伝わった。魅力的だよ。」

「えー、それならもっと早く言ってよ。」と口をとがらせるワカナ。

「いやいや、最近は生徒の顔や容姿について、ちょっとでもコメントしようもんなら、やれセクハラだの、やれパワハラだのうるさいからな。」

 それで、無反応を決め込んでいたのか。


「……ボクからも、君たちに聞いておきたいことがある。」

 先生は、整列した生徒達をぐるりと見回し、質問した。

「何か、言うことない?」


「と、トクちゃん、まさか……」


 最初に気づいたのは、ミツキだった。

 その反応で、みんなの表情も変わる。

 トクちゃんの目元が、なんだかスタイリッシュだ。


「やっと気づいたか……この時のために、メンズのマスカラでキメてきたのに。……なんか残念な気持ちだなあ。」


 いやいやカッコカワイイ! セクシーアイ! 、学校イチのイケメン!(あたりまえか) などと慌ててご機嫌をとる女子高生たち。


 その後、先生は人数分購買で調達してきたお菓子を配った。ん? 何で賞品のこと知ってるんだ?


 指揮者のメグは、指揮棒に替えて『うまい棒』を掲げ、檄を飛ばす。

「三年四組、最後の合唱コンクール、マスカラパワーで優勝するぞ!」


「「「オー!」」」「「「オー!」」」

   「「「オー!」」」

「「「オー!」」」「「「オー!」」」


 そして、私たちは、本番のステージに立つ。


 スポットライトが灯(とも)る。

 文字通り、ひな壇の女子高生たちの目が輝く。


メグがタクトを一振り。


 応じて、ピアノが奏で始める、

 光りが雫となって、パラパラと降ってくるようなイントロを。


 歌の入りのタイミング。

 先生が優しい眼差しで合図する。


曲は、

 作詞:荒木とよひさ 作曲:三木たかし 

       坂本九の楽曲 

        『心の瞳』 

       女声三部合唱


 私たちは、トクちゃん先生の伴奏に誘われ、歌い始める。


 一緒にいるだけで、たのしいクラスメイト。

         そして、

 一緒にいてくれるだけで、たのもしい先生。


 心の瞳で、みんな、見つめ合い、歌う。

 自然に、手と手をつなぎ、歌う。


 私たちの声とピアノは一つになり、静かに曲を終えた。


 体育館の客席から、温かい拍手が生まれ、次第にそれは大きくなった。

 私の瞳から、仲間の瞳から、涙があふれる。


 つくづく、水に強いマスカラにしといてよかったと思う。


 おしまい。


 あ、忘れてた。

 悩殺コンテストの勝負はウヤムヤになっちゃったけど、

 合唱コンクールは、見事優勝!

 みんな、やったね!



(了)

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心の瞳でトクちゃん悩殺コンテスト 舟津 湊 @minatofunazu

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