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「・・・・っうわ、大丈夫?

ごめんな~、お盆受け取れば良かった!」




鎌田さんは自分が濡れたことについては少し気にしただけで、私にこんな言葉を掛けてくれた。




私が転んでしまう時には私に向かって両手を伸ばしてくれていたし、こうしてティッシュで私のダッフルコートやソファーや床を拭いてくれている。




「この子、挨拶をした後にホッとするみたいでよく転ぶんだよね。」




一平さんがいつもと同じ言葉を言うと、鎌田さんは笑顔のまま口を開いた。




「そんなことよりさ、この子のこの口は何?」




「よく余計なことを言っちゃうから口をセロハンテープで封印されてるんだよね。」




「可哀想だから取ってあげなよ。」




「うん、可哀想なんだよ。

でも俺は取ったらダメでさ。」




一平さんがいつものように説明をする。




“そうなんだ。”




そう言って作り笑いや苦笑い、引いたような顔をするか、信じられないことに喜ぶ顔の人もいる。

そして今までの全員はそれで終わり。




・・・いや、たまに一平さんの権力や小関の“家”の力を利用したくて近付いてきている人もいて、それが見えると私はいつもダメで。

余計なことを言ってしまい毎回一平さんに助けて貰い、お兄ちゃんからはめちゃくちゃ怒られていた。




だからこの口は、一平さんのお友達を審査するという家政婦の仕事中でも出来る秘書の仕事の時、必ず封印されていた。




「ヤバいね、小関君の家。」




鎌田さんが笑顔で一平さんのことを見た。




「これヤバいから、小関君。

すぐにやめさせた方が良いよ。」




そんなことを言われたのは初めてで。




それにはビックリとしたし、それに“凄く良い人”だと思った。




そして、それと同時に“ギリギリセーフ”の鎌田さんの審査は通過されないことになった。




ここでの正解は“そうなんだ”、だから。




理解しようとしてくれる人でないといけない。




財閥の分家である小関の“家”がどんな家なのか、理解し受け入れてくれるようなお友達でなければいけない。




鎌田さんの言葉には凄く嬉しくなったけれど、それと同じくらい何だか悲しくなった。




鎌田さんに指摘されてしまった一平さんはいつもと同じ優しい顔で笑っている。




でもその目は鎌田さんではなく星野青さんという人の方を向いていて・・・




私は一平さんの視線を辿るように星野青さんのことを見た。




そしたら、見えた。




私が部屋に入った時とは比べ物にならないくらい怒っている星野青さんの顔が。




私が転んだ時も怒った顔をしてピクリとも動かず、鎌田さんや一平さんが話している時も一言も話すことをしなかった星野青さん。




冬なのに冷たいお茶で濡れた制服を一切気にすることもなく、怒った顔のまま私のことをジッと見詰めている。




鎌田さんでも一平さんでもなく、私のことだけを目を逸らさずに見詰めているだけ。




それを不思議に思っていると、星野青さんはゆっくりと腰を上げ私に近付いてきた。




そして、そのままゆっくりと片手を伸ばしてきて・・・




その手は私の顔に・・・




私の唇に伸びてきて・・・




ソッ───────...と、私の唇を優しく優しく撫でた。




かと思ったら、次の瞬間には・・・




「・・・・・・・っっ!!?」




私の唇に貼ってあったセロハンテープを勢い良く剥がしてきた。




それには驚きすぎて固まっていると、星野青さんは凄く怒った顔を凄く凄く優しい顔にした。




そのギャップが凄すぎて・・・。




さっきの下品な会話と下品な笑い声、そして凄く怒った顔、そこからのこの優しい優しい顔はギャップが凄すぎて。




「どんな余計なことを言ったんだよ?

口にセロハンテープを貼られるくらいの余計なこと、知りたいから俺に教えろよ。」




そう聞かれ、予想外のそんな反応にはどうして良いのか分からず思わず一平さんのことを見た。




そしたら一平さんは青さんのことを見ながら初めて見るような少しだけ苦しい顔を、少しだけ悲しい顔をして・・・




フッ─────...と私と目が合った瞬間、顔を逸らした。




それが凄くショックで。




それが凄く凄くショックで。




中学生になってから毎日のようになるザワザワとする気持ちがどんどん大きくなってくる。




どんどん、どんどん、増していく。




この心が割れそうになってくる。




「俺、下に弟が2人いるんだよ。

あいつら余計なことばっかり言ってくるんだよ。

俺、自分で言うのもアレだけどな、結構面倒見の良い兄貴だから。」




優しい優しい顔でそう言って・・・




「言ってみろよ。」




私に真っ直ぐと・・・真っ直ぐと・・・




「余計なことでも何でも、俺には言っていいから。

怒りながらでも俺は聞いてやるから。

俺が出来ることなら俺が叶えてやるから。」




さっきまで“完全にダメな人”だと思っていた星野青さんのその言葉に、私の心は割れてしまった。




“やっぱり、ダメな人だ。”




私の判断は間違っていないと分かったけれど、私の口から出てきてしまった。




口だけではない。




涙腺も鼻の穴も、穴という穴から次々に溢れ出てきてしまった。




星野青さんから心を割られてしまったから、溢れ出てきてしまった。




「ピーコート・・・っ」




開いた私の口から出てきた“余計なこと”は、一平さんが連れてきた友人に言った余計なことではなく、私の心を今1番ザワザワさせている“余計なこと”・・・。




「わたし・・・・ピーコートが欲しい・・・っ」

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清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました! Bu-cha @Bu-cha

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