エピローグ
最終回 クリスマス・ビキニング
リュウは船の下層にある船倉にいた。娘のフウリとともに手足を縛られ、目隠しをされ、どういうわけか錘を胴体に括りつけられている。
数時間前、フウリと共にクリスマスの飾り付けをしていたら、突然ホテルを襲撃された。スウトに指示された通り、フウリを抱えて窓から逃げようとしたが、間に合わなかった。
こうした連中のやり方は実家にいる時になんとなく知っている。だから、ここで死ぬんだと思った。フウリと二人。恐怖と痛みの中で。
それでも、微かな希望があった。時刻を確認する術がないため正確ではないが、一時間ほど前に、一緒に囚われている他の宿泊客たちの目隠しが、知的な印象の女性によって順番に外され、一枚の写真を見せられた。
それは隠しカメラから抜き出した画像だったため、非常に画質が悪かったが、間違いなくスウトだった。
リュウはうまく誤魔化したが、フウリが名前を呼んだため一瞬でバレた。
その後、写真を見せてきた女は、船倉に詰め込まれた六十二人から、大人と子どもを合わせて四十人を連れて行った。
なにがなんだかわからない、あまりの理不尽にリュウと、幼いフウリはとても正気ではいられなかった。それでも、二人には確信があった。スウトが戦ってくれていると。
妻のリュウや娘のフウリから見ても、正直スウトが何を考えているのかよくわからないことの方が圧倒的に多い。それでも、愛されていることはわかったし、殺されたって諦めるような人でないことも。
待つことしか。祈ることしか。頼ることしか。リュウは無力な自分を責めた。だが、それ以上にできることはないまま、船は闇の中を進み続け、スウトから離れていく実感だけが募っていった。
「お母さん……わたしたち、だいじょうだよね?」
「大丈夫。きっと……大丈夫だから」
リュウはフウリを縛られた両腕で抱きしめる。フウリは幼いながらに気休めでしかないことはわかっているが、それでも同じ言葉を繰り返す。
それは、周囲にいる人たち、親子も同じ。皆一様に祈っていた。初代サンタに。クリスマス・イブの夜だから、祝福があるように、と。
そんな時、入口が開く音がした。ついに殺されるのかと全員が恐怖した。だが、その足音は明朗ではなく、音だけで体を引きずっていることがわかるほど。
かといって、この状況で都合よく助けが現れるとも思えない。
声にならない混乱の中、足音が徐々に近付いてきて、入り口に最も近い人がいるあたりで止まる。
リュウは痛みによる絶叫が聞こえてくるのだろうと覚悟したが、一向にその気配はなく、ついに彼女の前で足音が止まった。
「よかった……本当に。無事で」
目隠しを外されたリュウの前には、スウトがいた。血塗れで。右腕は半分千切れ、全身至る所が折れ曲がっているが、確かにスウトだった。
「スウト? ありが……」
死を覚悟したのに助かった。その安心感で、何を伝えればいいのかわからず、安直だけど素直な気持ちを伝えようとした。
だが、スウトは隣にいたフウリを解放してから、二人には目もくれず他の人を助けに行った。
普通なら、家族との再会をこんなにもあっさりと済ませてしまう姿を見たら、失望してしまうかもしれない。少なくとも、いい気持ちはしなかっただろう。
だけど、リュウとフウリは不思議とそうした気持ちにはならなかった。折れたクリスマスツリーのようにボロボロのスウトが、人々を解放していく背中が、サンタさんのようだったから。
いや、本当にサンタさんなんだと思った。わたしたち家族だけのサンタさんではなく、みんなのサンタさん。普段は無口で、無愛想なスウトだけど、そっちの方が、らしい気がした。
※※※
拉致された人々とスウトを乗せた船は、進路を変更し、別の大陸を目指していた。
スウトが大打撃を与えたとはいえ、元いた場所に戻るのはリスクが高い。この世界にサンタの支配が及んでいない場所は存在しないが、せめて比較的穏当なサンタが支配している国を目指している。
船の操縦は、拉致された人の中にいた経験者に任せて、リュウたち三人は船内の医務室にいた。
「おかあさん……しんじゃうの?」
フウリは不安そうに震わせた両手を、スウトの右手に重ねる。
「大丈夫。サンタさんはこのくらいの怪我で死んだりしない。約束する」
「ほんとにほんと?」
「フウリを置いてどこかに行ったりしない」
人間なら死んでいる大怪我を負っている母親の姿を目の当たりにして、三歳の女の子が平気でいられるはずがなかった。
ましてや、いままで拉致され、殺される恐怖に晒されていた。そんな危機から助け出してくれた母親が、全身の骨格が歪み、四肢がいまにも千切れ落ちそうになっているのだから。
「……よしっと。応急処置はしたけど、やっぱり陸に戻ってお医者さんに診てもらった方がいいんじゃないかなって、わたしは思うんだけど……」
「いや、それだけは絶対にダメだ。港にいま戻ったら、全員捕えられて殺される。ここで他の大陸を目指せば、最悪でも私一人で済む」
「やっぱり……おかあさん、しんじゃうんだ……」
「いや、違う違う。私は大丈夫だから」
完全に言葉のあやなのだが、幼いフウリが聞き逃すはずがなく。それどころか、大人であるリュウでさえ、本当に死ぬのではないかと不安にさせる発言だった。
「本当に……大丈夫だって信じていいんだよね?」
「当然だ。今回だって、どこにいても必ず見つけるって約束を守っただろう?」
そう言われると、きっとスウトは死なないのだろうと思えてくる。だって、スウトは普段あまり喋らないが、約束を破ったことだけは一度もないのだから。
フウリがスウトの隣のベッドで眠ったのは、医務室に来てから十分ほど経った頃だった。異常な状況に六時間近く置かれていたのだから、疲れ果てるのも無理はない。
結局、スウトが用意したクリスマスプレゼントをクリスマスイブの間に渡すことはできなかったが、明日、落ち着いた状況で渡せばいい。
医務室にある冷蔵庫には、戦闘の余波でおそらく中身が崩壊しているクリスマスケーキが保管されている。これも明日ゆっくり味わえばいい。
家族はどこにもいったりしないのだから。
「リュウ……その、いままでサンタだったことを隠していて悪かった……」
「そんな怪我までして助けてくれたのに、謝らないでよ。教えてもらっても、冗談だと思って信じてなかっただろうし」
リュウとしては正直、いまでも信じきれないところがある。サンタは伝説上の存在だとこれまで信じていた。なのに、サンタは実在していて、しかも家出をした日に出会った女性だなんて。
でも、こうして実際に助けてくれた。こんなことができるのはサンタ以外に考えられないし、サンタでなかったとしても、サンタさんだ。
「……ずっと考えていて、お互いに言い出せなかったことだと思うんだが……今日、こんなことになったのは、こういう生き方をしてたせいだと思う。私たちのせいで、フウリには怖い思いをさせてしまった。だから……」
「スウトだけで責任を背負おうとしないでよ。この暮らしは二人で決めたことなんだから。どこか平和な国で暮らそう。フウリが学校に通えるようにするためにも」
リュウはスウトに手を重ねる。二人の関係が始まった時からずっと、気ままな旅を続けてきた。それが二人の全てだったから、終わらせるタイミングが掴めないままでいた。
だけど、きっと、今日がそのとき。
「……終わるとなると、寂しいな」
「そうだね。でも、私たちは出会ったあの頃と違って、親だから。そろそろ大人にならないと」
「サンタになるよりも難しいな」
「なにそれ」
リュウはスウトの本気なのか、冗談なのかわかりにくい言葉に微笑みながら、暮らすならどこの国が良いかと考え始める。
世界中を旅してきたからこそ、ここだと決めることができない。どの国にも良いところと悪いところがある。
でも、それは国に限ったことではない。気ままな旅にも良いところと悪いところがあるように。どこかに定住して、人生を歩むことにお、良い側面と悪い側面がきっとあるはずで。
これまでの生活を。大切な人と出会ったきっかけを、手放すことはきっと、悪いことばかりではないはず。
※※※
医務室で睡眠をとった三人は、夜明け間近に目を覚ました。船の揺れのせいか。殺されかけた恐怖による緊張からか。
気晴らしに三人は甲板に出て、夜風に当たっていた。三人のそばには、丁寧に梱包された箱が二つ置かれていた。
「少し遅くなったが、メリークリスマス」
スウトは仕事終わりに買ったゲーム機が入った箱をフウリに渡す。
「あけていいの?」
「もちろん」
「やったー」
娘が嬉しそうにプレゼントを開ける姿を見て、スウトはようやく胸の中にあった重たい感情が綻んでいくのを感じていた。
大切な人を失わずに済んだ。その事実が、いまはただ嬉しかった。
「げーむきだ! やったー!」
「よかったね」
二人が幸せそうにしている。それだけでスウトはよかった。
「おかあさん、こんなのはいってたよ?」
冬の寒さを吹き飛ばす、家族の温もりに浸っているスウトに、フウリがプレゼントの中から何かを見つけたらしい。
何が入っていたのかを確認すると、それは小さな盗聴器だった。
「……最初から、私をほっとく気はなかったわけか」
こんなことをするのはリトしかいない。リトはプレゼントを梱包する時に、スウトに同行を拒絶されてもサポートできるように備えていた。
どおりで、サンタ相手ではたった一度しかない狙撃のタイミングが完璧だったわけだ。
「スウト、これどうしたの?」
「まあ、クリスマスプレゼントみたいなものかな」
スウトは最後の最後まで抜け目がないなと思いながら、手に持った盗聴器を砕き、思いっきり海へ放り投げた。これ以上、リトの世話になるわけにはいかない。
リトだってずっと盗聴器の音を気にかけはしないだろう。これも彼女なりに、義理を通しただけのこと。それでも、ここで捨てた。
サンタさんと悪党の関係は一夜限りにしておいた方が、きっとお互いのためだかから。
「ケーキでも食べようか」
「そうだね」
リュウがケーキの箱を開くと、そこには予想通り無惨なホールケーキが広がっていた。
「……その……」
「何も言わないで。スウトがそんな顔することないから」
「おかあさん、しょんぼりしないで!」
二人に気を使われて、嬉しいような、恥ずかしいような。
リトが用意してくれた食器に、リュウがケーキを乗せる。スウトは両腕が使えないから、リュウが食べさせてあげる。
「どう? 美味しい?」
「二人と食べてるからな」
相変わらずな答え方をするスウトを見つめながら、リュウはふと海を眺める。
脳裏には、囚われていた時に連れて行かれた人たちの声が反響していた。
あの人たちはどうなったのだろう。きっと、殺されてしまう。一度考え始めたら、こうして助かってしまったことに罪悪感を感じてしまう。
そうした感情が顔を出してしまいそうになるが、スウトの前でだけはダメだと思った。スウトはできる限りのことをしてくれた。こんなになってまで。
それなのに、救えなかった人がいるなんてことを、知ってほしくなかったから。
スウトはわかっていた。攫われた人たちを、全員助けることはできなかったのだろう、と。
船の中から、娘を探す母親の声が。お母さんと泣き叫ぶ女の子声が聞こえてくる。人間の聴覚では聞き取れないだろうが、サンタ聴覚ならこの距離からでも聴きこ取れる。
リュウはその事実を隠してくれているから、スウトもスウトで顔に出さないようにするが、もう少しやれることがあったのではないかと考えてしまう。
どう考えても、これ以上に多くの命を救うことはできなかった。バーの地下で殺害されていた子どもたちも。この船から連れて行かれた人たちも。
サンタさん一人ではどうしようもないほどに、手遅れだった。それでも、と考えてしまう。
仕方がないと割り切れるほど物分かりが良ければ、きっといまもまだ、サンタ協会に所属していた。
この船から人々を運んで行った者は、何者なのだろうか。いつか、報いを受ける日が来るだろうか。
一秒でも早く、この凶行を止めてくれる誰かが現れてくれることを祈ることしか、スウトにできることはなかった。
「どうしたのおかあさんたち?」
「……うんうん、なんでもないよ。さ、続き食べよ」
「……ああ、そうだな」
スウトは、両手が届く範囲にある幸せを守ると、改めて心の中で誓った。この先、何が起ころうと、必ず二人を守ると。
救い損なうなんてことがないように。
引退した元サンタが誘拐された家族を救うために、人身売買組織を潰す話 神薙 羅滅 @kannagirametsu
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