バニー・ポッターと賢者の時間

零余子(ファンタジア文庫より書籍発売中)

バニー・ポッターと賢者の時間

 突然ですが、ここに感度が3000倍になる魔法の薬があります。

 私が作りました。

 そう、このバニー・ポッターが!




 薬を作った目的を語れば、結構長くなります。

 が、あえて言うなら「濡れ場への導入」ですね。

 もっと言うなら「親友の弟に飲ませる」ですね。





 私にはロニという同い年の親友がいます。

 魔女学校に初登校する道すがらで知り合った子で、道中バカ話を重ねていくうちに仲良くなりました。

 で、この前の長期休暇に、ロニの実家に招待してもらったんですが――


 そこにね、居たんです。

 天使が。


 その天使は、下界での仮名を「ジミー」と言いました。

 もう名前からして神性が満ちていますね。それくらい愛らしい少年です。


 で、ここからが驚くべきことだったんですが。

 なんとロニったら、ジミーに手を出していなかったんです。


 驚くべき――いや、まったくもって驚くべきことです。

 こんな可愛らしい男の子と一つ屋根の下で暮らしておきながら、手を出さない?


 私はロニの超人的な理性を目の当たりにして、身震いしました。

 ただの人間では持ちえない精神性を、私の親友が持っていた。繰り返しますが、驚くべきことです。

 聖女。そう、まさに聖女。超人的な精神性を持つ親友に、私は畏敬の念を抱きました。それはそれとして、ジミーに手を出していいか聞いてみました。


「あーしの弟? 好きにしていいよ」


 返答は、私にとって祝福そのものでした。

 持つべきものは物わかりの良い親友です。





 その日から早速、私はジミーをぐちょんぐちょんのぬらんぬらんにするための薬の開発を始めました。

 そこには沢山の苦労がありました。

 が、『結果』だけです! この世には『結果』だけが残ります‼

 あらゆる過程は消し飛ばされ、魔法の薬の完成という結果だけが成立したのです!









 私は完成した薬を手に、再びロニの実家を訪ねます。

 ジミーがいました。彼もまた半人前とはいえ魔法使いなので、私が強硬手段に及べば、魔法で反撃してくる可能性があります。


 だから魔法の薬が必要だったんですよね。

 これを飲ませれば、もうあとはぐっちょぐっちょな展開だけですもんね。

 この薬で、私はジミーを手に入れられるのです。


 さて、あとはどう飲ませるかという話なのですが。

 できるだけ怪しまれないように気さくな感じて話しかけて、あとはその場の流れでなんとかなるでしょう。多分、きっと。

 私は爛れた願いを腹の中に隠して、できるだけ清楚っぽく呼びかけます。




「ねぇ、そこの君。この感度が3000倍になる薬、ちょっと飲んでみてくれない?」

「わぁ、すごく綺麗で頭おかしいお姉さんが来たぞ」



 む!

 ジミーが私のことを「綺麗」って言ってくれました。


 バニーという名を持つだけあって、私は耳が自慢なんです。聴力が優れているし、感度も抜群。しかも都合の悪い言葉は自動的にシャットアウトする、ノイズキャンセリング機能付きのお耳です。


 ジミーから「綺麗」という言葉を引き出せたからには、もう計画の八割がたは達成されているといっても過言ではありません。綺麗、の後にジミーが何か私を評していた気がしなくもないのですが、聞こえなかったので気のせいでしょう。


「ほら、君のために味付けだって工夫したんだよ。ストロベリー味だよ」

「気遣いの方向性がおかしいよね?」


 むぅ。

 なかなか飲んでくれませんね。

 チョコ味じゃないとダメだったのかな?


「そもそもお姉さんは、何で僕にそんな危ない薬を飲ませたがっているの?」

「うーん、一目惚れしたから……かな?」

「すごく可愛い動機で、すごく可愛くない手段を使ってくるんだね」


 これは褒められているんでしょうか?

 多分褒められているんでしょう。多分。


「で、その小瓶に入っている薬……感度3000倍になるってやつ……本当?」

「本当だよ。本当に感度3000倍だよ」

「それって十進数?」

「ううん、四進数」

「つまり十進数に直すと192倍……うわぁ、それでも十分にえげつないぞ」


 計算の早さが凄いですね。食べちゃいたいくらいです。

 もう何でもいいから理由付けて食べちゃいたいくらい可愛いです。


「ね、ね、飲んでみて。それとも口移しがお好みかな?」

「うーん。ちょっと薬の安全性が信用できないかな」

「じゃあ、私が飲んでみて安全を証明したら、飲んでくれる?」

「うん、いいよ」


 その言葉、嘘偽りござらんな?

 言質はこの耳でしかと取り申した。


「じゃあ、飲みます! ごくん」

「あっ、躊躇いなくいったよこのお姉さん。僕に薬を飲ませることを優先し過ぎて、完全に捨て身だよ」


 私は薬を飲んで――んほおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ♡

 ば、バカになる♡ バカになりゅっ♡

 風が吹いただけで、なんかこう、来る♡ きちゃう♡

 風、吹かないで♡ 吹かないで♡

 私の体の中の炎が、燃え広がっちゃう♡ 熱くなっちゃってもうダメ♡

 あっ、ジミーが私のことみてりゅ! みてりゅ!

 その視線に晒されるだけで、私、もう、もうだめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!




 私の意識はそこで途絶えました。













 はい、これが私たち夫婦の馴れ初めです。

 あの後、ジミーは私を何かと気にかけてくれるようになったんです。


 ――こんなにもアホで倫理観が欠如した魔女に、本物の製薬技術が宿っている。

 ――こんな人を野放しにしておいて、悪人に利用されたら大変なことになるぞ。

 ――うん、僕が守らなきゃいけない。幸いにも僕なら、この人を抑えられるし。


 とまぁ、こんな具合でした。

 男の子に「守らなきゃいけない」って言ってもらうことで、私の乙女心は大いに充足されたわけです。これはもう落ちちゃいますよ。まぁ、私はとっくにジミーに落ちていたんですが。


 で、あれからジミーと一緒にいるようになって。

 二人してだんだん大きくなっていって、そのまま――えへっ。




 私が作った感度が3000倍になる薬。

 私はこれでジミーを手に入れるつもりでした。


 結果としては、私が思っていたのとは少し違った結末になってしまったけれど。

 あの薬が、私の恋心を成就させてくれた。その事実は本物です。


 だから、心を込めて言います。





 ―― 『ありがとう、いい薬です』

 

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