第1話
…シャリン……シャリン………
「…に君、……
シャリン…ッ
「………っ!」
恐怖に飛び起き、周囲を見渡す。
目に映るのは西日の差し込む小さな教室、いくつかの折りたたみ式長テーブルと椅子に加えて、ただでさえ狭いスペースに大量の書物を収めるための本棚や段ボールがところ狭しと並べられているのはここが日本民俗学研究会…通称民研の部室だからだ。
幼い頃住んでいた田舎の山の中ではない。
「大丈夫?阿国君?」
「八上先輩…?……おはようございます…?」
「まだ寝ぼけてる?」
そして先程から俺に声をかけてきているのは同じ民研に所属している
「…入学してそんなに経ってないから疲れてるんだろうなって、まだ起こす気は無かったんだけど、途中からうなされだしたから…。」
「あぁ…、その、大丈夫です。ご心配おかけしました。」
どうやらまたあの時の
「すんません、ちょっと自販機まで何か買いに行っても?」
悪夢にうなされだいぶ汗をかいたようだ。寝起きも相まって喉がまだ水分を求めている。
「っていうか、もうそろそろ下校時刻だから今日はもう帰ろ。」
「あっ、はい。」
そもそも私、君を起こすために最後まで残ってたんだし。と付け加え先輩は帰り支度を始める。
だから俺と八上先輩以外部室にいなかったのか、と納得しながら俺も帰り支度を始めた。
***
部室の鍵を職員室に返し、校門を後にする。
「今日は途中まで一緒に行こっか。」
「え、マジですか?」
「嫌?」
手にしたペットボトルの蓋を開け、林檎と柑橘類をミックスさせたような風味の甘い透明な清涼飲料水を一口飲み込む。
今飲んだジュースも「遠慮しないで、私まだ君に先輩らしいこと一つもしてないし。」そう言って奢ってくれた物だ。
「いや、嫌じゃないすけど…。」
「けど?」
「…なんでなのかな…って」
なんだかいつになく八上先輩に気を使われている気がして、落ち着かない。
「そうだなぁ……強いて言うなら…」
この大学に入学した俺は、訳あって日本民俗学研究会というマイナーなサークルに入部し、その時初めて八上先輩と出会ったのだが、率直に八上先輩を見た印象を言うと……綺麗な人だと思った。
「阿国君が民研に入部してからまともに話したこと、まだ一度も無かったし、」
色白で元はやや童顔寄りだろう端正な顔立ちをしているが、どこか冷めた雰囲気を漂わせる細い目とクールな表情、昏い赤を帯びた黒髪のミディアムレイヤー、高い身長と比較して決して控え目とは言えない程度に主張する胸の膨らみ、と言葉として列挙すると一見相反した属性が同居したビジュアルをしているようにも思えるが、先輩の場合不思議と均衡の取れた年齢不相応なミステリアスな魅力を形成している。少なくともそんな先輩のことを俺は美人だと思う。
「良い機会だから、これを機に阿国君と色々話してみようかなって思ったの。」
少し含みのある物言いだ。
「さいですか…。」
「大学生活はどう?」
「まぁ、今のところなんとかやっていけそうっていうか、ぼちぼちっす。」
「そう…。」
会話が途切れそうになり慌てて何かコチラから振れる言葉を探す。
「えっと、先輩はなんで民研に?その…先輩だったら色んなサークルから引く手数多だったでしょうし…。」
「フフ、日本各地の歴史や古い信仰に興味があったから、かな。」
「あぁ!良いっすね!実は俺も民俗学に興味があって、で大学の説明会の時にそういうサークルが有るって話を聞いてそれでこの学校選んで民研に入部したんすよ。」
嘘ではない、幼少の頃のあの出来事以来俺を悩ませるようになったある問題を解決する手がかりを求めて俺は民研に入部した。
「あとやっぱ、サークル活動の一環とかで実際に何処か旅行とか…じゃなくて取材に行ったりとかしたら楽しそうじゃないですか。」
「うん、実際行くよ、旅行。」
「マジすか?!」
冗談のつもりで言ったのだがまさかホントにそういうイベントが存在するとは。
「ヤダ、ちょっと顔キモいよ。」
「えっ?!いや、別に何もやましいことは考えてないっすよ。」
マズい、八上先輩が俺から距離を取り始めた。「ちょっ!待ってくださいよ!」そう言って八上先輩と距離を詰めようとした瞬間。
チリン………
微かに鈴の音が鳴り一瞬視界にノイズが走る。
「何?どうかしたの?」
微笑みながら振り向く八上先輩。
その背後の電柱の陰から………
小さくうずくまる血塗れの黒い子供の影がコチラを見上げるのを見た。
禍津百怪 ラルト @laruto0503
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