第17話 ちょっと待ってね。

 茉莉ちゃんに抱きつくように泣いている。もう何時間こうしているかわからない。


「小町、大丈夫だよ。大丈夫」

「いやだよぉ……」


 いなくならないで。私の前から。

 なんでもするから。お願いだから。


「はは、こんなに取り乱す小町、初めて見たかも。あーいや、『初めて』のときもオロオロしてたね」

「言わないでぇ……」


 茉莉ちゃんがもう一度、軽く笑った。


「バイトし始めたのは、私の部屋を借り続けるため?」


 うん。


「変だと思ったよ。急にバイトして、しかもめっちゃシフト入れてるんだもん。両親から大量に生活費もらってるはずなのに、どんな高価な物が欲しいのかと思ったら。そりゃ、親の金で死んだ友達の部屋借り続けてるとか、異常だわな。利用用途を確認されてもいいように、自分で稼いでたの? 大変だったでしょ」


 うん。

 

「誕生日のとき告白を断ったのも、思い出させないためだよね」


 ごめんね。


「あ、別に責めてるわけじゃないからね。付き合うことになれば、きっと思い出すだろうって思ったんでしょ。よかったよ、嫌われてたわけじゃないんだって知れて」


 当たり前でしょ。


「記憶がなかったのは知ってたの? すっぽり抜けててさ、二年生までの記憶しかないのに三年生だと思い込んでたんだ。我ながら、マヌケな話だよ」


 うん。付き合う前の記憶しかないことは、すぐにわかったから。


「詩華の歳のこともだよね。アドリブすごいね、よくあんな状況で嘘つけるもんだよ」


 本当、あの時は冷や冷やした。


「少しは落ち着いた?」

「……うん」


 泣き止んだわけじゃない。まだ涙は流れてくる。でも、頭はクリアになった。

 

「……幽霊になっちゃったけどさ、このまま一緒に暮らせないの? 今までみたいに」


 茉莉ちゃんはバツの悪そうな顔をする。


「本当はさ、私から関係をもっておいて、先に死んで一人にしちゃうの不安だったんだ。私が告白してなければ、こんなに悲しませることもなかったのかなって。詩華や父さん母さんは、数年後には笑ってるだろうけど、小町はずっと悲しんでくれそうだから」


 薄く笑う。


「それが未練になったのかな」


 今度は、満面の笑みだった。


「安心できるまで、ちょっとだけ待つことができた」

 

 まだダメだよ、私は。

 茉莉ちゃんがいないと、何もする気が起きないよ。生きる気力さえなくなるよ。


「……もう、安心できた?」

「うん! 小町なら大丈夫!」


 ちょっとだけ。本当に、後ちょってでいいから。もうそれ以上は望まないから。最後の最後だから。

 だから、


『————』


 その言葉だけは呑み込まなくちゃ。


「茉莉ちゃん、大好きだよ」


 この一言で、十分だ。


「バイバイっ……!」


 茉莉ちゃんの顔が、初めて歪んだ。

 瞳に涙を溜めて、流さないように言った。


「じゃあね!」


 


 ……消えてしまった。

 もう、これで、おしまい。

  

 やっと言えた。大好きだよ。

 やっと言わずにいれた。ちょっと待って。


 ねぇ、茉莉ちゃん。

 何十年後になるかわからないけど、もしかしたらもっと早いかもしれないけど。

 いっぱいお土産話を持っていくから、いっぱい幸せな思い出を作っていくから。


 私が死んじゃうまで、ちょっと待ってね。

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ちょっと待ってね。 菖蒲 茉耶 @aya-maya

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