第16話 思い出
たまたまアパートの隣の部屋になった人は、小祝茉莉さんと言う同じ大学の同級生だった。
一緒に新歓から帰った時に仲良くなって、そのまま友達になった。気が合ったと思ったけど、茉莉さんはどう思ってたんだろう。
性格はあまり似てないから、もしかしたら社交辞令だったのかな。
大学だったかサークルだったか覚えないけど、どっちかの催しで一年生のとき温泉旅行に行ってから、本格的に仲良くなった。
泊まりで一緒の部屋だったから、話す機会がたくさんあって、意外と話とか趣味とか、いろいろ合うことを知った。
お隣さんなのに今まで知らなかったんだねって笑い合ったんだ。
その日から「小祝さん」と「御徒町さん」から、「茉莉ちゃん」と「小町」になった。
時は過ぎて、二年生の夏。
茉莉ちゃんから告白された。
そういう経験がなかったから唐突で驚いたけど、相手は茉莉ちゃんで、当然ラブでなくともライクだ。断るよりは受けた方がいいことは知っている。
お付き合いが始まった。
幸せだった。
女同士とか初めてとか他人からの視線とか、不安は多かったけど、それでも幸せだった。
いつからか、私の想いはライクじゃなくてラブになっていた。自覚した時は、恥ずかしくって言えなかったけど。
一緒にいるのが当たり前になって、毎日のように互いの部屋に泊まり合った。
恋人らしく、イチャコラと。
三年生の十一月。つい三ヶ月前のこと。
全てが終わり、始まった。
茉莉ちゃんが亡くなった。
帰ってきたら部屋で倒れてて、すぐ救急車を呼んだけど間に合わなかった。
心臓が原因だったらしい。元々、体は丈夫な方じゃなかったらしいけど、死に至るような病気を患っていたわけでもない。
それなのに、呆気なく死んでしまった。
茉莉ちゃんの実家でお葬式が行われて、参加させてもらった。お盆で帰省した時に同行したのを覚えていてくれたらしい。
人はあんまりいなかった。ご家族と親戚っぽい人を除けば、私くらいだっただろう。
歳が近かったのは、茉莉ちゃんの妹の詩華ちゃんだけだった。
ずっと泣いていた。きっと、訃報を聞いてからずったなのだろう。ガラガラに枯れた声で泣き叫んでいて、泣き過ぎて涙が枯れた私とは正反対だった。
ご家族には、付き合っていたことは言ってない。ただの友達だと思っているのだろう。
葬儀が終わった。帰省の時みたいに、茉莉ちゃんの家に泊めてもらった。
翌日、ご家族に軽く挨拶してから帰ろうとすると、詩華ちゃんに話があると呼び止められた。私と話すために強がっているのだろう、もう泣いてはいなかった。
新幹線の時間まで、まだ四時間以上ある。
近くの公園のベンチに並んで座った。平日だ、人はいない。
「小町さん、茉莉と付き合ってたんでしょ」
「……知ってたの?」
「うん。茉莉がさ、たまに連絡してきたの。馴れ初めばっかりでウザかったけど、幸せそうだったよ。まぁ誰かは聞いてないけど、お盆の時にピンときたよ。この人だって」
「そっか」
「茉莉が迷惑かけてないかなぁって、お盆の時ドサクサに紛れて小町さんに聞いてみたけど、そしたらビックリだよ。だって、小町さんも惚気話してくるんだもん」
「えー、そうだっかな?」
「そうだよ。茉莉ちゃんが茉莉ちゃんがって、昔の私みたいだった」
「詩華ちゃんも、茉莉ちゃんのこと好きだった?」
「そりゃね。こうやって死んじゃうと、よくわかるよ。そこそこ仲良かったけど、数えきれないほど喧嘩したし、本気で嫌いなところもあったけど、やっぱ好き」
「そっか……」
「言ったことないんだけどね。それが唯一の心残りかな。ちょっとだけ素直になれれば、大好きだぜバカ姉貴って言えたのかな」
「……私も、言えなかったんだ。大好きだよって。愛してるよって。そんなの、いつでも言えると思って、後回しにしてたから」
「小町さん、意外と照れ屋なんだね」
「茉莉ちゃんの前でだけだよ。それに、詩華ちゃんだって、茉莉ちゃんの前だと素直になれないんでしょ?」
「ははっ、たしかに」
「ふふっ」
簡単に思い出せる。
後ろから「おーい何やってんだ」って茉莉ちゃんが呼びに来そう。それで、詩華ちゃんが突っかかるんだけど、私の前だからって茉莉ちゃんは大人ぶってジュースとか奢って。でも詩華ちゃんは素直に受け取らなくて、二人が言い合ってるのを、私は笑って見てるの。
現実逃避は終わった。
堰を切ったように泣き出した詩華ちゃんに当てられて、枯れたはずの涙が溢れてくる。
二人で泣いた。子供みたいに。
東京に帰って、アパートの階段。
自分の部屋の扉を開けようとして、止まった。一番奥の茉莉ちゃんの部屋の前に立つ。
この部屋とも、もうお別れ。
思い出の詰まった部屋に来るのは最後だからって言い訳して、合鍵で部屋の扉を開ける。窓から夕日がさしていた。
「んー? どうしたの小町、なんか用?」
「……えっ」
茉莉ちゃんがいた。
記憶の中と全く同じ、間違えるはずない茉莉ちゃんが。そこにいるのが当たり前のように。
幻覚だ。そうに決まってる。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
唖然とする私に近づいて、私の手を取る。
感触があった。体温があった。触れただけでわかるくらい、愛情があった。
茉莉ちゃんは幽霊になった。
「なんか心配だなぁ。久々にウチ泊まってく?」
私と付き合う前の記憶しかない幽霊に。
「まつ——」
なら、何も言わなければ成仏しない? 何も思い出さなければ、成仏しない?
「ちょっと待ってね。……うん、そうさせてもらおうかな」
「わかった。とりあえずベッドで横になってて、パジャマは私のでいいよね? あ、一人でできる?」
「うん」
いつか、思い出すまで。その間だけでいいから。それまでは。
ちょっと待ってね。
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