第3話:映画制作

 相模トラフ大震災後に新設された国家機関は、AAAを含めていずれも従来になく直接的に〔ルーラー〕に掌握されていた。翠は、パメラと詩伊奈の記憶を半ば失っている。自分一人でいるときは、遠い夢のように思い出せるのがが、他人といるときは思い出せない。

 さて、翠の娘、詩伊奈はマンモスの幼獣を育てていた。翠は詩伊奈が四歳のころに夜ごと語って聞かせたお伽話の中で、詩伊奈が赤ちゃんマンモスのマァモと出会うことを予言していた。詩伊奈が翠のお伽話に倣ってマァモと名づけたマンモスの赤ん坊は、保護された直後の体重わずか二キロが一か月後に三キロになった程度だった。マンモスはおろか、現生種のゾウとしてもありえない小ささだった。

 一方、巨大ヒヨコは保護施設ネオネビュラで、鶏肉などのエサも与えられながらゴールデンレトリバーの乳母に育てられ、保護後三週間で体重一〇キロに達していた。羽毛に覆われた体は鳥類に見えていてフクロウを思わせたが、現生種のどの鳥にも一致しない。翼は備わっておらず、後脚と比べて不釣り合いに小さな一対の前脚が目立つ。それは獰猛な肉食恐竜の特徴に一致していたが、全身を覆うビロード様の羽毛と、インコ類さながらに人真似もできそうな鳴き声からは恐竜を連想しづらい。

 ネオネビュラのスタッフたちは、巨大ヒヨコの処遇に困りかけていたが、ある日、父親らしき男性とともに施設を訪れた小学校低学年と思われる女の子が「あたしたちがヒヨコちゃんの里親になる」と言い出した。しかも、そんな幼い女の子が「この子は、ティラノサウルスの赤ちゃんよ。でも人間を襲わないわ」と明言するではないか。

 珍奇または未知の幼獣を保護している話は公表を控えるようにAAAから通達されているため、幼獣の詳細を公表して里親を募れなかった施設側としては、その女の子のような申し出は実にありがたい。ただ、保護している幼獣が獰猛な肉食獣に成長する場合は里親やその同居人、さらには近隣住人に害が及ぶおそれがある。


§ § § 


 その女の子から申し出があった翌日、旧首都圏からネオネビュラに電話があった。

 男性の声で「田村と申します。私どもは、米国の映画制作会社『ジュラピクチャーズ』の子会社なんですが、ヒヨコを探しています」と語り始める。

 震災の前からリアリスティックな恐竜などの古生物が登場する映画をネオネビュラの青木紀子理事も劇場で鑑賞したことがある。電話の主は「その映画を制作している会社です。ヒヨコを弊社の育成施設で育て上げて出演させたいんですよ。詳しいお話は直接お伺いしてお話したい」と言い出すではないか。

 青木理事は、何の迷いもなくAAAの大池パメラにこの件を相談してみることにした。「小学生低学年の女の子から申し出があったかと思えば、今度はハリウッドの映画制作会社ですって!」とパメラが驚いた声で答える。「本物の恐竜を出演させているのではないかという冗談もあったぐらいですからね。それと、象の赤ん坊は、うちの小学生が面倒見てますよ」

 「その二組の里親候補は、ヒヨコちゃんが恐竜のヒヨコだと見ている点が一致していますね。実は、ヒヨコを最初に林道工事現場から保護した工事関係者の人も獣脚類の恐竜の幼獣だと決めつけていました。

 「私も、恐竜の幼獣じゃないかと思っています。そうそう、井上獣医から検査結果の連絡はありましたか?」とパメラが尋ねると、青木理事は「まだ時間がかかるようです」と答える。

 「このお二人の里親候補のどちらを選ぶべきかに関して大池さんにご相談したかったんです。米国企業の育成施設に渡すべきなのか、小学校低学年の女の子に託すべきなのか。普通は、個人より企業の方を選ぶべきでしょう。でもハリウッドの会社の方は個人的に怪しいものを感じます。先方の担当者が来週『上阪』するそうなので、大池さんも立ち会っていただけますか?AAAさんとしては、特に一般市民に情報を漏らさないかどうかを厳しく確認する必要があるでしょう?」

 「じゃあ、女の子への回答は、映画制作会社との面談の後になりますね。映画制作会社が怪しいのは、ヒヨコの存在をどこで知ったかですよね」とパメラ。「ヒヨコ情報のリークについては心当たりがなくもないです」―パメラの脳裏には多田の名が浮かんでいる。


§ § § 


 パメラは幼獣調査課の部下、水木を自分のパーティションに呼んだ。水木君、ジュラピクチャーズって映画制作会社を知ってるかな?日本支社があって、旧首都圏で活動しているみたいなんだけど、実態を調べてほしいの。『育成施設』で幼獣を育てて映画に出演させているという話もあるわ」

 「〔育成〕って…。モンスター系ゲームみたいですね。ビーバーとかヤマアラシを幼獣から育成するって意味ですか?」水木も偏差値八〇クラスの大学を卒業した超エリートである。

 いわゆるオタク系の若者であり、特定分野の専門知識に通じているが、学力や業務に無関係な分野、興味のない分野のことは何も知らない。映画制作会社のことは詳しくなさそうだが、いざ必要な事項だと分かれば高い調査能力を発揮する。それに期待した。


§ § § 


 水木に任務を与えたら、次は古生物学者崩れの多田氏に連絡を取る。電話に出た多田は「僕と違って古生物学者になれた友人も何人かいます。恐竜のヒヨコが保護されているかもしれないってことは、彼らとの話題に上がりましたよ」と話す。

 「ジュラピクチャーズって会社はご存じ?」とパメラが訊くと、「『ジュラ』と名が付いているなら、古生物学者になりそこねたこの僕が知らないわけがないですよ」と笑いながら答える。「伊吹山で保護したヒヨコのことを彼らに話したのね?」とパメラが舌鋒鋭く追及する。

 多田は「堪忍してください。有罪にしないでください」と反応するのだが、世の中に対して斜めに構えているような雰囲気を醸し出している多田が本気で怖がっているようには感じられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月17日 16:00
2024年12月18日 16:00
2024年12月19日 16:00

ジュブナイルズ ~少女と幼獣の冒険記~ ミッキー大槻 @miccckey

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画