第2話

 その後。高速で空間エスケープした僕は深い溜息を繰り返しつつ、何気なしに錆びついた外観が連なるレトロな商店街を歩いていた。

「へえ。百円セール、か」

 偶然見かけた、小さなレコード店。その甘いうたい文句に、僕のローファーは無抵抗に吸い寄せられていく。中に入ると、狭いフロアに四方八方と円盤の束が連なっていた。ほぼ全てが中古と思われるレコードやCDたちが、ラックの中でまさにすし詰め状態。一方地べたに置かれた複数の籠の中にも、ほこりを宿しつつ無造作にそれらが積み上げられている。


 現在ときは――「アイドル黄金時代」

 普段音楽に精通していない僕にも、それは周知なムーヴメントとして認知していた。

 今や男女問わず、歌って踊れる「Ⅰ―POP」(アイドルポップ。通称:アイポップ)という新ジャンルが音楽チャートを席巻し、十代二十代はもちろん、その他あらゆる世代で音楽界のメインストリームをひた走っている。

 そんなアイドルジャンルの代物など一切見当たらない店内には、最新のモノでも一世代前の楽曲しか置かれていない様子。良くも悪くも時代に取り残されたようなこの空間が、どこか自分と類似しているような気がして。何だか居心地が良かった。

 ガサガサガサッ。

「あっ、やば!」

 積み上げられたディスクの斜塔に肘をぶつけ、慌てて両手を差し出す。

「ふぅ。危なかったぁ」

「って……これは?」

 どうにか崩落を阻止した僕は、偶然手元にあった一枚のCDジャケットに目が留まった。

「――イン……ヘブン?」

 それは「IN HEAVEN(インヘヴン)」と呼ばれる、当時の一時代を築いた四人組のヴィジュアル系ロックバンド。金、銀、赤、茶色と発色の強い派手めな髪形に、艶やかで美麗なフェイスメイク。一方対照的に、メンバー全員が黒装束のようなシックな衣装をまといポーズを決めている。そしてディスクを裏返すと、そこにはメンバーの印字が。


 Vo.EL(エル)  

 Gt.YOKU(ヨーク)

 Ba.ANGE(アンジ) 

 Dr.KOH(コウ)


 何故だろう。それは潜在意識の奥底から、沸々と湧き立つように。増幅する共感と親近感。それにこのヴォーカルの人、どこかで見たような……。

 長めの金髪に、白磁のように透き通った肌。その全てが美しくてカッコいい。

 でもそれは当然ながら、自分なんかとは別世界の人物であって、別次元の存在でしかない。まさに光と闇だった。

 なのに、それなのに。青い稲妻が脳天から落下したかのように、全身に衝撃が走る。

 胸を打つ鼓動。熱を帯びる身体。彼らを見たその瞬間から、ずっと――。

 僕は何故だか、興奮していた。


 その後、店内にあるインヘヴンのCDを手当たり次第に買い込んだ僕は、家へと帰宅。そしてもう何年も使っていないミニコンポを押入れから引っ張り出すと。すぐさま再生ボタンに手を掛けた。

「これは……」

 独特且つメロディアスなピアノの前奏イントロから始まり、後に攻撃的なドラムとギターサウンドが妖艶な雰囲気を一変させる。加えて堅固且つ、時にリズミカルに放たれるベースの重低音。そして何より、終始ハイトーンで瑞々しいヴォーカル「エル」の歌声。

 四人が織り成すその世界観に、もう鳥肌が止まらない。伸びやかなファルセットがどこか官能的で、耳心地が悦で満たされてゆく。と思えば、不意打ちのようにして時折繰り出されるシャウト。だがそれがまた刺激的で、何ともクセになる。さらに「闇」や「血」、「孤独」といったダークな歌詞が荒んだ己の身に染み渡り、心地良い快楽へと導いてくれる。

 彼らが紡ぎ出す、狂奏曲きょうそうきょくの数々に。

 僕はその夜。ただひたすらに没入し、酔いしれた。

「思い出した。あの時のって……」

 そして同時に、思い出していた。

 小さい頃に見た音楽番組。あの時話をしていた、一人のアーティスト。その人物は今まさに自分が聴き入っている、インヘヴンのヴォーカルの――「エル」だったということを。

 これが、僕が初めて体験した「ヴィジュアル系ロック」という音楽だった。

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2024年12月17日 08:00

奏で、僕らのVIVE LA 七雨ゆう葉 @YuhaNaname

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