第11輪 終わり良ければ全て良し

 和食のほうが美味いな


          ——オレンジ

 ペパーミントが最近やっと口を利いてくれるようになったら、今度は*ガトフォセのやつがツボミになっちまった。友情に取り返しのつかないヒビが入ってる。ダムは決壊寸前。流石にヤバいと思って、オレは毎日病院に通い、ベッドでだんまりを決め込むやつに思い出話や

みやげ話を聞かせてる——冥土の土産にならないことを願ってる。「そこでオレは言ったんだ——花だから花弁が立つのだ‼︎」、「ネロはシェイクスピアが彼を主人公にしなかったことを根に持ってる」。でも、ガトフォセの奥さんは人間なんだなこれが……ちょっと機嫌が良く

なった途端に「なんで子どもを出産していないあなたが入院してるの⁉︎ 役立たずのハゲ‼︎」ふたりの友情に再び亀裂をいれて帰るんだ。この宇宙に存在する如何なる形容詞を用いたと

しても、ガトフォセのあの顔は表現できまい。

「あの女、性格は悪いが精油の効果は本物だ。肌に塗ると良い」

「塗らない」

「たしか、ローズマリーが髪の治療に良いと聞く。偉大なマリア様に懇願しよう」

「懇願しない」

「別れのビズは?」

「…………………」




*(René-Maurice Gattefossé.

  言わずと知れたフランスの調香師、香料および化粧品の研究者であり、経営者。

  造語〝アロマテラピー〟を生み出した功績は、

  ラベンダーの【バレンタインデー】に匹敵するだろう。

  享年68歳、まだまだ元気に生きるぞ——髪はねえけどな! 

  最高の友のひとり。……また会えたら、どんなに嬉しいか。

  それはそうと、みんなオレが話を盛ってるって思ってるけど、それはちがうぜ。

  あの7月15日、同じ日にガトフォセは本当に上半身が火だるまになって、

  それに赤ちゃんが生まれたんだ。

  あいつもかわいそうだよな、

  ラベンダーにやられたなんて言っても誰も信じちゃくれないんだから。

  実験のし過ぎで頭がおかしくなったって言われちゃうんだ。

  何だその目は? 信じられないって? 

  これだから人間はしょうがねェ! 

  じゃあ、いっちょオレさまが作者に頼んで Wikipedia を編集してもらうか! 

  とにかく、オレの話を最後まで読んでくれてありがとう。

  決死の戦いの前に、楽しかったかつての黄金の日々を、誰かに伝えたかった。

  あの頃は例の馬鹿女も、まだ可愛げがあった。熟熟バカな女だよ)





































 7月21日

 エジプト テーベ アロマ連合本部

 地球長 執務室


「やいジジイ、元気でやってるか!」扉を開けて行儀よく挨拶。ラベンダーは口の中にヒヨコを飼ってるようだが、オレさまの口から出れば、どんな言葉でも上品な不死鳥になるんだ。「おまえが頑張らないと地球が滅ぶ、人間どもが図に乗るんだ。しっかりやれ」

「ワッハッハ‼︎ 失礼にも程がある!」

 香は口ほどに物を言う。彼の顔も香りも華めいている。オレのマスターは怒ると怖いが、

大抵のことは何でも笑って許してくれる。

「リンゴを投げれば?」

「ハトが飛ぶ」

 彼は多忙を極める。オレの訓練に付き合う時間はない。だから時折、会話の端々で今みたいに不意にイディオムや歴史、政治の問題を出してくる。教養や身につけておくべき知識は独学でも学べるけれど、当時をリアルタイムで生きていた神から学ぶのとでは質がちがう。

「良い、始めよ」

 オレは報告を始める。作業しながら聞く彼に。彼女の動向、発言を——偽造した報告書からではわからない——嘘偽りない本当のことを。自分の師匠にだけは、立場の垣根を超えて本当のことを何もかも打ち明けられる。

 話す間もずっと、アトランティス出身のエジプト男の視線はエアリスや書面を行ったり

来たり。思い出したように筆を走らせて何やら書き込むこともある。彼を枯らせる神がいるとするなら、それは忙殺を司る神だけだ。まあ、そんなのいないんだけど。

「ところで——オーストラリアに?」

「ウサギあり」

「続けよ」

 彼の予言によると、ラベンダーは重要な立ち位置にいて、彼女がどの陣営に味方するかで

地球の未来が大きく変わるらしい。それで、細心の注意を払って対応する必要があるんだ。

当初オレは、拷問して誰が至上主義者か、どんなテロを起こそうと計画しているか、

洗いざらい全て吐き出させようと提案したんだけど却下された。「テロが起こるのは動物界、植物界は困らん。得られる助けは全て受けよう、少しくらい戦力を削いでもらわんと、いざ

戦争になった時に困る。それにしても、困ったのう、人間が殺せば殺すほどに、向こうの戦力が増えてしまう」確かにその通り。人間に密猟殺戮された動物は反人間感情が強いため動物界に移住する。治安は悪くなる一方。オレたち花が四方八方行き詰まりの植木鉢にならないようマジメな犯罪者・差別主義者諸君にはしっかり頑張ってもらわないと。なぜならこの星には、3次元に守られていることを良いことに、刑務所に入らず調子に乗ってる狡猾な生き物たちが

いるんだから——聞いたところによると、そいつらの名前は人類って言うらしいぜ。こちらもズルくならざるを得ない。

 それに彼女についても、心配ご無用。憎しみを全て溶かしたんだ。彼女は念願叶い、本心ではずっとやりたかったファッション・文化面でのプロジェクトに夢中になってる、裏切る理由がない。人間界においても【世界大戦】は起こらない。ここは20世紀、彼らだってそこまで馬鹿じゃない。万々歳! ようやく平和がバカンスに地球を訪れたのだ!

「核廃棄物で北極海を汚染したのは?」

「地球人類第6文明」

「第3文明! いつもそれを間違える、日本海へ放射性物質を大量廃棄したのが第6文明」

「次は何だ⁉︎ クリストファー・コロンブスがやらかした【アメリカ分割】? アメリカ大陸の【ヒツジ優越主義】?」カチンと来た。「言っておくが【ビーバー戦争】なら、予習は完璧だぞ。さては【イギリス人 VS フランス人の部 ビーバー皮狩り競争】だな?」

「……では、【さよなら太古の森】とは?」

「イングランドから森が消失。理由は……塩の製造のため」

「イングランド、アイルランドから森が消滅! 1640年代のできごとであった。

【森林伐採競争】と同じ理由だが、イングランド海軍の過剰造船が主な原因だ。

では【森林伐採競争】とは?」

「ヨーロッパ各国が資源を争って伐採した。当時は、今もだが、

 植林という概念がない、馬鹿か⁉︎ ……現代において彼らは苦労している」

「1650年から1749年にかけてヨーロッパでは、1840万ヘクタールから2460万ヘクタールの森が消失。理由はヨーロッパの各国が競って世界中に植民地や交易拠点を築き、造船や製鉄、塩の製造、そして農業に大量の木を必要としたため——

おぬし、遊んでおるのか?」

「ハッ、よく覚えてられる、脳みそ何個あるんだ?」

「霊に脳など必要ない。木合いと根性で覚えよ」

「ちぇ、エアリス見りゃ一発でわかるのに」

「誰が信用する? そんなやつ」

「ところで、何してるんだ?」

「新たな規約にサインしておる——面接を理由にヒトを撃ってはならない。

 また、故意に電波障害を起こしてはならない」

「そんなやつがいるのか? ここはアロマ連合だぞ」

「ところで、今日も熱いのう」

「あたりまえだ、砂漠だぞ。北極とでも思ったか? アメリカかUKに移転しよう」

「トゲ野郎との小競り合いが多くなる。

 それに思い出もあるのだ。この地球は、

 皆がみな合理的ではない、困ったことに」


 悲しみ、懐かしみとも解釈できる香り。それでも神聖であることに変わりはない。

1万年以上生きた時、自分も同じ境地へ辿り着くことができるかどうか。だけど、やれることをやるしかない。偉大なことを今すぐにはできずとも、花も積もれば美しい山となる。

 宇宙儀は美しい。過去実際に起こった出来事、あるいは設定された条件に基づき宇宙を演出してくれる。部屋のあちらこちらで燦めく天体の素晴らしさ——それは the beautiful game

さながらだ。部屋のすみでは超新星爆発が起こり、ブラックホールに一瞬で吸い込まれて消滅した文明がある。いっぽうで、栄華を極めた星もある。銀河一の超高層タワーの頂上から、

オレのほうに手を振っている人がいた。その青と黄色の衣装には見覚えがあった。彼らだ——精油計画の任務を受けたとき、小惑星に祖星を破壊された——新しい星、新しい環境で、

今度こそ安全なテクノロジーと共に、長く安定した文明を創ったんだ。


 扉に手をやった。「どこへ?」背後からの声に振り返る。


「たとえ地球が明日滅びるとしても

 オレは今日 オレンジの木を植える」


「ワッハッハ‼︎ 青二百歳が!

 木をつけて」










 出演


 オレンジ  オレンジ

 ラベンダー ラベンダー

 ガトフォセ ガトフォセ


 諸言語吹き替え


 オレンジ  オレンジ

 ラベンダー ラベンダー

 ガトフォセ 各国声優


———————————


ラベンダーさんとオレンジくん


 2018年11月11日 フランスの悪臭を浄化せよ

 2020年 2月28日 奴隷の解放を阻止せよ

 2020年 6月 5日 妖怪の権利を守れ

 2022年 7月27日 始動、精油計画!

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ラベンダーさんとオレンジくん 始動、精油計画! @yusha_sun

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