第10輪 いつかオレさまが
(いくら待てども王子様は来ない
でも、心の窓を開ければほら、
誰かがオレンジを投げ入れてくれる)
告解があります
『真の薫香』、私は罪を犯しました
——アロマ連合フランス支部職員
月がバカンスに来る頃には、傷だらけのふたりは舞台で仰向けになり、
藍色の夜空に輝く満天の星を眺めていた。
「フッフフ……可笑し過ぎる。こんなに楽しいのは何百年ぶりかしら。
懐かしい……疲れた、ずっとこうしていたい」
「この仕事を辞めようと思ったこと、ある?」
「もう全部、どうでも良い……体が痛い」
「精油計画に参加してくれ、問題ないだろ。何が不満なんだ?」
「ラバみたいに頑固で、マムシの舌を持っていて、性格がブタ」
「?」
「あなたの言葉よ、覚えてるでしょ」笑いながら、
でも泣いている。「船の上から海に
落とした。
置き去りにした、
悪霊だらけのロンドン塔に」
「……すまない、何もかも。本当に」これには返す言葉がない。
「ロゼッタ・ストーンもそう。盗んで泥棒博物館に」「Ah……」
「楽しい時もあるけど、ロクなことがない——あなたと一緒にいて。
もう、人と関わりたくない」
「Madeleine Moreau 17歳」
「……?」
「彼女はプロヴァンスで両親と一緒に暮らしている。ふたりの兄がいる。畑でおまえの花を
摘む前には、話しかけるんだ——摘み取って良いか。かならず許可をもらってから花を摘む。それだけじゃない、日々の悩みや罪さえも打ち明けるんだ。今時めずらしいくらい敬虔深く、真面目だ」
「……だから何?」
「71歳になる Charlotte Olive はパリに住んでいる。男に捨てられ、女手ひとつで二人の
息子を育てた。今や大家族の長老だ。彼女はいつもラベンダーの香水をつけている。どこへ
出かけるにしても、決まって。新しいものには見向きもしない、店員に千回勧められようと。何か思い出があるのかもな。Marie Martin 49歳。末期の癌だ、もう助からない。彼女が
修道女として奮闘していた教会は悲しい程にお金がなく、というのも神父が金を横領して
私利私欲を満たしていたからなんだが——【天使界総動員ストライキ】の影響だ、飛び火したな。教会の管轄が天使界から植物界に移行して、まだ手の行き届いてない場所が
たくさんあるんだ」
「植物霊は動物霊みたいに多くない、ノージンジャー」
「それで花を買う金がないから、おまえの花を摘んで飾っていたんだ、復活祭のために」
「……」
「父の暴力に怯えて毎日を過ごすうち、14歳の Jeanne Guenon は感情を無くしちまった。いつも自殺を考えている彼女が唯一、泣いたり笑う時、それは一年の中で限られた時、夏だけだ。リヨンの教会わきに生えているラベンダーの香りを嗅いだ瞬間だけ。その芳香を嗅ぎたいがために、また一年頑張って生きるんだ。マルセイユの花屋で働く Alice Cochon 23歳は
美人かつ聡明だ。時代が時代なら花嫁として皇帝に迎えられていただろう。望んだものは
何でも手にしてきた彼女にも、できないことはある。コンプレックスである苗字を変えるのは無理だった。役所は聞く耳を持ってくれない。というわけで、最近では Alice Lavender と
名乗っている。男たちも持て囃すもんだから、よけいに調子に乗っている。そのうち痛い芽に遭うだろう。Amélie Orange もその様子を見て、ラベンダー性を名乗ろうとするんだ。オレは必死で彼女の夢に介入して、全身全霊の阻止を試みた。でも結局、止められなかった。彼女はモテたい。結果として、ラベンダーを名乗り始めた。この現象はパリでも見られる、関連性はない。皇帝の山、花村ケゼルスベールにあるワイナリーの一人娘 Aurélie Martin の夢は作家。家の手伝いなんかそっちのけで、自分の部屋でワインを飲みながらシェイクスピアに
恋してる。彼女の小説の主人公は、ラベンダーの神——おまえだ。なぜオレじゃないのか理解に苦しむ。言っておくが、オレはアイディアを落としてない、ただ彼女が村にあるどの花よりおまえを愛してるだけだ。Hélène Automne は——」
「もういい! わかった、わかったから——」
「人間が嫌いなのはわかった、オレのことも嫌いで良い。でも、
おまえを愛している人間たちがいることを、忘れないでくれ」
「わかったって言ってるの、聞いて、もう折れたから! でも、協力したい木は山々だけど、無理よ、不自然だわ。だって、畑ちがいじゃない? わかるでしょ、今まで戦ってばかり
だった。どれだけ毎世紀申請しても、女性の権利やファッションの支援なんて、
させてもらえなかった‼︎ みんなわかってるのよ、わたしはユダヤ人、孤独なの。
戦争大陸テロリスト山、犯罪畑の出身よ。戦場がわたしの家。知ってるでしょ、
普通の生活なんて……」首を左右に振る。真剣な表情でふざけたことを言わないでほしい、
茶化すべきか反応に困る。「気が楽なの。犯罪者たちと遊んでいるほうが」
葉っぱをかけた。
「変わりたくないの? 普通になりたいんだろ? いつも、いつの時代も、戦ってきた。
戦うから戦いになるんだ。今だよ、止め時は。勇気がないだけだ」
「わたしは花よ、この星を守りたい」
ラベンダーを林立てる。
「マーメイドだろうがサンタだろうが関係ない、冥界霊も、人類も。道を選ぶのは自分自身、義務じゃない。自分の人生と向き合え、地球と同じぐらい自分を愛してやれ。花、獣、天使、ドラゴン、どんな種族かも関係ない。みんな正しい薔薇の小道にいる。おまえは果敢に
なるために生まれてきた。楽しめ! それが足りない栄養素だ。道草食うのも悪くない」
「遊んで良いの? こんなに酷い星なのに」
森上げるんだ、ラベンダーを。
「人間を滅ぼすなんて面倒臭いこと誰かに任せよう、失敗したら全部そいつのせいにすれば
良い、もし成功して人類が地球からいなくなったら、ハッピーエンド!
少しはズルく生きろ、ニンゲンみたいに。それとも、カエサルみたいに勝ち続けたい?
何もかも思い通りになったとしても、すぐ次の不満を探してしまうだろう。最後は誰かに
殺されてお終い。そうなりたい?」
「あなた……前とは木が変わった」
「人間の良いところは……戦争、差別、汚染、犯罪、そして戦争だけが
人間の取り柄じゃない、ローマ人を見ろ」
「侵略と奴隷制もお得意ね」
「ちがう、茶化すな、そうじゃない——政治機構はともかく、少なくとも市民は頑張って
生きている。オレたちが彼らを導く。人類を支援するのではなく、
ニンゲンに苦しめられているヒューマンを助ける。視点を変えるんだ」
「何があなたを、そうさせるの? 精油計画をする前と今で、香りが全然ちがう」
「あなたが人間を滅ぼしたいのは、誰よりも優しいから。弱いヒトのことを考え、
現実と向き合っているから。自分の手を汚しているのは、勇気がある絶対の証拠だ。
だから…………
一緒に木を植えよう」
「わかったわ——あなたの花に免じて」
「垣根を越えれば、素晴らしい景色が見える。取り除こう——差別の、階級の垣根を」
「ただし条件がある。わたしの前で英語を決して話さないで」
「I agree わかった」
「伐採。マジで笑えない、それ」
「Je suis désolé 悪かった」
「労働力が足りない。植物の精霊は一種族に一輪だけ」
「たった二輪でも、百花繚乱さ」
「根、飢えてない? 〝エスト・エスト・エスト〟に行きましょう」
「それは?」
「エストラゴンの店、友達なの」
「中華はある?」
「葉? あるけど、和食のほうが美味しい。彼は和食が作れる数少ない花よ」
「いや、中華が良い」
「……あなたたちは、いつも同じものばかり。飽きない?」
「食べ慣れてるものが、1番しっくり来る」
「不自然」
「自然さ。私と君では育った森が違う」
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