いじめられたら100万円

渡貫とゐち

いじめられたら貰える制度


「お話、聞かせてくれる?」


 保健室の隣の部屋はカウンセリング室になっていて、悩んでいる学生の子たちがおそるおそる訪ねてくる。

 私はこんこん、と控えめにノックした学生を笑顔で迎え入れ、温かい紅茶を出して話を聞くのだ。


 内容は、相手の表情でなんとなく分かる。十中八九いじめだろう。まさか恋愛相談、というわけでもないだろうし……失恋した後の、話だけを聞いてほしい女の子なら何人かやってきた。

 そういう使い方も、してもいいのだけど、優先はやっぱりいじめられている子ね。


 訪ねてきてくれた女の子は顔色の悪さからいじめられているのだろうと予想がついた。けど、間違っている場合もあるので決め付けはよくないわね。


「言いたくないことだったらこの紙に書いてね。質問に答える形でいいから」


 アンケートのように彼女の悩みが聞き出せるなら楽でいい。口では言いづらいことも文字にすれば言える子もいるわけで。

 女の子は、震える手でアンケート用紙を返してくれた……ふむふむ、やっぱりねえ。


 いじめられている子だ。

 薄っすらとだけど見えないところに傷もあるので、ちょっと過激ないじめなのかもしれない。罵詈雑言で済んでいれば……それでも言われた側からすれば世界が終わるほどの絶望なのだけど。


「どんなことをされたのか説明できる? 証拠がなくてもいいわ、あとで裏取りしておくから」

「先生は、信じてくれないの……?」

「そういうことじゃないの。申請する必要があって、上の人たちは証拠を欲しがるものなのよ。私が口で言っても、頭が堅い人たちは動かないから……困ったものよね」


 女の子から聞き出したいじめの詳細、女の子の精神的苦痛をメモして、一時間程度。

 話し終えて少しだけスッキリしたような顔の女の子が席を立つ。


「じゃあ、一週間後に連絡するね」


 とだけ伝え、女の子を退室させる。申請している一週間の内にまたいじめられなければいいけど……、今度はあの子も意識的に証拠を集めてくれるかな?



 そして一週間後、私の申請は無事に通り、目的のものが手に入った。

 以前、相談に乗った女の子を呼び出し、対面で座る。

 戸惑う女の子の前に、私はどかんと束を置いた。


「え?」

「はい、100万円」


 札束だ。

 女の子は一度も持ったことがないようで、二枚目から下はメモ用紙なんじゃないかと疑い、一枚目をぺらりとめくっていた。

 当然だけど全て本物だ……新札ではないけど、そこは容赦してほしいわね。


「これ、どういう……?」


「いじめられた子には最大で100万円まで支給されるの。精神的、肉体的に苦痛を受けた場合の証拠が揃っていれば申請が通って受け取ることができる。安心して、これは所得にならないから」


 つまり中学生の彼女はいきなりお小遣い分の100万円を貰えたのだ。

 大人でも大きい金額なのだから、子供からすれば途方もない数字にも感じるだろう。

 彼女はゆっくりと札束を手の平に収め、重量感を確かめている。


「ほんもの……?」

「本物よ? あなたのお金なのよ。あなたが受けた痛みが100万円分になったの」


 そう考えたら安いのでは? と感じるが、追加申請すればまた貰うことができる。ただ、二度目三度目となると審査も厳しくなってくるので注意が必要だ。

 自演で稼ぐことができてしまう以上、目が厳しくなるのは仕方ない。加害者に罰則はないから、被害者が罠を仕掛けていじめさせる、という手も使えるわけで――そのへんの不正を見破るのは、私たちの仕事である。


 カウンセリングで鍛えられた感覚は、不正を絶対に見逃さないわ。


「はい、これ紙袋。100万円を持ってうろうろしないでね?」

「は、はいっ! 先生、ありがとうございました……わたし、いじめられてよかったです!」

「そう思ってはほしくないのだけど」


 ……でも、立ち直ってくれたならよかった。



 その後、いじめられた、と苦心する男子生徒がやってきたが、入ってきた瞬間に分かったのでこれは消化試合である。

 口止めはしているけど、いつどこで誰に聞いたのか。まあ、中学生の口に戸は立てられないかもね。

 彼は100万円が貰えると知って自演し、苦しんだフリをしているいじめられっ子なのだろう。元はいじめっ子かな? 私の目がそう言っている。

 彼の表情からは、いじめられた苦痛も苦慮も感じられなかった。


「先生、俺、つらいです……」

「そうねえ。つらいわよねえ……つらいことを忘れるために勉強でもしなさい。ゲームでもいいけどね」

「先生っ、どうにかしてくれませんか!?」

「男の子なんだから自分の足で立ち上がりなさいよ」


 ちょっと厳しくすると、目の色が変わった男の子がついつい、口に出してしまったらしい。


「なんで俺の時は申請してくれないんだよッッ!」


「だって、あの制度は被害者を救うためであって、強者を得させるものではないもの。いいから教室へ戻りなさい。他人をいじめて快楽を得る――そうやって、あんたは既に100万円以上のものを手に入れているはずよ?」


 男の子は強く舌打ちをし、荒々しく部屋を出ていった。

 あの子の次の標的は誰なのかしら。



 ……いじめはなくならない。大人の世界にだってあるのだから、子供の世界から完全に消すことは不可能だ。加害者を罰してやめさせるのではなく、被害者を救済するように動く方が救える人間が多いのではないか。


 女の子が言った、「いじめられてよかった」は、否定はするけど、でも、良い結果と言えるのかも?

 いじめが起こってしまった後の結末としては、最良かもしれない。


 仲直りは傷を癒さないから。

 現金で「傷があったからこそ貰えたもの」と肯定できるなら、いじめられたことは手段に変換できる。


 いじめられたから。

 稼ぐ技術を、私は持っているのだと、そう思ってくれたなら。


 ちょっとは心が軽くなるんじゃない?




 ・・・おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いじめられたら100万円 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ