四組目

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「あ、はい。空いてる席は……あ、そこか」

「お兄ちゃん、あったの?」

「ああ。いま俺が案内するからしっかりと掴まっておけよ?」

「うん」



 大学生らしい青年と高校生らしい少女の二人が来店する。お兄ちゃんという呼び方から一瞬兄妹なのかと思ったが、顔があまり似ていない事から恐らくいとこや歳が少し離れた幼なじみなんだろう。



「……よし、そのままそこで腰を下ろしてくれ」

「うん」



 青年の言葉に従って少女は白杖を使いながらボックス席に座る。どうやら少女は視覚障がい者のようだ。



「それにしても、こんなおしゃれな雰囲気のカフェが近くにあるなんて思わなかったな」

「お兄ちゃん、そんなにおしゃれなところなの?」

「ああ。あ、ちょっと待ってろ。いま、どんな内装なのか説明するから」



 青年は周りを見回しながら内装を事細かに説明していく。この様子から青年は少女の相手に慣れているのだろう。実に手慣れた様子だ。



「……っと、そんな感じのカフェだな。メニューはどうする?」

「えっと……」

「ああ、このメニューは点字の説明があるタイプか。これならメニューを理解しやすいな」

「うん、そうだね」



 青年と少女は注文を済ませていく。そして注文を聞いたマスターがカウンターの方まで歩いていく中、少女は申し訳なさそうな顔をした。



「ごめんね、お兄ちゃん。お隣さんとはいえ、いつも私の世話をしてもらっちゃって」

「気にするなって。俺だって好きでやってる事だし、その目だってお前が悪いわけじゃない。だから、お前は何も気にせずに面倒を見られてくれ」

「う、うん……」



 少女は答えるが、やはり申し訳なさそうだ。青年の言う通りではあるのだが、本人からすればやはり申し訳ないのだろう。少女の表情はとても暗い。



「でも、お兄ちゃんだってやりたいことがあるんじゃないの? 私の面倒ばかり見てもらってるからそれが出来なくなってたりしたら、私だって悲しいよ」

「そんなことないって。それにやりたい事だってやれてるんだから気にしなくていいんだよ」

「そんな事言われたって……」



 困った様子で頭をかく青年に対して少女は更に表情を暗くする。青年の言葉に嘘はないのだろう。けれど、少女は申し訳なさを感じている。これはどう解決すればいいのだろうか。



「あのさ、そもそも俺だっていくらお隣さんだからといってなんでもかんでも面倒を見るわけじゃないんだぞ? お前が言うようにやりたい事だって色々出てくるんだからさ」

「うん」

「けど、それはお前だからやりたい事になるわけで……えっと、その……」



 青年は顔を赤くしながら言いづらそうにする。そんな青年の姿もあまりよく見えていないからか少女は青年が具合が悪くなったとでも思ったのか少し心配そうな顔をした。



「だ、大丈夫……? 具合悪いなら誰か呼ぶ?」



 少女がおろおろする中、青年はハッとする。そして首を横に振ってから少女の手を静かに握った。



「大丈夫だ。具合が悪いとかじゃない」

「そ、そうなの?」

「ああ。俺はお前だから、小さい頃から一緒で、大切なお前だからこそ他の事を後にしてでも支えたいんだ」

「え……そ、それって……」

「そうだ。俺はお前が好きだから、お前の事を支えたいし、それはこれからも続けていきたい。お前の隣でお前と手を繋ぎながら歩いていきたいんだよ」

「お兄ちゃん……」



 青年からの情熱的な告白に少女は顔を赤くする。軽く俯いてはいたが、やがてゆっくり顔を上げると頬杖をついて青年を見ながらにこりと笑った。



「私もお兄ちゃんが好き。だから、これからも私と一緒にいてね?」

「ああ、もちろんだ」

「うん。でも……やっぱりお兄ちゃんの顔があまりよく見えないのはやだな。お兄ちゃん、もう少し顔を近づけて?」

「こうか?」



 青年は顔を近づけようとしたが、それによって机が軽く動き、少女の体が小さく前に揺れた。



「きゃっ……」

「あぶない!」



 青年は少女の体を支えようとした。すると、二人の顔がゆっくりと近づき、やがて驚く間もなく二人の唇が触れあった。



「んっ……!?」

「んむ……?」



 その光景を目にしている青年とあまりよく見えていない少女で反応に差が出る。そして少女が不思議そうにする中で青年が口を拳で隠しながら赤い顔で俯いていると、マスターがクスクス笑った。



「ふふ、やはりこのカフェに来た以上はなんらかの出来事が起きますね」

「そういうものなのでしょうね。それにしても、あの青年はこれから色々大変な事になるのかもしれませんが、少なくとも彼らには幸せな未来は見えているわけですし、どんな障害も乗りこえていきそうですね」

「ええ。そういう方はこれまで何人もいましたし、あのお客様達もきっとそうだと私も思いますよ」



 マスターはグラスを拭きながら微笑む。その視線の先では青年と少女が笑い合い、見ているこちらが眩しくなるくらいの笑顔を浮かべていた。

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どうやってもラブコメになるカフェ 九戸政景 @2012712

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