三組目

「おや、いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「あ、はい。カウンター席でいいですか?」

「ええ、もちろん」



 スーツ姿の男女が入店し、カウンター席に座って注文を済ませる。先程聞こえてきた会話や見た目から察するに、男性の方が年下で女性は年上なのだろう。



「しかし、こんなおしゃれなカフェがあるなんて思いませんでしたね。もっとも、カフェらしいカフェなんてこれまで入った事はまったくなかったんですけどね」

「後学のために色々なお店に入ってみるのはいいものよ。思いがけない出会いだってあるしね」

「それって異性との出会いって事ですか?」

「きみ、私が未だに独身なのを知ってて聞いてるなら中々意地悪よ?」

「そ、そういうつもりはないですよ……!」



 男性は慌てて首を横に振る。そんな男性の事を女性は愛おしそうな目で見つめる。どうやら女性の方は男性に対して気があるようだ。



「まあいいわ。私が言ってるのは、雑貨とかインテリアの事。大人な印象を与えるものや若々しさを感じさせる物まで様々で、実用的な物だけじゃなく見ていて楽しくなる物まで色々あるから、ついつい買ってしまいがちなのよね」

「それなら先輩のおうちは本当におしゃれな物が色々ありそうですね」

「あら、そういうイメージ? 実はそうじゃないかもしれないわよ?」

「そうですか? 」

「実はそうなのよね……」



 女性は自嘲気味に笑う。私も女性はしっかりとした性格に見えていたが、人は見かけによらぬものという事だろうか。



「仕事ではしっかりとするように気を付けてるけど、家だとそうでもないの。たしかにおしゃれな雑貨とかは買ってたり飾ったりしてるけど、結構部屋は散らかり気味で、朝だって弱いもの」

「そうなんですか……」

「ふふ、幻滅したでしょ。でも、何故かしら。君になら話してもいいかもしれないと思えたのよね」

「え?」

「おかしい話よね。君はまだ入ってきて一年も経っていない新人で、私達はただの先輩と後輩だというのに」



 女性は哀しげに笑う。女性自身も男性に対しての気持ちに気づいていないのだろう。それだけの信頼、想いを持っている事すら。



「まあとりあえず私はそういう女なのよ。大人な女性を演出しておいて中身はだらしない女。君は……どうかしら? 一見頼りなさそうな見た目の中に実は何かを隠してるのかしら?」

「そうですね……僕もそんなにたいそうな人間ではないですよ。仕事もまだまだ出来なくて、先輩達に迷惑をかけるばかりの情けない男です」

「そう」

「けれど」



 男性は女性に向き直ると、少し挑発的な顔をしながら女性の顎に手を触れた。



「先輩みたいな女性は好みですよ。これでも世話好きな質なので、そういうだらしない姿を見ながら甘くトロトロに溶かしてあげたくなります。朝から夜までずっと、ね」

「あら……君の中にいたのは、そういう肉食獣のような情熱的な存在だったのね。ふふ、うっかりしていたらほんとに食べられちゃいそう」

「自分で言うのもあれですけど、経験は豊富な方なので。その経験というのがなんなのか、わかりますよね?」

「ええ、なんとなくはね。それで? そんな風に私を食べたくて仕方ない肉食獣さんは私をどうしたいのかしら?」



 女性も負けることなく余裕そうな笑みを浮かべながらクスクス笑う。けれど、私は知っている。その余裕はどうにか作っているもので、手も微かに震えている事を。



「とりあえず今日だけでも先輩を一人占めしたいです。その部屋というのも見たいですし、しっかりと片付けたりご飯を作ってあげたりしたいですから。けど、その後にはしっかりとごほうびを貰えますよね?」

「ええ、そうね。それならまずはあなたの世話好きなところ、今からでも見せてもらえるかしら?」

「もちろんです。先輩、“俺”以外の奴なんてもう目に入らないようにしてあげますから。覚悟しておいて下さいよ?」

「あなたもその余裕そうな態度が崩れないようにね」



 パッと見はカフェではなくバーでの出来事のように見えるが、実際は肉食獣に狙いをつけられた獲物の図だ。今宵、あの女性は男性が言うように甘くトロトロに溶かされてしまうのだろう。



「彼はいわゆるところのロールキャベツ系男子というものなのかな」

「少し前に流行りましたね、その言葉。見た目は草食系だけど、中身は肉食系というものでしたか」

「そうですね。まあ、悪い言い方をすれば裏表のある男性という事で、あまりよくは見られないと思いますが」

「おや、お客様はああいった方はあまりお好みではないですか?」



 マスターの問いかけに頷く。そういう人もいてもいいとは思うが、私のタイプではない。私の好みは裏表のない人なのだから。



「一緒にいて落ち着く裏表のない人が私のタイプなので。マスターはどうですか?」

「ふふ……さあ、どうでしょうね」



 微笑みと同時にはぐらかされてしまった。でもまあいいだろう。私達はまだ出会ってから数日程度だ。今後も付き合いを続けていく内にいずれわかっていくだろう。



「もっとも、彼らのように出会ってからまだ間もない中でもお互いの中身をさらけ出す人達もいるのだけどね」



 注文した物が届いて男性から食べさせられている女性を見ながら言う。今夜彼らが過ごすであろうお菓子よりも甘い夜を軽く想像しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る