二組目

「お客様、いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「あ、はい」


 大学生くらいに見える青年が入店してきた。気が弱そうな印象を受ける彼はレンズの大きなメガネをかけていて、時刻が夕方ごろでリュックを背負っている事から大学からの帰りなのだろう。



「席は……あ、お隣いいですか?」

「え……あ、はい。どうぞ……」



 カウンター席に座っていた同じく大学生くらいに見える大人しそうな少女が答える。勝手なイメージだが、図書委員でもやっていそうな印象を受ける少女であり、文庫本を紅茶を飲みながら楽しんでいたという点もそのイメージを植え付けるのに一役買っている。



「すみません、お一人の時間を邪魔してしまって」

「そ、そんな事……」



 頭を下げる青年に対して少女も申し訳なさそうに首を横に振る。どうやら大人しそうという印象は合っていたようだ。青年はマスターに注文を済ませると、少女が持っていた文庫本に目を向けた。



「その本……もしかして、その作者さんがお好きなんですか?」

「え、あの……はい……」

「僕も好きですよ。現代ものを書く事が多くて、少し言い回しが独特だったり大人向けの表現が多かったりしますけど、よく読めば子供でも楽しめるような内容になっていて」

「そう! そうなんですよ!」



 さっきまでの大人しさはどこへやら。少女は明るい表情で声を上げる。その姿は水を得た魚のようだ。



「元々は小説の投稿サイト出身で、あまり読まれない事の方が多かったんですが、それでも根気強く投稿を続ける内に多くの人達から評価されていって、最後にはコンテストでの受賞をきっかけに書籍化を果たしたんですよね!?」

「そうですね。色々な作品を日に何度も書いては投稿する姿から当時から親交のある作家仲間からは何人もいるのではとかその人だけは時間の流れが少し違うとか言われていたそうですね」

「今でもプロとして活躍しながら別名義で新人のふりをして活躍しているという噂もありますよね! ああー……一度でいいからお会いしてみたいなあ……!」



 少女が文庫本を抱き締めながら言うと、青年はその姿を見てクスクス笑った。その瞬間に少女はハッとすると、とても恥ずかしそうに俯いた。



「す、すみません……つい熱くなってしまいました……」

「いいんですよ。好きなものに対して熱くなるのは誰でもありますから」

「そ、そうですか……? いつも友達には熱くなりすぎとか見ていて少し怖いとか言われてしまうんです……」

「好きなものを語る時の姿っていうのはどこか異様に見えてしまいますけど、それでも好きだという気持ちには変わりないですし、僕はそういうの好きですよ」

「す、好きって……」

「そういう姿が、ですけどね」

「そ、そうでした……」



 少女はまた恥ずかしそうに俯く。けれど、どうやら青年の事が気になってきたようで、注文したホットサンドとホットコーヒーが届いて嬉しそうにする青年の事をチラチラと見ていた。



「そうだ、私も紅茶を飲まないと……」



 少女は文庫本を置いて紅茶のカップを持ち上げて飲み始めたが、少し慌てて飲んだのはあまりよくなかったようだ。



「あちっ!」



 舌をやけどしたのか少女は可愛らしい声を上げ、舌をチロリと出しながらカップを置いた。



「かわいい……」



 そんな言葉が青年から漏れる。少女を見る青年の表情は恍惚としており、のどもゴクリと鳴らしていた。しかし、すぐに我に返ると、少女に話しかけた。



「大丈夫ですか?」

「あ、はい。慌てて飲むものじゃないですね」

「そうですね」

「ところでなんですが……」

「はい?」

「いま、かわいいって言いました?」



 その言葉に青年はハッとする。自分の口から漏れていた言葉を聞かれていたとは思っていなかったのだろう。



「そ、それは……」

「今のは流石に私に対して、ですよね?」

「それは……はい……」

「ふふ、そうですか。それじゃあさっきの好きというのも、照れ隠しで私の事じゃないと言ってたりしたんですかね?」

「そ、それは……! まあ、その……まだ初めましてなのにあなたの事は好きになってますけど……」



 青年が照れ臭そうに言う中、少女はニコリと笑う。



「そう言ってもらえて嬉しいです。実は私もあなたの事が少しずつ気になってきていたので」

「えっ……」



 青年が驚く中、少女はクスクス笑う。その姿はどこか妖艶さを漂わせていて、大人しそうな少女から人生経験豊富な大人の女性にでも変わったのかと思わせる程だった。



「あの、よければ今後もあってお話をしてもらえませんか? 本の話を出来る人って中々いないので」

「も、もちろん! 僕もそういう人はいなかったので嬉しいです!」

「ふふ、それじゃあ連絡先を交換しましょうか」

「はい!」



 嬉しそうな青年を見ながらクスクス笑う少女の姿を見ていた時、マスターは私の手の中にある文庫本に目を向けた。



「おや、お客様も読書家でしたか」

「仕事柄本を読む機会は多いので。それに、この作者には少し縁がありまして」

「そういうことですか。どういった縁なのかお聞きしてもいいですか?」

「大したことありませんよ。かつて、志を共にしていた相手、というだけです」



 二人を見ながら私は言う。少女と青年はその間に連絡先の交換を済ませ、二人だけの新たな物語を紡ぎ始めていった。

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