一組目

「ほんと、あんたはいつもそんななんだから……!」

「なんだよ!」



 ボックス席で二人の男女が言い争う。見る限り、二人は高校生くらいのようで、いつもというところから気心の知れた仲なのは間違いないようだ。



「今朝だって起こさなかったら遅刻だったのにそれでも中々起きなかったし……!」

「うっさいなあ! 起こしてくれなんて誰も言ってないだろ!」

「なによ!」

「なんだよ!」



 高校生達は一触即発といった様子で睨み合う。マスターが言うには、こういう状態からでもラブコメになり、仲直りをしたり付き合い始めたりするというのだが、現時点ではとてもそうとは思えない。



「そんなこと言うならもう起こしてあげないからね!」

「ああ、いいよ! そもそも起こしてもらおうなんて思ってないからな!」

「はいはい、そうですか!」

「ふん」

「ふんっ!」



 遂に二人の高校生はお互いにそっぽを向き始めてしまった。



「お待たせいたしました、ホットコーヒー二つとチョコレートケーキ、そしてショートケーキです。どうぞごゆっくり」

「あ、はい」

「ありがとうございます」



 二人はマスターに会釈した後、自分の目の前にある物に目を向けた。短い黒髪の少女がチョコレートケーキで、茶髪の少年はショートケーキだ。



「美味しそう……」

「そうだな」

「ね。あ……」

「う……」



 二人は自然な流れで話をしていたが、お互いにケンカをしている事を思い出してまたそっぽを向き始めた。どうやらお互いに仲直りはしたいようだ。



「いただきます」

「……いただきます」



 二人は息が合った様子で言うと、フォークを持ってケーキを食べ始めた。たしかに美味しそうなケーキだったため、私もだんだん食べたくなってしまった。



「マスター、ホットコーヒーとモンブランを貰えますか?」

「はい」



 ショートケーキでもチョコレートケーキでもないじゃないかとつっこまれそうだが、私は秋生まれなのもあってモンブランが好きなのだ。



「あ、やっぱり美味しい。チョコレートクリームが少し苦めだけど、しっかりと甘いからそんなに気にならないし、コーヒーもいい香り……」

「そうだ……あっ」

「どうかした?」

「口にクリームついてる」



 少年は指をさしながら指摘する。見るとたしかに少女の口元にはクリームがついていた。



「え、ほんと?」

「まったく、お前はいつもそうだよな」

「うるさいなあ……そう言うなら、あんたが取ってよ」

「わかった」

「え?」



 少女が不思議そうに顔を上げた時、少年は身を乗り出して顔を近づけた。何をするのかと思えば、少女の口についていたクリームを舌でペロリと舐め取ったのだ。



「これでよし」

「あ、え……ちょ、何やって……」

「う……し、仕方ないだろ。いつもの流れで気づいたらやってたんだから」

「た、たしかに昔からあんたはそんな風にしてくるけど……」

「気を取り直して食べはじ――」



 すると、少年はフォークを落としてしまった。



「あ、やべ」

「もう、何をしてるのよ」



 息があった様子で二人が同時に動くと、フォークに触れる直前で二人の手は触れあった。



「あっ……」

「あ……す、すまん」

「う、ううん……大丈夫……」



 二人は照れた様子で頬を赤くする。その姿はさっきまでケンカをしていたとは思えない程で、マスターは何も気にせずに近づいて新しいフォークと落ちたフォークを取り替えていった。



「……あの、さ」

「……なに?」

「さっきはその……ごめん。俺さ、昔から朝弱いし、何だかんだで起こしに来てもらえるのはありがたかったし、気にかけてもらってると思えて嬉しかったんだ。でも、やっぱりちょっと照れ臭くてな……」

「私こそごめん。たしかにあんたから頼まれたわけじゃないし、自分でやりたいからやり始めた事だけど、朝起き始めるあんたを見られるのはやっぱりいいなと思っちゃって……」

「そっか……」

「うん……」



 二人は更に照れ臭そうな顔でうつ向く。しかし、その顔はどこか嬉しそうであり、程なくして顔を上げてから二人は笑い合った。



「あんたのショートケーキも少し欲しいな。チョコレートケーキが好きだけど、ショートケーキもたまにはいいかなって思うし」

「それなら俺もチョコレートケーキが少し欲しいな。昔からショートケーキばかり食べてきたけど、チョコレートケーキを食べたい気分の時もあったんだ」

「それじゃあ少しずつシェアしようか。仲直りの印ってことで」

「ああ」



 二人は幸せそうに笑うと、それぞれ一口大に切り取ってからお互いに食べさせ合った。ケーキよりも甘い男女の所作だ。



「なるほど、たしかにマスターの言う通りのようだ」

「少々ラブ要素が多めですけれどね。お待たせいたしました、モンブランです」

「ありがとうございます。マスター、よければ今後もここでお客さんの様子を見させてもらってもいいですか?」

「構いませんよ。普段は私くらいしかああいった光景を見る機会はないので、それを共有出来る相手が増えるのは喜ばしい事です」

「そうですか」



 モンブランを食べる前にホットコーヒーを一口すする。砂糖も入れていないのにしっかりとした甘さを感じるのは、あの将来の恋人たちの愛がこっそり混ざっているからなのだろう。香り高いコーヒーを味わいながら、私は幸せそうに笑う高校生達の姿をマスターと一緒に静かに見続けた。

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