第2話

 黒いヘッドホンをつけ、徒歩五分ほどの商店街へブラブラと歩いていく。


 昼過ぎということもあり、側の公園から子どもたちの無邪気な笑い声が聞こえてくる。


(……小学校の時は、もうちょっと楽しんでたんだけどな)


 毎日のように公園で友達たちとゲームに明け暮れていた日々が懐かしい。あの頃は将来なんて気にせず、目の前のことばかり見ていた。


 だが、今はどうだ。


 特にやりたいこともなく、家が近いからという理由で選んだ公立高校に入り、なんとなく生活しようとしている。


(まあ、んなこと言ったって、やりたいことないんだからしゃーないけどな)


 旭は公園から目を逸らし、商店街に足を踏み入れた。


 入口付近にあるドラッグストアで適当にお菓子とジュースを見繕い、膨らんだビニール袋を持って店を出たときだった。


「――――♪」


 どこからか歌声が聞こえてきた。


「ん?」


 ヘッドホンを外して振り返ると、商店街の中ほどにある小さな広場に人だかりができている。歌声はそのあたりから聞こえてくる。


 気になった旭は覗いてみることにした。野次馬の隙間に潜り込み、前に出ると――一人の少女が広場で歌っていた。


 長い黒髪をポニーテールにした小柄な高校生くらいの少女は、今流行りのバラードをアカペラで歌っていた。


 母親の影響で音楽番組をよく見る旭だったが、その歌声はアマチュアレベルであることはすぐに分かった。だが。


(……なんだ、これ)


 今まで聞いたどの歌手の歌声とも違う、心にスッと抵抗なく染み込んでいくような透き通った歌声。それでいて芯があり、人を惹きつける。


旭は、心臓を鷲掴みにされたような気分だった。ただの高校生が歌っているだけ、の、はずなのに。


どうしても、その場から離れることが出来ない。


 思わずお使い中ということも忘れ、少女の歌声に聞き惚れた。


 やがて歌が終わり、少女が礼をすると、割れんばかりの拍手が沸き起こった。


「今日も凄かった!」


「流石花音かのんちゃん! 俺たちの歌姫だぜ!」


「そんな、歌姫だなんて言い過ぎですよ〜」


 八百屋の店主の言葉に、少女――花音が謙遜する。


「花音姉ちゃん! どうやったら、花音姉ちゃんみたいに歌えるの!?」


 八百屋の店主が店に帰っていったと思ったら、今度は小学校低学年くらいの女子二人が花音に走りよった。


「うーん、これっていうのはないけど……毎日練習することと、歌が楽しいっていう気持ちを持つことかな。辛かったら、何も続かないでしょ?」


「そっか! ありがとう!」


(……『楽しいっていう気持ち』、か)


 旭は内心自虐的に笑った。


(それすら持てないから、困ってんだよ)


 人生楽しそうでいいな、そう皮肉った時。ポケットに入れているスマホが震えた。


「げっ」


 母親からだ。いつの間にか、家を出てから三十分以上経っていたらしい。


「もしも――」


『旭! あんた今どこいんの!?』


 電話に出た途端、母親の大声が聞こえてきて、思わずスマホを耳から離す。


「はいはい、今から帰るよ」


 さっさと電話を切った旭はヘッドホンをつけ、早足で歩き出した。

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2024年12月22日 18:00
2024年12月25日 18:00
2024年12月29日 18:00

あの歌を、もう一度 瑠奈 @ruma0621

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