第1話

 桜が舞う四月八日。重そうな黒いリュックを背負い、真新しい学ランを着た少年が、校舎内の廊下を歩いていた。


あさひ!」


 名前を呼ばれて足を止め、振り返る。そこには、同級生のみね祐太朗ゆうたろうがいた。小学校からの友人、いわゆる腐れ縁だ。


「祐太朗」


「今帰るとこか?」


「まあな」


 そんな他愛もない話をしながら歩き出す。


 掛けている銀色のスクエアメガネを押し上げた祐太朗は「なあ」と口を開いた。


「クラスどうだ? 今年離れちまったからよ」


「ああ……まあ、そこそこって感じだな。趣味合いそうなやついたし、一年くらいはやってけるだろ」


 無造作ヘアの後ろで手を組んだ少年――広瀬ひろせ旭は気だるげに答えた。


「そっちはどうなんだよ?」


「俺もそんな感じだな。そういや、部活はどうするんだ? 明日から仮入部だけど」


 ロッカーからスニーカーを取り出した祐太朗が再び訊いてきた。


「部活か……」


 旭は脱いだ上靴を持ったまま少し考え込んだ。


「サッカー……は、もういいか……」


 中学校ではサッカー部に入っていた旭だが、高校では入ろうとは思えなかった。と言っても、何か他に入りたい部活があるわけではない。ただ単純に、やる気が起きないだけだ。


「確かこの学校、部活入らなくてもいいんだよな?」


「ああ……帰宅部に入ればな」


「そうするか……」


 そうぼやきながら昇降口を出ると、桜の花びらを乗せた温かい風がふわりと吹いてくる。


「旭、本屋行かね? 今日発売の漫画があるんだよ」


「ああ……いいぜ。どうせ帰ってもやることないしな」


 頷いた旭は校門を通り、左に曲がった。



「ふあ……」


 日曜日。自室のベッドに寝転んで漫画を読んでいた旭は大きな欠伸をした。読み終えた漫画を枕元に放り投げ、スマホを手に取る。


「……暇だなぁ……」


 入学式の日に買った漫画はもう飽きてしまった。いくつかダウンロードしているスマホゲームも、机の上に無造作においてあるゲーム機も、やる気にならない。勉強などもっての外だ。


「旭!」


 と、ノックもしないで母親が部屋に入ってきた。


「うおっ! ちょ、ノックしろって!」


 驚いた旭が年相応の事を怒鳴るが、母親はそれを無視した。


晴夏はるかが友達連れてくるみたいだから、ジュースとお菓子買ってきて!」


「はあ? 晴夏が行けばいいじゃねえか」


「今外で遊んでるの! わたしはリビング片付けなきゃいけないし行ってきて! どうせ暇なんでしょ!」


 母親はそれだけ言って部屋を出ていった。晴夏は旭の妹だ。最近生意気になってきた妹のために外出するのは癪だが……暇なのは確かだ。


「……しゃーねーか……」


 ため息をついた旭は部屋着から適当な服に着替え、ついたままの寝癖をごまかすためのキャップを被って部屋を出た。

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