あの歌を、もう一度

瑠奈

プロローグ

「ねえ、一緒に歌わない?」


 明るい声と共に差し出された手のひら。その先にいるのは、戸惑いの表情を浮かべる一人の少年。


「い、いや、俺は……」


「ほら、おいでよ!」


 少女が少年の手をつかみ、人混みの中心に引っ張り出す。その優しい無邪気な笑顔に、少年の心に桜吹雪が舞った。


「俺、歌えないから……」


「それでもいいよ! 一緒に歌おう!」


 少女が少年に笑いかけ、歌い出す。最近流行りのシンガーソングライターの新曲だ。その曲は少年も聴いた事があった。


 観客の好機の視線が激しく少年に突き刺さる。それは、少年がこの空間から逃げ出すのには十分すぎた。だが、少年は――拳を強く握りしめた。心臓の鼓動が速くなる。少年のプライドが、走り出しそうになる足を止める。


(……やってやろうじゃん)


 こうなったら、逃げ出すのはカッコ悪い。とことんやってやろう――


 そう覚悟を決めた少年は、楽しげに歌う少女の横で歌い出した。原キーより一オクターブ下げたテノールの声で。


 観客がざわつくのが、少女が驚くのが視界に映る。


 ――なんて、楽しいんだろう。いつの間にか、少年の口には笑みが浮かんでいた。


(よし。このままっ!)


 歌いきってしまおう――!

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