山頂のフレンズ

兎夜りを

第1話 迎えに

 うっそうとした薄暗い山。時刻は子の刻になっていた。青鬼族の少年カカは幼馴染の赤鬼族の少年トトと共に村の裏にある共契山(ともちぎりやま)へと肝試しをしに来た帰りだった。

「なんか、なんにも出なかったね〜。カカ。」         

「何か出たら出たで俺よりもビビるくせに。」  

 溜め息混じりにカカがそう言うと、トトは被せるように  

「でも、カカも僕と一緒でビビるじゃん!この前だって近所のタマ子さん家の里芋汁つまみ食いした時にっ」  

「あれは、トトがうっまぁぁぁ!って叫んだからタマ子さんが飛んできたんじゃなんか!」  

「でも美味しかったんだからしょうがないじゃん!」  

と、わがままな素振り全開でプイッとそっぽも向いてしまった。 これにはカカも呆れたのか、頭をポリポリと軽く掻きながら  

「まあ、そりゃそうなんだけどな・・・」

と、先に折れてしまった。

 二人が共契山の入り口の石階段を降りていると、急にトトが立ち止まった。カカが後ろを振り返って  「どうしたんだ?トト。」 と聞いてみると。

「ない。爺ちゃんの形見の木数珠、どっかに落としちゃったみたい。」

 と、言いながら身体中や足元をまさぐっていた。顔は青白く、今までに見たことが無いくらい焦っていて、その光景が生まれた時から一緒に遊んでいたカカからしたら世にも珍しい光景に思えた。  

「さっき落としたんじゃないか?ちょっと見て来る。」

「待ってカカ!あれは僕の物だし、僕が見てくるよ!少しだけ待ってて。すぐに戻って来る!」

「あっ、ちょっと待てよ!トト!」  

 カカが止める間もなく、トトは一目散に来た道を引き返していった。

 トトが急ぐのも無理はないのである。  その数珠はトトのお爺さんが丹精込めて彫った赤茶色の木の玉と、細くて丈夫な麻の紐で作られており、もともとはお爺さんからトトに渡される予定だったのだ。だが、その数珠を作ったおじいさんは山中で熊に襲われそうになったトトを庇い、他界。以降形見としてトトが引き継いでいるのである。  

 カカはすぐにトトの後を追った。なるべく早く、肝試しの後の疲れ切った体だが、持てる限りの力を全て使い果たす勢いでトトの後を必死に追った。

 山は入山口にいた時よりもより暗く、月の光も届かないくらいの深淵へと化していった。山の中腹辺りまで走り続けていると、土道の上に何かが転がっているのが見えた。少ししゃがんで見てみると、丸くて硬そうな輪っかのように見える。恐る恐る手に取ってみるとその輪っかは蒼白い月光に照らされ、赤茶色の光を放った。間違いなくトトの形見の数珠である。すぐさま自身の着物の懐へと忍ばせると、山の入り口まで一目散に駆け出そうとした。が、ふとあることに気付く。  

【先に駆け出したトトはどこに?】  

(自分より先に出発したトトなら来た道をきちんと引き返したはず、実際、この数珠は引き返した道の上に落ちていたし、俺より先に来たということは先に見つけていてもなんにも可笑しくはないはず。)

 じゃあ、どこに?次にカカの疑問はトトの行方へと変わっていった。  

 それから、ひとまず入れ違いになると思ったカカは入山道へと一度帰ってみた。やはりいない。頂上まで登ったのかもしれないと一度は考えてみたのだが、実は数珠を拾った時、少しぬかるんでいた頂上までの道を照らしみていたのだった。その時の地面には足跡が綺麗さっぱりなく、まるで誰かが消したかのように真っ平な地面のままだった。  

(入山道で考え込んでいる間にトトが熊や鹿やいるかもしれない、亡霊にあったらどうしよう・・・)

 その時、ガァぁぁぁぁぁ!!という鳴き声と共に山頂のほうから山鴉の群れが一斉に飛び立った。深夜に山鴉の群れが飛び立つなど、前代未聞である。

 カカの背を謎の悪寒が走る。咄嗟に上空を見上げると、同時に周りの景色が一気に翡翠色一色に侵食されてしまった。

(翡翠色の空、これって村の言い伝えに出てくる空!?共契山の様子もおかしい!)

 カカは居ても立っても居られず、トトを探すために共契山の頂上へと走っていった。  

 木々がうっそうと茂った森を走る。闇から覗く野鳥から、カラカラと嘲笑う草木の煽りから、まるで逃げるように走る、転ぶ、走る。山頂を目指して。

        

       第二話 黒の龍

 山頂には大きな草原が広がっており、大穴の縁の近くには木の杭で柵がされている。その近くには大きな広葉樹と古血がついた太刀が祀られた少し小さめの祠も建っていた。二人は肝試しの時、「もし、はぐれてしまったら山頂の祠前で集合な。」と口約束を交わしていたのだ。カカはそれを頼りにひたすら走る。途中何かがいる気がしたが、ガサガサと野鳥が騒いでいただけだった。

 ぜぇ、はぁ、と息を切らしながらも何とかカカは山頂の大草原へと辿り着いた。草原にはトトはいなかった。じゃあ祠の近くならと思い、カカはそこまで行ってみた。すると、祠と向かい合うようにしてトトが立っていた。

「いた!トト!」

「あっ、カカ!」

「大丈夫か!?」

「カカごめん。何か山頂でカカのことを大声で呼んだら急に大穴の方から変な声が・・・」  

 トトは今にも泣きそうな顔をこちらに向けながらそう言った。見ると左手に握り拳を作りながら必死に震えを抑えようとしている。

「何言ってんだよトト。肝試しの続きか?ほら、お前の数珠だぞ。」  

「あ、うん。ありがと。」

 トトがカカから数珠を受け取ったその時だった。  (ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!)  

 再会の喜びも束の間、謎の咆哮とともに、トトの背後の大穴から巨大な黒い塊が空へ向かって飛び出してきた。

「トトッ!!」  

 カカはすぐにトトのそばまで近づき、トトを覆うようにして強風から守ってあげた。何事かと上空を見ると空から長くて人間より遥かに大きな黒龍がこちらに向かって急接近しているように見えた。体からは黒い汚泥のようなものが漏れ出ているように見える 。

「トト、走るぞ!」  

 カカはトトの手を握ると強引に引っ張るようにして山道のほうへと走った。後ろを見ると、さっきの黒龍が地面スレスレで急旋回してこちらへと向かって来ている。

(クソッ!このままだと追いつかれるっ!)

 トトとカカは必死に走っているが、次第に黒龍との距離がどんどんと近づいていく。山頂入口の石段まではまだ手が届きそうな距離ではない。

 黒龍との距離はどんどんと近づく。威圧されているような風を感じるほど近くに、次は荒げた鼻息を感じるほどに、小さな唸り声をしっかりと聞き取れるくらいに、ぐんぐんと確実に近づいて来ているのがわかる。石段まで届かない。もう無理だ。と思ったその時であった。

「お二人共!こっちに!こちらに来てください!」   

 右手の林の中から誰かの声が聞こえる。誰かはわからない、明らかに怪しいと思ってはいたがそんなことを気にしていられる場合ではなかった。

 トトとカカの二人はすぐに右側へとつま先を向け、一縷の望みを懸けてその草むらへと勢いよく飛び込んだ。だが、龍も負けていない。逃すまいと追うように右側に急旋回し、大口を開けながらこちらへと迫ってきた。が、二人がガサっと草むらに落ちたのと同時に誰かが紫色のきんちゃく袋をあの黒龍の口内目掛けてぶつけたのだ。灰黒い粉塵が黒龍の頭一面に舞い散る。黒龍はすぐにジタバタと抵抗したかと思うと上空に向かって真っ直ぐと逃げ昇っていった。

 飛び込んだ時に頭を強く打ったのか、二人の意識はゆっくりとそこで途絶えた。


       第三話 はじめまして

 目の前には暗闇。

「えぇと、こっちの戸棚にダイオウ、酷い怪我じゃないけど、シャクヤクも。」

 左耳から少年のような少し高めの声と木棚の引き出しが擦れたような渇いた音がする。

「あぁ!危ないから僕が取るよ。ちょっと下がってて。」  (トトの元気な声も聞こえる。トトもいる・・・?) 「トトっ!!!!」

 トトのことが心配でカカは飛び起きてしまった。突如に頭にキーンと頭痛が鳴り響く。カカは咄嗟に頭を抑えた。

「あ!だめですよ安静にしてなきゃ。目立った外傷はないですけど、中身まではまだわからないんですから。」

「そうだよカカ。君は僕よりも頭を強く打ってるみたいだし。」

 目を細くしながらではあったが、トトの隣にカカたちとそう変わらないくらいの少年がいることが確認できた。髪は黒いおかっぱで紫色の毛が一筋、右目にかかりかけるように生えている。着ていた着物は青白く、治療のためか桔梗色(ききょういろ)の紐をたすき掛けしていた。囲炉裏の火にらんらんと照らされた木の葉色の瞳がこちらを杞憂するように見守っている。

「わかった、今は黙って寝とく。あんたもありがとう。」

 カカはそう言うと、一度横になって二人のことを見守った。謎の着物少年に包帯を巻いてもらったりもした。一通り治療も終わり、少しの間体を休めると徐々に体の調子も軽くなっていった。夕日の光が炊事場の窓から差し込んでいるのを眺めていたとき、着物少年から夕餉にすると伝えられた。

 夕餉は三人で鍋を囲みながら取ることにした。ふと気がつけば深夜から何も食べていない。トトもかなりお腹が空いていたのだろう。見てみるとトトははふはふとしながら黄色く染まった団子を頬張っていた。

「うんまぁい!この黄色い団子?のやつほんのり甘くて美味しいね。ねぇねぇこれ何なの?」

「あぁ、それはイモダゴといって茹でた芋を潰してでん粉と塩を混ぜて丸めたお餅なんです。トトさんたちには珍しいんですか?」

「うん!僕たちはあんまり食べたことないかな。でも、すごく美味しい!ね、カカ?」

「ああ、そうだな。」

「よかった。お二人のお口に私のダゴ汁が合うかどうか心配だったんですよ。」

 今まで休まずに走ったり転んだり、逃げ回ったりしていたからか、カカにとってもトトにとってもこの時間はものすごい幸せに感じた。

 謎の着物少年に作ってもらったダゴ汁を食べ終わって一息つくと、カカは腰を据え直し早速本題を切り出した。

「まずは美味しいダゴ汁をありがとう。俺の名前はカカ。色々世話になったあんたの名前を聞いてもいいか?」

 カカがそう尋ねると少年はすぅっと一息吸い口を開いた。

「はい、私の名は白淡(ハクタン)白い淡色と書いてハクタンと申します。トトさんには先ほど申し伝えましたが、私はこの山に住んでいた赤龍神を成仏させたいと思っているのです。」

 彼の木の葉色の瞳は真っ直ぐとこちらを見つめている。そんな白淡にトトは少し戸惑いながらも質問をしてみた。

「えっと、もしかしてあの大穴から出てきた真っ黒な龍?のことを言ってるの?」

「はい、あの龍は本当はあんな姿ではないのです。百年前は赤い鱗を輝かせながら麓の村を守る守護神なんです。」

 そう言うと何かを思い出したのか。急に立ち上がり、戸棚の方へと足早に近づいて、引き出しを探り始めた。少しすると、角が少し虫食われた抹茶色の古書を取り出して持って来た。よく見ると見覚えのある字が書いてあるように見える。

「こちらは我が一族にのみ伝わる翡翠伝という書物でございます。この書物に書いてある物語は全て約百年前、実際に起こった出来事なのでございます。」

白淡はそう言うと、翡翠伝の一ページ目を開いた。


 むかし、ある村に翡翠と呼ばれている男巫女がおりました。

 翡翠にはある使命がありました。それは、共契山に住まう龍を退治し村に平和をもたらすことです。翡翠は任命されるとすぐに山へと向かいました。

 山頂まで行くとそこには自分よりも大きくて長い胴を持った黒龍が眠っていました。翡翠は龍へ忍び足で静かに近づくと腰に携えていた太刀を龍の鼻筋目掛けてえいやと突き刺しました。その太刀には村人たちの呪いが詰まっていました。

 竜はぎゃりゃぁぁぁぁぁと叫びながら暴れ始めました。竜の肌は黒い灰のようなものにじわじわと蝕まれ初めました。翡翠は必死にしがみつきながら耐えました。しかし、太刀は深く刺さりきっておらず、すらっと抜けて翡翠と一緒に地面へと叩きつけられてしまいました。

 翡翠は諦めませんでした。お世話になった村の人達のためにもなんとしてでも龍を倒さねばならないと奮起しました。すぐに立ち上がり、近くにあった太刀を握り再び斬りかかりに行きました。 龍も切られまいと、どんどん大穴のほうへ後退りしていきました。翡翠はそんな龍に向かって斬りかかりました。龍も負けじと大きな尻尾を使って翡翠を薙ぎ払いました。翡翠は弾き飛ばされてしまいました。太刀は弧を描くように宙を舞いました。翡翠は血だらけでした。骨は軋み、心臓の拍がだんだんと忙しなく動いていくのが分かりました。足や腕を見るとあの龍と同じように黒い灰のようなものに蝕まれていました。よく分かりませんでした。怖いのでした。無事に帰れると思ってました。死ぬかもと思いました。ドスっという音が腹から聞こえました。腹を見やると太刀が真っ直ぐ突き刺さっていました。その瞬間、頭の中に何かが流れ込んできました。

 「あの草原にいる邪魔な龍を退かすことが出来れば大きな屋敷を建てることができるのぉ。」ニタリと笑う村長の声でした。

 「あの龍の鱗綺麗だなぁ、遠くの村ではきっと高く売れるんだろうなぁ」楽しそうに笑う鍛冶屋の治郎さんの声でした 。

 「一昨日山で見つかったトメさんの旦那さん、犯人はあの山の竜らしいぜ。」

 「やっぱそうだったのか。あの悪龍見るからに人殺しそうな見た目してるもんな。邪魔だからさっさと野垂れ死なねぇかな?なぁ?」へらへらと笑う佐之助と三郎の声がしました。

 「村長さん。本当にあの太刀を巫女様に持たせるのかい?あの太刀は触れたものを黒の呪いで蝕む太刀なんだよ?」

 「そんなことわかっておる。じゃがもう、そうするしかなかろう。あの子に竜を退治してもらうほかなかろう。」

 「あんたそれでも人の子かい!?あの子はまだ若い。龍だって殺す以外に方法があるじゃろ?どうしてそう、自分の欲ばかり優先しなさる?私はここを出て行くよ。もうこの村にはいたくないよ。」憤るカナさんと長髭を撫でる村長の声が聞こえました。

 他にも村人の声ががんがんと頭に響きました。もう聞きたくありませんでした。耳を塞いでも声は止みませんでした。ジタバタしても抜けませんでした。苦しんでいるとするりという音が聞こえました。引き抜かれた痛みが全身を走り回りました。恐る恐る目を開けて見るとお腹に刺さった太刀が引き抜かれていました。

 周りの景色も山頂の大草原ではなく、木の板が張られた民家の中でした。そばには カナさんもいました。カナさんは急いで血を止めようとしていました。

 「カナ・・・さ・・ん?」

 カナさんは目を覚ました翡翠に気付くと大粒の涙を流しながら

 「リツ。もうちょっと待っててね」 と、優しく語りかけました。

 「うん」翡翠もといリツはそう言うとそのまま息を引き取りました。

 その日の空は翡翠色に染まり切っていました。  それからというもの翡翠の空は竜の帰還を知らせる空として言い伝えられていったという。


  これが、我らによって伝えられてきた翡翠伝でございます。

「ちょっと待って、翡翠伝って僕たちの村で語り継がれている童謡の翡翠と黒龍のこと!?」

  トトの驚きも無理はなかった。なぜならカカたちが育った村で伝わった翡翠と悪龍には村人の悪意を伝える文章が一つも書かれておらず、しかも、主人公の翡翠は無事に討伐を成し遂げたヒーローとして描かれているからだった。トトの問いにうなづきながらも白淡は続ける。

「村へ伝わったお話は改変されています。神聖な赤龍神様も悪者扱い。男巫女様だって英雄のような人物という形で生かされて美談にされているんです。私が聞いた限りでは、百年前の村人たちが自分たちの私利私欲を隠蔽するために翡翠伝の記録を上書きしたと、そう聞きました。」

「じゃあ、せめて、龍神様を助けることだけでも出来ないのか?」

「百年も経っていると、すでに隅々まで呪いが染み込んでいるかと。なので、もう、楽にさせるしかないのです。」

 そう語る白淡の顔はだんだんと俯き気味になり、表情が読み取れないくらいに下を向いていた。一瞬、沈黙の間があった。するとカカはその間を切るように白淡に語りかけた。

「わかった。龍神様を成仏させるために、俺たちは協力するぜ。」

「そうだね。百年も正しい歴史を知ろうとしなかった僕たちにも責任があるし。あと、美味しいダゴ汁を振る舞ってもらったんだからお礼をしなきゃ。」 「あ、ありがとうございます。」

 白淡は涙を溢れさせながらも二人の方へと向きながらお礼を伝えた。


     第四話 初めての作戦会議

 食器をみんなで片付けた後、白淡とトトカカたちは古くなった木板の床に共契山の地図を大きく広げながら作戦会議をすることに決めた。

「白淡。僕たちはまず何をすれば良いの?」

「まず、赤龍神様の体から呪いを取り除かなければならないのですが。」

「ですが?」「ですが?」

「ふふっ。お二人は本当に仲が良いですね。この呪いを取り除くためには娑羅双樹(さらそうじゅ)という木が必要なんです。その木が呪怨を吸収し、民や神を救ったとされています。ですのでその木。もしくはその木で作られた品物などが必要なのです。」

「じゃあ・・・!ってもしかしてその木も物も無いの?」

「はい、恥ずかしながら百年もの間にどこかで紛失してしまったらしく、父も母も分からないとおっしゃっておりましたので・・・」

  白淡は顔を赤くしながら下を向いてしまった。ポカンと唖然するトト、カカはそんな白淡を慰めるように肩をポンポンと軽く叩いた。

「そんなにしょげるなって。白淡が悪いわけじゃ無いんだしさ。」

そんな風に慰めていると、カカはピンっと何かを閃いた。

「白淡。その娑羅双樹の木工品ってどんな物なんだ?」

「えっ!えぇっと、白に近い明るい牛乳みたいな色をしていて、ほのかに蜜柑のような爽やかで少し甘い匂いがする感じです。」

カカはそう聞くとすぐにトトの方に向き直り、 「トト形見の数珠持ってるか?」

「うん持ってるよ。」 そう言うと左手に付けていた数珠をするっと外して白淡に見せた。

「この匂い、この色や木目・・・すごいです!間違いない、これ娑羅双樹で出来た数珠ですよ!」 「え、そうなの!?」

「作られた場所は覚えてますか?あと、希少な木材で作ったとか聞いておりませんか?」

「あ、確かにじいちゃん神聖な樹木を村の木こりのお友達からゆづり受けたからとか言ってたよ。」 「それは確実に娑羅双樹ですよ。ここら辺で神聖な木と言ったら娑羅双樹しか生えていないので。」 「じゃあ、問題解決だな。」

カカがにししっとはにかむと、目を一の字にしながら白淡も微笑んだ。

「よかったぁ。後は私があの祠に祀られている太刀を私の家で保管している鞘に納めて封印いたしますので、お二人にはそれまでの間、足止めをしていただけると助かります。」

「足止めって言っても何をすればいいんだ?」 「大丈夫。うちには代々受け継がれてきた石があるんです。」

  疑問を持ったカカに応えるように、白淡は戸棚の上から二番目の引き出しから翡翠色に輝いた菱形の水晶を持って来た。中にはお札のようなものが埋め込まれている。白淡は真剣な眼差しで応える。

「これはとどめ石と言いまして、二つ合わせて使うと放たれた紐であらゆる生き物をその場に固定することが出来る神器なんです。本来は神社やお寺などの神聖な場所の地面に埋めて置いておく物なのですが、呪いに侵された赤龍神様が何度も壊してしまいまして・・・」

「じゃあ、今あるやつは?」

「私の父と母が丹精込めて作り上げた最後の二つでございます。」

「最後のなんだ・・・」

「そうです。ですのでチャンスは一回。このとどめ石次第ではありますが、危なくなったらお二人には離れていただきたいです。」

 白淡の言葉には岩のような重さがあった。そして、同時に哀愁も含まれているように二人は感じた。


 ふわぁと欠伸をしながら、カカが目を覚ます。夜の帳が落ち、囲炉裏の火でオレンジ色に温まっていた室内はひんやりとした紺藍色に染まっていた。三人は囲炉裏の周りを囲むようにして寝ていた。カカが隣の布団を見てみると、白淡がいないことに気がついた。探しに行くため青白い寝巻きの帯を締め、まずは入り口近くの縁側のところを探すことにした。

 戌の刻の夜。白淡は夜風に冷やされた縁側に正座しながら、自分たちが切り拓いた庭を眺めていた。 「眠れないのか?」

  ハッと、声のした方へ顔を向けると、カカが話しかけに来ていた。

「ああいえ、まあ、その、緊張してですかね。ははっ。」

  白淡は苦笑いしながらそう答えた。そんな白淡の隣にカカはそっと相席した。

「まぁ、そりゃぁ緊張するよな。相手は神様なんだしさ。明日はお互いに頑張ろう。」

「は、はい。」

  白淡の返事は緊張しているのか、曖昧な感じだった。カカはそんな白淡のことが少し心配になった。 「もしかして、まだ何か心配事があるのか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど・・・」 白淡はそう言うと、落ち着いて話をするためか、一息吸ってから話し始めた。

「あの、翡翠伝のお話、実はあれで全てではないんです。龍神様を輪廻転生させるときにお二人には手加減をして欲しくなかったのでお話をしなかったのですが、その、カカさんにならお話しても問題ないかと思いまして。」

「そっか、黙って聞くよ。」

「ありがとうございます。その、二つほど隠しておりまして、まず、あの赤龍神様は実は私の古いお友達なんです。」

「えっ!?どうゆうこと!?」

「しーっ!」

白淡は人差し指を口元に当てながら注意し、カカも口から音を漏らさないように口に手を当てた。その後、カカは慎重にこしょこしょと白淡へ質問をした。

「龍神様って百年前から呪われているんだろ?というか、なんで神様とお友達なんだよ!?」

「それが二つ目のことでして、物語の中にでていた主人公のリツ。あれは私のことなんです。」 「え!?」

「だから、しーっ!」

再び、白淡は口元に人差し指を当て、注意を促した。

「あの、話せば長くなるんですが、全部本当のことなんです。」

「わかった、わかった。正座して聞く。」

「一から説明いたしますね。まず、私の本名はリツ。本名を白淡リツと申します。そして、龍巫女の一族の信仰対象もとい、私の友神(ゆうじん)でもある赤龍神様は今から百二年前。私が十一歳の年に行われた後継の儀式の日に突然の暴風雨によって倒された木から私を守ってくださりました。」

「その時にお友達になったの?」

「いえ、そのときは初対面でしたし、龍神様も、まさかこんなに小さな子がこれから自分のことを守り、信仰するとは思っても見なかったでしょう。」

 そう話している彼の横顔は悲しそうな、嬉しそうな、どちらにも見えるような顔をしていた。

「それから数日後。何日もお清めやお話をする内に龍神様に私のことを一人の友人として思っていただけるようになりました。夏は一緒に日向ぼっこをしたり、秋は近くの紅葉を見にいったり、冬は一緒に雪玉を投げて遊んだり。あの日々のことはまるで昨日のことのように今でも思い出せます。」

「でも・・・その二年後に龍神様は太刀で呪われた・・・」

「そうです。でも、正直、あの時の記憶はほとんど思い出せません。気がついたら私は唯一生き残った龍巫女のサナのもとで介抱されていて、全身に酷い傷跡があったとしか。」

 白淡の目には話していくうちにだんだんと涙が浮かび上がっていった。

「あの時、サナから村人たちからの襲撃を受け、一部の龍巫女が亡くなったこと。私が太刀を握ってから赤龍神様を呼び出し、殺害しようとしたこと。彼女が知っていた事実を全て話してもらいました。生き地獄とはあのようなことを言うのでしょうね。今まで何百年も生きてきたけど、あの日から生きている実感が湧かない日々がこんなにも続くだなんて。」

 白淡の目からは我慢できなくなった涙がボロボロと溢れ落ちていた。だが、彼は俯くことなく、前をしっかりと見つめていた。

「カカさん。私は彼を、赤龍神を助けてあげたい。罪滅ぼしのためにも、龍巫女の使命のためにも、友達のためにも。あの神(ひと)を助け出したいんです。でも、正直、もっと他にできることがあるんじゃないのかなって今でも思うんです。間違った選択なのかなって。」

 彼の眼差しは少し下を向き、未来から目を背けようとしているようにカカは感じた。その上で、カカは問いに答えるように、だが独り言を口ずさむように話し始めた。

「これは俺たちの爺ちゃんからの受け売りなんだけどさ。その行動が間違っているかどうかよりも、そうして良かったと思えるように行動することが大事なんじゃないかな。俺は、トトはどうかわかんないけど、うん、そう思う。だから白淡。お前の選択はそれで大丈夫。そう思えるように俺たちも行動するからさ。」

 白淡はそう言われると、くしゃくしゃになった顔を上げてこちらへ元気よく

「はいっ!私も頑張ります。」

と返事をした。カカもそれに答えるように微笑み返した。

「あっ、そうだ。せっかく下の名前を聞いたんだから、今から下の名前で呼んでもいいか?友達なんだし。」

「えっ、下の名前でですか!?呼ばれるのは別に大丈夫ですけど、まだ僕は友達って感じじゃ・・・」  白淡は両手を窓拭きをするみたいにブンブンとしながら断ろうとしたが、カカも負けじと首を傾げながら聞いてみた。

「友達じゃないのか?トトも聞いてるし。」  

「へっ!?」

「あっ、ごめん。アイツちっちゃい頃から寝てる時も周囲の音を聞いてるみたいで、どんな音がしたかとか事細かく覚えてるんよね。」

「えぇぇ!?じゃあ、あの会話は全部・・・」 「多分聞かれてると思うよ。」

「僕の本名も・・・?」

「とーぜん。だから、今からリツって呼ばせてもらうぜ、リツ。」

 そう聞いたリツは口をぽかだらんと開け、しばらく唖然としていた。一通り唖然とした後受け入れたのか、座り直し、

「分かりました。私はまだそういう感じに思えてはないのですが、リツです。改めてよろしくお願いします。」

「あ、あぁ、よろしく。そんなに畏まらなくても大丈夫だよ?」

「え、あ、はい!」  

 縁側に二人分の笑い声が響く。寝ていたトトからは 「リツっていうんだ〜。」 という寝言が返ってきた。


       第五話 決戦の早朝

 一晩立って作戦決行日。トトもカカも傷がすっかり消え失せ、カカに至ってはつんざくような頭痛も溶けるように完治していた。どうやら、昨晩、リツに塗ってもらった塗り薬のおかげらしい。そして、三人は出立準備を整えた。

 トトはお下がりの薄桜色の書生をカカは群青色の書生にそれぞれ身を固め、受け取ったとどめ石を大事に懐にしまっていた。

 リツは巫女服のような格好をしているが、裾を引きづらないように、くるぶしから少し上の高さで止め、麻紐と動物の皮で作られたかばん、太刀の鞘をそれぞれ肩からかけた格好に身を包んでいた。昨晩トトから借りた数珠も右腕に付けている。

「それでは出発します!」

 リツの掛け声で一行は出発した。

 寅の刻。一行は山頂へと辿り着いた。まだ、朝日が顔を出さないような時間に事を終わらせるためである。

 山頂の草原はあの時と同じように静かで祠も、大木もそのままである。ただ、一つ変わっているのは草原に残された龍神の暴れ跡だけだった。

「トトさんカカさん、それでは手筈通りに行きます。」

「ああ。」

「うん。そっちも気をつけてね。」

 三人は互いにうなづきあった後、話し合っていた通りの配置についた。トトとカカはそれぞれ右と左の草原の端の林の中に隠れ向き合うようにしゃがんだ。一方リツは鞘を両の手で持ち、祠の前に立った。

(前に見た時よりも少しだけ呪いが強まってる。思っていたよりも早めに終わらせなきゃ・・・!)

 スゥーッと息を吸い込むとリツは鞘を持った左手を下ろし大声で龍の名を呼んだ。

「我が名は龍巫女白淡リツ!呪いに蝕まれし赤龍神カエラミノミコト様を輪廻させし者なり!その神体(しんてい)から呪怨を祓うため、御神体を崇拝させていただきとうございまする!」

 途端、あの時と同じように翡翠色の空が広がり、地響きが鳴り響きながら、黒い鱗を月光に見せつけるように黒い龍が大穴から姿を現した。かと思うと急にリツ目がけて大口を開けながら急降下してきた。

「リツ!!」

 白淡は咄嗟に右っ側へゴロンと転がるように躱わした。

(思ったよりも近場に出ちゃった!けど、これなら何とかなるかも・・・!)

 リツが素早く二人に声をかけながら、祠の方へと駆け出した。

「トト!カカ!祠からなるべく遠ざけて!」

「わかった!」

「了解!」

 二人は元気よく返した後、猟犬のような素早さで草原入り口へと向かう龍神を追いかける。二人は龍神の前足部分と並ぶくらいのところまで追いつくと。瞬時にとどめ石を懐から取り出した。

「行くぞトト!」

「うん、リツから聞いた通りに!」

  そう言うと、二人は右手に持ったとどめ石を瞬時に龍神様の方へと掲げ呪文を唱える。

「縛り、とどめよ、とどめ石!」

唱えられた呪文がとどめ石の力を解放した。石は翡翠色に光出しながら、金色に光り輝く麻紐のような線を繰り出した。そして、その紐は瞬時に龍神の体をがんじがらめにし、龍神体を固定する。

「うしっ、トト!鬼人族ならこんくらい楽勝だよなぁ!」

「あったりまえじゃぁん!!」

 二人の仕事はここからが本番だった。昨晩のリツはこんなことを二人に言っていた。

 (紐は龍神様の力が強度を上回らない限り千切れないです、ただ、石自体は軽く振り回されやすいので、お二人にはその石を持ったまま踏ん張っていただかなくてはなりません。)

 だから、二人は耐えなくてはならない。友のため、友人の友神のために。

 (とどめ石発動の呪文だ!二人ともお願いします!)

 一方、リツは先程の龍神の突進でボロボロになりかけた祠から、呪いが込められた太刀を取り出していた。小さな四角錐型の屋根は龍神の体に掠められ、半分くらいが損壊していた。ここまで空いていると自分の体の三分の一くらいの太刀を取り出すのも容易である。

 リツは太刀を取り出すと、すぐに鞘を取り出し、刃先を鯉口へとあてがった。だが、そのまま収めようとした直後、

「痛っ!?」

 呪われた太刀から黒い波紋のようなものが急に放たれた。痛みからか、リツはつい、太刀を離してしまった。その波紋は遠く離れていたトトたちにもわかるくらいだった。

「リツ!?何があったの・・・?」

「集中しろ、トト!何があったかわからんが、龍神様に暴れられるぞ!」

  歯を食いしばるようにしてカカが叱った。 リツのことは心配だったが、カカ達にそんな暇を与えないほど、龍神様は暴れている。もちろん、リツにもそんな余裕は無かった。

(これがサナから聞かせらた呪いの反発!?ビリッと痺れるように痛くて怖いし、それにこの負の念・・・)

 リツはこの時、負の念という村人の疑念や恨み、嫌味や我欲などを凝縮させられた突風のようなものを全身で浴びていた。その中にはもちろん、百年前の男巫女の悲しみも含まれていた。

 (手足が震える。足に力が篭らない。恐怖で前を向けない。怖い怖い怖い・・・)

 リツはその場にヘタりこんでしまった。 青白く、血の気が引いた顔を下に向け、地面を眺めている。力不足な自分に酷く絶望した。否、そうしかけた。不意に頭を後ろから小突かれるように、昨晩の会話を思い出した。


「これは俺たちの爺ちゃんからの受け売りなんだけどさ。その行動が間違っているかどうかよりも、そうして良かったと思えるように行動することが大事なんじゃないかな。俺も、トトはどうかわかんないけど、うん、そう思う。だから白淡。お前の選択はそれで大丈夫。そう思えるように俺たちも行動するからさ。」


 ニカっと笑ったカカの笑顔。あれから百年も生きて、あんなに心が休まる友達にまた出会えるなんて思いもしなかった。

 思い出した途端、不思議といつもより足に力が篭った。電流が走った後のような痺れも次第に取れ、心臓の奥からメラメラと黄色い光が燃え上がる。 「ここで、立ち止まるわけには・・・いかない!」 そう意気込むと、太刀のところまで駆け寄り、今度は地面に垂直になるようにして鞘に太刀を刺し、もう一度鯉口に刃先をあてがった。 「今度こそ、静まり下されぇ!」

 リツは掛け声とともに、刀身を鞘へと押し込んだ。溢れ出る邪念、少し、また少しと鞘に押し戻すと、抵抗するために波紋が体を襲う。

(半分、後半分・・・!)

 リツも負けじと、漏れ出る邪念や波紋に押し戻されそうになりながらも、着実に刀を納め続ける。 (後少し、もうちょっと・・・!)

その時だった。

 リツが太刀を納めている最中、トトとカカも奮戦していた。二人がかりで抑えているとはいえ、相手は自分たちよりも何十倍も大きい龍神。鬼人族のトトカカたちにも限界があった。

「トト、あとどれくらい持ちそぉだぁ!?」

「あとぉ!?いつまでもって言いたいところだけど、ぶっちゃけもうムリかもー!」

 カカがチラリとリツの方を見たがリツはまだ太刀を鞘に納めている最中だった。

(このままだと俺かトトのどっちかが倒れるな・・・!リツ、大丈夫か?)

そう意識をリツに向けた直後、

「カカ!危ない!」

  トトの掛け声で前へ向き直ると、目の前には大きな龍の口が開いていた。カカはすかさず前転し、間一髪のところで躱わすことが出来た。が、

(しまった!とどめ石が!)

  交わした時にとどめ石から伸びている紐が一瞬緩んでしまった。龍神はその隙を見逃さず、即座に暴れ、糸も容易くとどめ石を振り解いてしまった。後ろを向いた龍神がリツの存在に気づくと、そのまま真っ直ぐリツの方へ突進していく。

「やばい!トト!龍神様に追いつくぞ!」

「う、うん!わかった!」

  カカはすぐに立ち上がると、龍神様に紐を掛け直すためにトトと一緒に疲れた足を無理矢理動かした。

「縛り、とどめよぉ・・とどめ石!」

  喉が張り裂けそうなくらいの大声で呪文を叫ぶ。とどめ石も呼応するように光輝く縄を勢いよく放った。その縄は素早く動く龍神様の体へ素早く巻き付くとピンッと張った。

「捉えたぁっ!」

 疲れた体に鞭を打ちながら、龍神様の体を全身で引っ張り続ける。とどめ石にしがみつくようにして引っ張るが、それでも止まらない。むしろ、龍神様の身体は加速するばかりである。 止まらない、留めきれない。そう思いながらも諦めない友達のために必死に引っ張った。

 琥珀色に輝く蛇目を真っ直ぐリツに向けながら、龍神様は突進してくる。それを背中で感じ取りながらも、リツは懸命に鞘に納め続けていた。あの鬼人の二人のことを心の底から信じていたからだった。だが二人は追いつかない。確実に今までよりも強く引っ張っているはずなのに。

 リツの体はもう龍神様の鼻先に当たりそうなまで既に迫っていた。あとは口を開けるだけ。

 ただ、それだけだった。だが、龍神様はなぜか口を開かなかった。まるで時が止まったかのように、体は動くことを拒否した。

「今だ!」

 隙を突いてカカたちは一気に体を引っ張った。龍神様もまるで思い出したかのように暴れ始めるが、龍神様の体はどんどんとリツから遠ざかっていく。白淡のほうも最後の力を振り絞って、太刀を押し込む。

「リツ、がんばれぇぇぇぇぇぇ!」

「いっけえぇぇぇぇ!」

「太刀に込められし怨念よ、鞘に帰り、鎮まりたまえ!」

 直後、山頂に鍔鳴りが響いた。

     第六話 久しぶり

 翡翠の空は紐が解けるように壊れていき、花吹雪のように舞い落ちていく。朝日もその健闘を讃えるかのように顔を出し始めていた。

 龍神様はまるで魂が抜け落ちたかのように、地面へと倒れ込んでしまった。神体からはとどめ石の縄が解け消え、黒い体表はまるで風に攫われる灰のように、剥がれ落ち、リツが付けていた白く光る木数珠へとつばめのように素早く吸い込まれいく。やがて、瞬きもせぬ間に体表は全て吸い込まれてしまった。

 一方、リツは収め切った太刀を杖のようにしながら倒れた友達の元へよろよろとしながら歩いていた。そんなリツの元へトトとカカの二人も心配して駆け寄って来た。二人はとどめ石を懐にしまいながら、ボロボロの書生を直すよりも先に駆け寄ってきてくれたのだ。

「リツ!ちょっと待ってろ、おぶってやるから!」 「太刀も僕が持つよー!」

二人はそう言うと、トトが太刀を持ってあげ、カカはリツをおぶった。白淡は今にも泣きそうな顔をしていたが、なるべく堪えることにした。

「二人とも、ありがと。」

「龍神様今にも消えそうだから、走ってくぞ!しっかり捕まってろよ!」

 そう言うとカカはトトも連れて龍神様のところまで走り出した。

 龍神様のご神体は既に黒い部分が取り除かれ綺麗な紅色の鱗を光り輝かせていた。だが、力を使い果たしたのか、長く大きかった下半身は既に消えており、上半身の方も赤い粒子になって時期に消えようとしていた。

 カカたちはそんな龍神様のもとまで辿りつくと、すぐに白淡を下ろし、肩を支えながら立ち上がらせてあげた。

「ありがとう。もう大丈夫です、カカさん。ここから先は私一人で会いますから。」

 リツはそう言うと、一人で太刀をつきながら、赤龍神様の目の前に立って話し始めた。互いに苦い物を味わったかのような辛い表情をしていたが、同時に嬉しそうな顔つきもしていた。

「セキ。聞こえてる?僕だよ。リツ。」

「あぁ、リツか。百年ぶりくらいかの?久しぶり。」

「うん。久しぶり。それとごめん。あの時僕がもっと自分を律することが出来れば・・・。こうなることもなかったのにね。」

「リツ。そう自分を責めるんじゃない。わしもお前を止めることができれば、そうすることが出来ればと何度も思ったさ。じゃが、起きたことは起きたこと。過去を振り返ることは出来ても、変えることは出来ぬ。願えるならばわしも変えたいしの。」

「やっぱり、そう思うよね。」

「じゃが、今のお前を見てその考えを改めたわい。」

「えっ?」

「リツ。後ろを見よ。」

 リツが後ろを振り返るとそこには、地面に大の字に寝転がるトトと、くつろぐように足を広げて休んでいるカカがいた。二人はこっちを見るリツたちからの視線に気づくと、すぐに立ち上がり、平気ですよと言わんばかりに腕を組んだり、腰に手を当てたりして、リツたちににっこりとした笑顔を送った。そんな二人のことが微笑ましくて、リツもつい口角が上がってしまった。

「フハハハハっ!良いな、お前の新しい友達は!」 「って、セキ!いや、二人は友達じゃなくて!いやじゃないと言うと、そのっ、」

「偽るな。あの二人は既にお主の新しい友達。あんなに気の合う仲間なんぞそうそう会えるものではないぞ。お主もそう思っているはずじゃ。」

赤龍神はそう断言した。リツが残った体を見てみると、もう頭と首しか残っていなかった。さっきまで引っ込んでいた涙がリツの頬を伝う。

「そろそろ時間じゃの。リツ、あの二人のこと、これから会う人達のことも大切にな。」

「嫌だよ、セキがいなくなるなんて、やっぱり、嫌だよ!」

「案ずるな。わしは神じゃぞ?数十年後にはすぐに輪廻転生によって、現世に生まれることが出来るしの。」

「でも、その時には!」

「あぁ、わかっておる。名も記憶も姿さえも全く別の者に変わる。そういう掟なんじゃから仕方ない。じゃから、次ここに来た時に思い出せるように、友達からの最後の頼みを聞いてくれんかの。」

「うん・・・わかった。」

 リツは赤龍神から最後のお願いを熱心に聞いた。その内容は不思議で少し可笑しかった。

「わかった。山から降りたらすぐに取り掛かるよ。」

「あぁ、頼むよ。」

 赤龍神の体は顔以外、ほとんど消えていた。 「じゃあ、そろそろ行くとするかの。またな、我が親友、リツ。」

「またね、僕の親友、セキ。」

 そうして、赤龍神は別れの言葉を交わすと、眠るように瞼を閉じながら光の粒になり天高く昇った。  日が昇り、始まりを告げる。

      第七話 友と一緒に

 それからトト、カカ、リツの三人は一旦麓の村のトトカカの居候宅へと帰った。三人のボロボロになった服や体を見て、家主のおばさんは急いで医者とお付きの看護師を呼んでくれ、新品の着替えの服を三人に渡してくれた。幸い、トト、カカ、リツの体は大事に至らず、骨折などの致命傷もほとんどなかったため、その日の三人は安静にすることにした。(トトとカカはいつも通り、遊んで騒いで、おばさんから叱られていた。)

 翌朝、体調がよくなったリツはセキとの約束を果たすため、そして、麓の村で途絶えていた龍巫女の歴史と正しい翡翠伝を伝えるために、群青色の書生に身を包み、全ての家を回って翡翠伝を伝えながら、例の約束の準備もしていた。トトとカカも、病み上がりのリツのことを心配して、お揃いの薄桜色の書生に身を包み、一緒にリツのお手伝いをしていた。

 村人達は最初は戸惑ったり、馬鹿にしたりしていたが、リツの熱心な話し方や、その真剣さから徐々に信用するようになり、今まで間違った歴史を伝え続けていたことを詫びるものや、リツの活動に協力するものも現れ初めてくれた。

 それから約四日後。今日も三人は村の家々を尋ねて回っていた。気がつくと三人の周りの家屋や砂利道が鮮やかな橙に染まっており、遠くの山に夕陽が隠れそうな時間になっていた。三人はゆっくりと橙色の砂利道を帰っている。と、頭の後ろで手を組みながら歩いているトトがリツに聞いてきた。

「ねぇ、リツ。ほんとに教えてくれないの?赤龍神様との約束。」

「うん、ダメ。セキから教えるなよ?って言われてるから、トトやカカでもダメだよ。」

「まぁ、しゃーないよトト。俺たちよりも長い付き合いの親友から頼まれたことだもの、聞くのは失礼だぞ。」

「うぅ、仕方ないけど、でもケチ。」

 トトは頬を膨らませながら、ちょっとだけ、リツを睨むような顔をした。リツはそんなトトが面白かったのか、プフッっと吹き出すように笑った。そんなことを繰り返しながら、三人は家へと並んで一緒に帰った。

 それから二週間後の朝、時刻は龍の刻頃。突貫ではあったが、村の人々の協力によって、共契山の山頂で、龍巫女リツによる巡輪廻の儀式(じゅんりんねのぎしき)が執り行われた。この儀式が行われなければ、神様に輪廻転生を行う神力が送られず、森や地面に巡っている神力が巡らなくなるのだ。

 そして儀式が終わり、その片付けも終わったあと、リツは一人山頂へ残り、持ってきた麻色の肩掛け鞄から御神酒が入れられた一升瓶と、手の平くらいの大きさの小さな絵馬を白色の巫女服の袖を捲りながら、新しく建てられた小さな祠のそばにそっと優しく置いた。絵馬には一人の小さな巫女服の少年と、大きな赤い龍が一緒に笑顔で草原に寝そべっている絵が描かれていた。

 リツがその場から立ち去ろうと踵を返すと、頭を撫でるように暖かな風が大草原に吹いた。



ーーーーーーーーーーー終ーーーーーーーーーーー







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山頂のフレンズ 兎夜りを @Uyorio

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