それからの悪役

次回は9時と18時の更新です✨


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ―――さて、あと学園に入学するまで一年だ。


 入学に伴って準備することはただ一つ、実力を身に着けるという一点のみ。

 実際にゲームでは、剣や魔法を使ったテストやイベントが常々起こっており、あまり実力以外を重視していないように思えた。

 そういう学園制度ができ上がったのも、きっと近隣諸国との戦争が多発している影響だろう。


「さぁさぁ、ご主人様……もっと頑張ってくださいな♪」


 人の気配があまり感じられない訓練場。

 そこで、愛らしくも美しいメイドの女の子が、愛らしくもなんともない異様な蛇腹の剣を、地面を抉りながら振るっていく。

 それを土くれ含め転がって躱し、しなって戻ってきた一端を剣で受け止める。


「見た目に反したサドッ気見せるとか、しっかり一部の需要に応えるやんちゃガールめ……ッ!」

「あら、やんちゃガールに需要を求めてきているのはご主人様ですよ?」


 を握り締め、キャロルはエミリアに向かって突貫していく。

 蛇腹の剣はリーチが長すぎるが故に懐が空きやすい。

 手元の操作だけなら圧倒的に剣の方が早く、キャロルは己のリーチが届く間合いへと詰め寄ろうとする―――が、


「浅慮」

「がッ!?」

「ご主人様に近接戦闘を教えたのは、私でございますので」


 己で砕いた土塊を蹴り抜き、キャロルの鳩尾へとぶち当てる。

 そして、次の瞬間———振り下ろされた蛇腹の剣がキャロルの胴体を襲った。


「はい、今日も私の勝ちですね♪」

「うぶぶ……朝食べた香ばしいクリームなシチューが口から零れそううぶぶ」


 しっかりと剣でガードできたものの、遠心力を含んだ剣に耐えられなかったキャロルは地面に蹲りながら白旗を上げる。

 一方で、エミリアは嬉しそうに笑みを浮かべると、懐から布巾を取り出して土で汚れたキャロルの顔を拭いた。


「では、今回のお願いは一時間の膝枕をご所望します」

「……今、俺の部屋にある枕の方が質もお値段も上だと思うの」

「私のお小遣いすべてをつぎ込んでも買えない枕なので大丈夫です。というより、敗者は黙って従うのがの規則ですよ、ご主人様。元より、そう言い始めたのはご主人様ではありませんか」


 キャロルとエミリアは鍛錬がてらに模擬戦を行う際、いつも互いのモチベーションを上げるために『勝った方が負けた方にお願いを一つ言える』というルールを設けている。

 ちょっとした娯楽のつもりでやり始めたのだが、今までどうしてかエミリアのお願いを一方的に叶えるということになっているのは恥ずかしいので内緒である。


「それに、私に勝つならそろそろ縛りなプレイをやめて魔法を使うべきです。魔法ありきなら、のに」

「いや、使うと鍛錬にならないし」


 すっかり転生体の影響で歳相応の口調になってしまったキャロルは頬を掻く。


「それに、魔法ならこの剣に使ってるぞ」

「ただの剣を魔法でただ作ってるだけではありませんか……そろそろ私に勝ってあんなことやこんなことを命令してください」

「えっ?」

「えっ?」


 今、さらりとMっ気溢れる発言が聞こえたような気がしたような……?


『あ、今日もあのクズ息子が鍛錬してる』

『ほんとだ、また負けてる……勝てないって分からないのかな?』

『こら! ちょっと声が大きい! エミリアに聞かれたら殺されるわよ!?』

『でも、最近真面目になったよね……まぁ、ご家族からは相変わらず冷たいままらしいけど』


 ヒソヒソと、訓練場にあるタオルを運んでいる使用人達の声が聞こえてくる。

 兄妹達やお抱えの騎士団が使う時以外はキャロルがいつも使っているからか、もう二人の鍛錬は使用人達の間で見慣れたものになっているのかもしれない。


「……ご主人様、騎士家系の使用人なら腕一本や眼球の一つぐらい失っても違和感はありませんよね?」

「誰の目からも違和感しかないから落ち着くんだすていッ!」


 そして、額に青筋を浮かべて今にでも暴れそうなエミリアの姿も見慣れてしまった。


「むぅ……ご主人様はお優しすぎます」

「はいはい、ありがとありがと」


 エミリアをあやすのは、頭を撫でてあげればいい。

 そうここ数年で学んだキャロルは、優しくエミリアの頭に手を乗せる。

 すると、エミリアは頬を膨らませながらも気持ちよさそうな表情を浮かべた。


「とは言っても、馬鹿にされるのも腹が立つのは間違いない」

「……暴れますか?」

「褒めてほしくて玩具を壊したらただのやんちゃボーイになるだろ……そうじゃなくて、この前父上から呼び出し受けたんだが……」


 キャロルの言う父上とは、現侯爵家の当主である。

 何もしないからこそ汚物のような視線を浴びていたが、四年も自分で鍛錬していることを知ってお声がけされるぐらいには評価が改まったらしい。


「その時さ、とりあえず父上に襲い掛かって返り討ちにあって」

「呼び出されただけで襲い掛かるなど、やんちゃボーイの極みですね」

「そこで「襲い掛かる気力があるなら、お前に任務を与える」って言われたんだよ」


 騎士家系の人間は、例外なく騎士団に加入していなくとも当主直々に任務を与えられる。

 それは騎士団に加入ができる年齢になる前から、他の騎士よりも実力をつけるべきだという『実力主義』らしい方針なのだが、この任務をこなした数で家系内での評価が変わる。

 失敗すれば恥をかき、逆に任務をしっかりとこなせば―――


「ふふふ……吠え面かかせるのはその時でいい。完璧に任務をこなせばまた任務が与えられる……馬鹿にした男がそれをこなし続けたとなると、あいつらも驚く……侯爵家で発言権を得た暁にはあいつら全員寒いお外に纏めて捨ててやるんだふふふ」

「あぁ……ご主人様のそういう黒い部分も素敵です♪」


 強者たる前は我慢の連続。

 己の中にある鉄則を守るためには苦労も必要だが、溜まった鬱憤は消えることはない。

 鬱憤を晴らせる先の未来ビジョンを思い描いて不敵な笑みを浮かべるキャロルに、エミリアの瞳はハートマークだ。


「ならば、私も負けておられませんね」


 エミリアは蛇腹の剣を折り畳み、ググっと背伸びを見せる。


「ん? エミリアはもう普通に強いだろ?」

「いえいえ、主人を守るための精進は専属メイドのお仕事ですので」


 勤勉だなぁ、と。

 向上心溢れるメイドに、キャロルは感心する。


「それに……」


 しかし、どうしてか。

 徐にエミリアは、その端麗な顔立ちをキャロルへ近づけた。


「ご主人様の鉄則の話だと、主義の中の強者であれば望むものが手に入る……ということですよね?」

「ま、まぁ全部とは言わんが……大抵はそうだろうな」


 強さが主義なこの世界なら、強ければ金だって容易に手に入り、女だって相手の方から寄ってくる。

 権力も財力も人間関係も、強くなれば強くなるほど手に入りやすいのがこの世界だと、キャロルはこの四年を生活してみて、改めて認識している。


「であれば、私はご主人様よりも強くなります」


 そして───


「それで、私はいつか……愛しい人ごしゅじんさまを私のものにしてみせます♪」


 誰もが見蕩れるような、満面の笑みを浮かべたのであった。

 キャロルはその笑顔にドキッとしながらも……ボソッと、呟く。


「(なるほど……身に覚えのない「俺の物」発言がここまで根に持たれてるいるとは)」

「……これ、絶対に勘違いされていますよね?」


 参ったなぁ、なんて。

 キャロルは嘆息つくエミリアを他所に、勘違い甚だしい謝罪の仕方を考え始めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月15日 09:00
2024年12月15日 18:00

転生悪役令息の鉄則〜実力主義学園の序盤に破滅エンドを迎える悪役に転生した男は、ただ実力を極めることにした〜 楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】 @hiiyo1012

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画