エミリアとキャロル
次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ
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五人のヒロインと主人公がシナリオのメインとなっている『プラメント・アカデミー』ゲームの中で。
エミリアというキャラクターは、ゲームではあまり登場しなかった女の子だ。
何せ、キャロルが学園に入学した頃には傍付きのメイドを解任され、通常のメイドとしての業務に戻っていたのだから。
たけど、一度だけ。
家を追放されたキャロルの下へ自身の財産を渡しに赴いた時にだけ、ひっそりと彼女は登場していた―――
「……ご主人様、もうそろそろよろしいのでは?」
―――キャロルが転生してから一年後のある日。
ゴッ、ゴッ、と。容赦なくキャロルの体に蹴りや拳を叩き込むエミリアが、どこかうんざりしたように口にした。
「ま、だまだ……限界は、迎えてない……ッ!」
「そうは言いますが、乙女にサンドバッグを殴る趣味はないのですよ……?」
誰も使う予定が入っていなかった訓練場。
そこで、キャロルがボロボロになりながらも立ち上がる姿がエミリアの視界に映る。
(確かに、前に比べれば伸びてはいらっしゃいますが……まだまだ、肉弾戦で私に勝てるはずはありませんのに)
代々、王家を支える騎士団の団長を輩出している由緒正しき騎士家系。
そこで働く者は例外なく、主人の役に立てるようある程度実力が求められる。
エミリアとして、それは例外ではない。
孤児院で育ち、武に特化した才能を持っていたからこそ、引き取られ最年少で一族の傍付きメイドを務められた。
もちろん、ある程度粗暴な主人を受け流せる無関心な性格と、同い歳という理由もあってのことだが、前提として「強い」というのが存在している。
だからこそ、勝てるはずもない。
つい最近まで剣すら握っていなかった無能が―――
「……やはり、やめましょう。これ以上はお体に傷が残ってしまいます」
ゴンッッッッ!!! と、掴んだキャロルの頭を地面へ叩きつける。
傷の心配をしている割には容赦がない……と思われるかもしれないが、エミリアは知っている。
こうでもしないと、最近のキャロルが鍛錬をやめようとしないことを。
「うぶぶ……愛らしい鼻が折れていないか心配なので言うこと聞きますうぶぶ」
地面に顔を埋めながら、キャロルはようやく鍛錬を断念する。
面倒くさい主人ですね、と。エミリアは嘆息ついて主人の顔を見ることなく背中を向けた。
「一応、愛らしい鼻から赤い液体が出てくるかもしれないので、冷やすものをお持ちしますね」
「おう、ありがと」
「…………」
エミリアは何も言わない。
そのまま歩き、訓練場を出て洗濯場に向かって歩き始める。
(ご主人様は、やはり変わられました)
暴力を振るうこともなくなった、罵声を浴びせることはなくなった。
それどころか、騎士家系の皆が行っているような鍛錬を人一倍行い、他にも何やら夜な夜な魔法の研究をしている。
さらには、今までなら言うはずもない「ありがとう」まで―――
(……まぁ、だからといってなんだ、という話ではありますが)
変わったからといって、情が移ることも今までの印象が帳消しになることはない。
その証拠に、異変に気づいても使用人達の評価は変わらず、家族も飯の席に呼ばないほど冷たい対応を取っている。
(人を物扱いするような人ですからね、納得はします)
エミリアもそれは変わらず、ただただ無関心な態度を貫いて―――
「よぉ、エミリア! 偶然じゃねぇか!」
屋敷の外を歩いていると、ふと声をかけられる。
エミリアはその声を聞くと、あからさまに嫌そうな顔を見せ……振り返った。
そこには、どことなくキャロルの顔の面影がある青年の姿があった。
「……ゼノフ様」
キャロルの四つ上の兄であるゼノフ。
すでに学園に入学しており、侯爵家らしく騎士の道を真っ当に進み続ける男である。
家族の評判も、使用人達の評判もそこまで悪くないらしい。
ただ、エミリアにとっては―――
「なぁ、そろそろあんなクソ無能な弟の傍付きなんか辞めて、俺の女になれよ」
―――ただただ鬱陶しく、腹立たしい男であった。
「何度も申し上げておりますが、そう簡単に辞められる仕事ではありません。ご当主様の許可を取ってください」
「そんなの、あとで言えばどうとでもなる! それより、お前の口から聞きてぇんだ!」
確かに、キャロルの傍付きは何度も辞めたいとは思った。
だが、それよりも。
キャロルがなんだかんだ向けてこなかった、下卑た視線をストレートに向けてくるゼノフの方が嫌だった。
自分とて、容姿が整っている自覚はある。あまり他人に興味がないというのも、自覚している。
しかし、それでも譲れないものが―――
「申し訳ございません、前々から言っておりますが―――私は私が好きになった男性と将来を共に過ごしたいのです」
「思っちゃいたが、相変わらず顔に似合わない乙女な夢持ってんなぁ」
好きな人と結ばれたい、いいじゃないか。
孤児院を出て結婚した、自分と仲のよかった姉のような女の子が幸せそうな姿を見せていたのだ。
憧れるな、焦がれるなというのが無理な話。
自分もいつかは素敵な男の子を見つけて、幸せに暮らしたい。
だからこそ、こんな容姿しか見てこない男など願い下げだ。
「そういうつれない態度、嫌いじゃないぜ」
エミリアは小さく形式だけの頭を下げ、背中を向ける。
するとゼノフはいきなり抜剣し、そのままエミリアに向かって剣を振り上げた。
「だが、流石にそろそろ気に食わなくなってくるなぁ!」
しかし―――
「はぁ……そういうところも、首を横に振らない原因なのですよ」
ガギィィィィッッッ!!! と。
鞭に刃でもついたかのような、見ただけでも異常だと分かる蛇腹の剣がゼノフの攻撃を優に受け止めた。
「チィッ!」
「私に好かれる要素の一つに、私よりも強い男というのがあります」
流石は騎士家系とも言うべきか。
ここで終わる―――ということはなく、刃のついた五メートルは越える蛇腹の剣が、柱を砕きながらゼノフへ向かっていった。
「こちらもそろそろ鬱陶しいので、ここら辺でいい加減分からせて差し上げましょう」
「はッ! まったく、相変わらず貴族に対して無礼な女だなお前はよォ!」
「正当防衛、という方面で全力で媚びを売るので問題ございません」
振るわれた剣を、しっかりと弾いていくゼノフ。
しかし、蛇腹の剣は鞭のようにはしなり、軌道が中々読み難い。
受け止めていたはずの蛇腹の剣も徐々に対処が遅れ始め、ゼノフの顔に苦悶が滲む。
(やっぱり、こいつだけは別格! 業腹この上ないが、今の俺では勝てねぇな……!)
華奢な体に似合わず、豪快に抉っていく蛇腹剣。
長いからこそ扱い難いにもかかわらず、思うままに振るえる力。
―――これが十歳と少しの女の子が扱っていると、一体誰が信じるのだろうか?
間違いなく、騎士家系と呼ばれる侯爵家の中でも引け劣らない才能。
しかし―――
「今日こそは、お前の口から言わせるって決めてんだ」
相対しているゼノフとは真反対。
エミリアの背後から、同年代の男らしき人間が五人もエミリアに向かって走り出した。
「なッ!?」
「一人なら負けるが、流石に不意の五人ならお前も無理だろ!?」
どうにかして、蛇腹の剣の軌道を逸らして背後に向けようとする。
だが、ゼノフはその軌道をしっかりと受け止められ、エミリアは諦めて蹴りと掌底を背後の男に叩き込んだ。
とはいえ、不意は不意。
叩き込めたのは二人で、華奢なエミリアの体は三人によって地面に押し倒された。
「~~~ッ!?」
「あっぶね……ここまでしねぇと押し倒せねぇとか、本当に化け物だなお前は」
けど、と。
下卑た笑みを浮かべたゼノフの手が、メイド服から覗くエミリアの足へと伸びる。
「お前の口から言わせる方法なんて、いくらでもあるんだよ……さて、どこまで手を出せばお前は言ってくれるかな?」
―――どうしてか、人の気配はない。
もしかしたら、人払いでもされたのかもしれない。
やられた、と。エミリアの脳裏に一瞬だけ浮かぶが―――それもまたすぐに消える。
何せ、それよりも。
今まで大事にし続けていた夢が、奪われそうになっている恐怖が襲い掛かってきているから。
「い、嫌ぁ……」
エミリアはまだ十一歳だ。
どれだけ同年代離れした実力を持っていようが、まだまだ子供なのだ。
そんな女の子が、自分よりも年上な男に囲まれて夢を壊されそうになって……何も思わないわけがない。
(怖い……)
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いッッッ!!!
(……誰か)
ゼノフの手が、さらに伸びる。
「助け、て……ッ!」
そして———
「まさか、
ゴッッッッッッッ!!! と。
いきなり飛んできた瓦礫が、ゼノフの頬に突き刺さった。
「ばッ!?」
「相手は女の子だろうが……なんで寄ってたかって虐めてんだ」
吹き飛ばされるゼノフの体。
あまりの威力だったのか、地面を転がっていくゼノフは白目を向いており、やがて勢いが止まる頃には動く気配が感じられなかった。
恐る恐る、取り押さえていた男達だけではなく、エミリアまでもが視線を向ける。
するとそこには、指先から青白い糸を伸ばすキャロルの姿が―――
「文句は言わせない……ここは実力主義の世界なんだ、強い奴の主張ぐらい受け入れろクズ共が」
青白い糸は横薙ぎに振るわれる。
エミリアの吹き飛ばした瓦礫に付着したかと思えば、そのまま男の一人の鳩尾を叩き込んだり。
男が剣を構えたかと思えば、糸によって剣が切られたり。
振るわれた糸が男の体にくっ付いたかと思えば、そのまま持ち上げられて地面に叩きつけられたり。
―――たった一回。
たった一回キャロルが腕を振るっただけで、恐ろしかった男達が三人も戦意を失ってしまった。
『こ、こんなの聞いてねぇよゼノフ様!』
剣を切られた男が、情けなくも逃げ出す。
すると、キャロルはゆっくりとエミリアに近づき―――着ていた上着を、エミリアの足へかけた。
「大丈夫か?」
心配そうに見つめる瞳。
それを受けて、思わず―――
「ど、どうして……」
「ん?」
「どうして、私を助けてくれたのですか……?」
キャロルはそんなことをする人間でもない。ましてや、自分は好かれるようなことをしたつもりはなかったはずだ。
なのに、何故? まさか、ゼノフと同じ?
そんな疑問が、恐怖心の中に生まれ始める。
しかし、そんな思いとは裏腹にキャロルは不思議そうな表情を見せ、さも当たり前のように口にした。
「そりゃ、単に俺が気に食わなかっただけだ」
「えっ?」
「言ってなかったか? こういう俺の意思を貫くために、俺は強くなろうとしてるんだよ」
まぁ、まだエミリアには肉弾戦では勝てないがな、と。
気恥ずかしそうに、キャロルは苦笑いを浮かべる。
その顔を見て、どうしてか―――
(し、心臓の鼓動が……うるさい、です)
エミリアの心臓は、激しく高鳴ってしまった。
それどころか、顔まで一気に熱が上ってしまい……エミリアは恥ずかしそうに、もらった上着を顔に当てる。
(まさか、私は……)
この変わってしまった、この男に恋をしてしまったのではないだろうか?
そのような疑問を抱きながら、もう一度エミリアは主人と呼ぶ男の子の顔を見る。
「まぁ、なんにせよ……エミリアが汚されなくてよかったよ」
やっぱり、心臓の鼓動がうるさいです。
なんて、この先「間違いない」と、改めて認識してしまうような感情を、抱いてしまったのであった。
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