魔法使いケンジ「エンディングまで、泣くんじゃない」

ユーサク「長く険しい旅だったな……」

ケンジ「ボス戦か……なんか感慨に浸っちまうな」

アステカ「ほとんど食べ物を漁ってばかりの道中でしたね……」


 西の洞窟の最下層。奥まった洞穴の先には、禍々しい扉が構えている。

 この先はボス部屋。すなわち西の魔女が控えている。


 道中いろいろあったものの、女神と勇者二人はなんとか初のボス戦に漕ぎ着けた。

 装備は最善(手ぶらが一名)

 HP、MPともに回復済み。

 先程ロイヤルホストで腹ごしらえもしたので、準備は出来ている。


 いざ、ボス戦へ——。


 代表してユーサクが扉の前に立った。

 人の気配に反応して、扉がゴゴゴゴゴ——と開き始めた。


 深い眠りから覚めるように、林立するゴブレットに次々、青白い炎が灯ってゆく。

 冷気を放つ地面。ドーム状の壁面に埋め込まれた水晶の数々。

 そして空中に座する異形な人影。


 青一色に染まった広間の中心に、西の魔女はいた。


 魔女は、黒貂の毛皮のように滑らかなローブを纏った出で立ちで、綻んだ裾より竜のそれのような尾が垂れている。濡れた藍色の髪はおどろおどろしく野放図に伸びきっており、顔は仮面によって覆い隠され、窺うことはできない。ただし、額より二本の角が飛び出しているのが見て取れるだろう。


アステカ「あれが、西の魔女……」


 人の影を持ちながら、異形のもの特有の凄みを放っている。

 魔女のあまりの異質さに、アステカは女神ながら、たじろいでしまった。

 ところが——、


ユーサク「あれ?ミル・マスカラスじゃね?」

アステカ「……はい?」

ユーサク「いや、絶対ミル・マスカラスだって。千の顔を持つ男の。マスカラス・ブラザーズの」

アステカ「ただ覆面をしているだけでしょうが!」


 馬鹿に威圧感など通用しない。

 女神の制止も虚しく、のこのこ西の魔女のもとへ。


ユーサク「いや〜、ファンだったんだよね俺。ちょっと握手してもらってもいいっすか?——あべし!!」


 たちまち尻尾で薙ぎ払われた。

 ユーサクは 18のダメージを うけた。


ケンジ「救いようのねぇ馬鹿だな、ありゃ」

アステカ「まったくです」

ケンジ「あれは間違いなくアンドレ・ザ・ジャイアントだって」

アステカ「え……」

ケンジ「身長7フィート4インチの。スタン・ハンセンと死闘を繰り広げた」

アステカ「もはや覆面関係ないじゃないですか!」


 せめてザ・デストロイヤー辺りにしておけ。

 女神の制止も虚しく、のこのこ西の魔女のもとへ。


ケンジ「ちょっとサイン貰っていいっすか?この辺に『ケンジ君へ』って感じで——ひでぶっ!!」


 青白い火球が飛んだ。

 ケンジは 24のダメージを うけた。


ユーサク「ちくしょう……」

ケンジ「やってくれるな……」

アステカ「ほぼ自滅じゃないですか……」


 手痛い先制攻撃を受けたものの、勇者たちは本気になったようだ。


アステカ「どうやら西の魔女は、魔法も使えるようです。距離があっても、油断してはいけませんよ」

ユーサク「魔法には魔法で対抗だ。おい馬鹿、お前の出番だ」

ケンジ「誰が馬鹿だ、この野郎——」


 ケンジは火炎魔法を繰り出した。

 こうかが ない みたいだ…


アステカ「なるほど。西の魔女に、火炎魔法は相性が悪いようです」

ユーサク「まじお前の魔法なんなの?火おこしにしか使えねぇじゃん。MP少ねぇからチャッカマンにも劣るじゃん」

ケンジ「うるせぇな。じゃあ、お前が行け——」


 ケンジはユーサクの尻を蹴飛ばした。

 ユーサクは西の魔女の前に送り出される。


ユーサク「えっと……いのちだいじに?」


 容赦なく尻尾が振り下ろされた。

 ユーサクは 20のダメージを うけた。

 勇者二人は早くもボロボロである。


ユーサク「くそ……せめてババアが、もうちょっと使えれば……」

ケンジ「盾にもなりたがらねぇし……」

 怒りの矛先は、いまだ無傷の女神へ。

ユーサク「ロイホが好きなら、PKコスモドリアくらい撃てよ」

ケンジ「吟遊詩人の方がまだ使い用があるぞ」


アステカ「ひどい言われよう!あんなにたらふく食べさせたのに!ドリンクバーまで付けてあげたのに!女神のことをいったい何だと思っているのですか!」

ユーサク「ロイホ縛りのグルメテーブルかけ」

ケンジ「タスポのぶら下がった自販機」

アステカ「もはや人間ですらないっ!!」


 こうも罵られると、いくら女神だって拗ねてしまう。


アステカ「もういいですよ〜っだ。勝手にしてくださ〜い。あなた方がぼこぼこに負かされようが、女神は知りませんも〜ん。どうせ無敵ですから、どうせ飯炊きしか能のない絶世の美女ですから」


ユーサク「おいおい、ばあちゃん拗ねちゃったよ」

ケンジ「適当に宥めとけ、物でもやって」

ユーサク「しゃあねぇなぁ……」


 ユーサクがアステカに歩み寄った。


アステカ「何ですか?いまさら機嫌を取ろうったって、もう遅いのですからね?」

ユーサク「ばあちゃん、さっきは言い過ぎだった。これやるから、機嫌直してくれ」

アステカ「ま……まあ?そこまで言うのなら、女神も寛大ですから?許してあげないこともないのですけれども——それにしてもイケオジですね……」


 アステカはいそいそとユーサクからお詫びの品を受け取った。

 だった。


アステカ「いりませんよ!!こんなもの!!」

 アステカは種を投げ捨てた。


ケンジ「おい馬鹿、なにゴミ渡してんだ?」

ユーサク「あいにく持ち合わせがなくてな」


 逆効果である。

 アステカはすっかり機嫌を損ねてしまった。


ケンジ「……しょうがねぇ」

ユーサク「あいつ倒して、機嫌を取るとしますか……」


 何だかんだで、締めるところは締めるイケオジたちである。

 二人はものぐさに地面を蹴った。

 ボス戦、再開だ。


ユーサク「メラでも何でもいい。とにかく魔法を撃って、やつの注意を引き付けてくれ。俺に考えがある」

ケンジ「あいよ……っ!!」


 ケンジは煙草を吐き捨て、火球を放った。

 仮面の奥の目の色が変わる。西の魔女は直ちに、青白い火球で相殺に掛かる。

 ケンジは魔女を中心に弧を描くように駆け、火球を畳み掛ける。


 ユーサクは手頃な石を手に、いくつも穴を掘った。

 凍てつく地面は固く、スコップ代わりの石もすぐ駄目になってしまう。

 だが、ユーサクは掘り続けた。


アステカ「なんだ、真面目な顔もできるじゃないですか……」

 アステカの尖った肩も、次第になだらかになっていく。


ユーサク「おし!準備できたぞ!」


 ユーサクの声に反応し、西の魔女が振り返った。

 青白い火球が飛ぶ。


ユーサク「おっと!……こっちへ来やがれマスカラス!」

西の魔女「——っ!!」


 西の魔女がユーサクに襲い掛かる。

 ユーサクのHPは、もはや一割にも満たない。

 だが——、


ユーサク「にご注意ください——ってな」


 西の魔女がユーサクに踊り掛かるや、突如、足下が崩れ落ちた。

 落とし穴の種。

 ユーサクは広間の至る所に種を植え付け、罠を張っていたのだ。


ケンジ「野郎、やるじゃねぇか」

ユーサク「チャンスだ、畳み掛けるぞ」


 二人は、穴に嵌まる魔女に攻撃を繰り出す。

 僅かのダメージしか入らなくても、塵も積もればで、魔女のHPが徐々に徐々に削れていく。無茶に思えたボス戦も、徐々に徐々に勝算が見えてくる。

 アステカはいつしか、見入ってしまっていた。


アステカ「ですが……」


ユーサク「お前、ライターオイル持ってたろ?」

ケンジ「ぶっ掛けるか。メラゾーマとまではいかねぇが、メラミくらいの威力にはなるだろ」


 穴に埋められ、身動きの取れない魔女の角をへし折り、躊躇なくライターオイルをぶっ掛ける男二人。


アステカ「どう見ても絵面がウシジマ君……」

 あれは正義の勇者の戦い方ではない。


ユーサク「うおっ!?」

ケンジ「やっべ!?」


 ここで、ついに西の魔女が動いた。

 爆風——。

 魔女は、動きを封じる穴を周囲の地面ごと吹き飛ばし、二人の前に降り立った。

 その顔は、仮面で直接は窺い知れないものの、明らかに怒り狂っていると見ていい。角は片方が根元より折れ、焦げた藍色の髪が、ぬらぬらと蠢いている。


ユーサク「これさぁ……まずくね?」

ケンジ「まずいよな……うん」

 二人は顔を見合わせた。

ユーサク&ケンジ「「俺、知〜らねっ!!」」

 我先にと全力で魔女から逃げ出した。


ユーサク「——て、なに逃げてんの!?火をつけたのは君だよね!?駄目だよ!!最後まで責任取らないと!!」

ケンジ「元はと言えば、お前が生き埋めにするからだろ!?何が『考えがある』だ!!お前こそ責任とって人柱になってこい!!」


 ぎゃあぎゃあと醜い言い争いをしている間にも、魔女は魔法を繰り出す。

 頭上に突如として暗雲が垂れ込めたかと思えば、稲光。電撃が二人を襲う。


ユーサク「あいつギラ系も撃てるよ!?お前の上位互換だよ!?——たわば!!」

ケンジ「だから端から勝ち目なんかねぇんだって!!昨日までただのおっさんだから!!マルボロを嗜む、ただのしがないおっさんだから!!——たわば!!」


 男二人が足を引っ張り合いながら、魔女の猛攻から逃れようと必死になっている。その様子はもはや滑稽としか言いようがない。

 アステカは体育座りに頬杖を突きながら、そうした様子を傍観している。


アステカ「さすがに最初のボス戦にしては、厳しすぎましたかね?」

ユーサク「ババア!!見てねぇで助けろ!!」

アステカ「ぷいっ!」

ユーサク「可愛い子ぶってんじゃねぇよ!!こっちは命掛かってんだよ!!」


 と、その時だった。

 ずぼっ!!というコミカルな音。

 ユーサクは、自分の仕掛けた落とし穴に、頭から嵌まってしまった。

 つまり、墓穴である。


ユーサク「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」


 後方より迫る西の魔女。

 状態、お尻を出した子一等賞。

 ユーサク絶体絶命である。


ケンジ「終わったな、ありゃ……」

アステカ「ああ、どうしましょう。さすがに可哀想に思えてきました……」


 二人が見つめる中、西の魔女の指先が電撃が走る。

 ところが、その時だった。


『ぷ〜ぷぴ〜、ぷ〜ぷぴ〜。ぷ〜ぷぺぽ、ぷ〜ぷ』

 どこからか流れ出すエーデルワイス。


アステカ「もしかして……」

ケンジ「まさか、これは……」


 ユーサクのスキル『』である。


アステカ「帰りは棺桶を引いてくださいね」

ケンジ「置いてこうぜ。どうせ重いし」


 尻は最後っ屁を奏つづける。

 西の魔女は、それを聞かされている。

 二人ともユーサクの死を覚悟した。


 ところが、どうしたことか。

 不思議なことが起こった。


 西の魔女が突如として蹲り、声を上げてじゃないか。


ケンジ「え……何事!?」

アステカ「こ、これはもしや……」


 アステカには思い当たる節があった。

 ドラクマ王国で、占いババアが言っていた。


アステカ「西の魔女はかつて、人間に育てられたと聞きます。人間の女が母親の代わりになって、育てられたのだと。もしその時、女から子守歌か何かで『?魔女に堕ちた今も、それを覚えていたとしたら?」


 その昔、ドラクマ王国の一組の夫婦が魔族の赤ん坊を拾った。

 女はひとり西の洞窟に籠り、赤ん坊を育てた。

 赤ん坊は愛情を一身に受け、元気に育った。

 だが、女は年老い、ついに帰らぬ人となった。

 そして、長い長い月日が流れた。


『ぷ〜ぷぴ〜、ぷ〜ぷぴ〜。ぷ〜ぷぺぽ、ぷ〜ぷ』


 西の魔女は、今が戦いの最中であることを忘れて、ただただ泣きじゃくっている。最愛だった亡き母を思い出して——。


ケンジ「いや!!どこのMOTHERだこれ!?」

アステカ「エンディングまで、泣くんじゃないぞ?」

ケンジ「泣けるかぁっ!!」


 頭から穴に嵌まって、尻からエーデルワイスを捻り出す剣士。

 それを聞いて泣き崩れる西の洞窟のボス。

 もはや両者に争う理由はない。

 戦いは今、終局を迎えた。


ケンジ「じゃあまあ……ぼちぼち帰るか」

アステカ「そうですね……」


 大泣きする女に止めは刺せない。

 二人は踵を返した。

 外はもう暗くなっているだろう。


ユーサク「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?(て、なに勝手に終わらせようとしてんの!?俺なおも生き埋めだけど!?フラワーロックみたく腰振ってんだけど!?え、マジで行っちゃうの!?いや、頼むから置いてかないでくれええええっ!!なんか尻に頬擦りされてるんだけど!!さっきから尻に角がぶっ刺さってるんだけど!!)」


 もちろん逆さに埋まっているんだから、声なんて届きっこない。

 ユーサクが手も足も出ないのをいいことに、西の魔女は尻に抱きつき、わんわん泣きじゃくっている。左のほっぺに角がめりめり食い込んでくる。

『ぷ〜ぷぴ〜、ぷ〜ぷぴ〜。ぷ〜ぷぺぽ、ぷ〜ぷ』

 西の洞窟に、エーデルワイスが流れる。


アステカ「打ち上げは、ロイヤルホストでいいですか?」

ケンジ「喫煙席で頼む」

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馬鹿は転生しても治らない ぽっぽ屋 @Cruppo

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