剣士ユーサク「突撃ぃっ!!隣の晩ご飯っ!!」
西の洞窟には魔女が住む。
その昔、ドラクマ王国の一組の夫婦が魔族の赤ん坊を拾った。男は危険だから捨て置くべきだと言ったが、女は拒んだ。母親の情が湧いたのだ。
女はひとり西の洞窟に籠り、赤ん坊を育てた。赤ん坊は愛情を一身に受け、すくすくと元気に育った。
だが、問題が生じた。
人間と魔族の寿命は異なる。赤ん坊が成長するにつれ、女は年老い、ついに帰らぬ人となった。
赤ん坊は暗い洞窟にひとり取り残された。泣けど喚けど、手を差し伸べてくれる者はもういない。その事実に赤ん坊が気付くまで、いったいどれほどの歳月を要したのだろうか。
長い長い月日が流れた。
深い孤独の中で育った赤ん坊は、人の愛情を忘れ、ついに魔女になった。
——以上、占いババア談。
女神御一行は、魔女を討伐するべく、目下洞窟を探索中だ。
推奨レベルは15。初冒険で挑む中ボスとしては、それなりの難敵と言えるだろう。気を引き締めて掛かる必要がある。
ごつごつした岩肌。滴る水の音。
暗闇の中に、ぽつんと焚き火の明かりが灯っている。
それを体育座りで囲む、三人の影がある。
ユーサク「どうしておなかが減るのかな?」
ケンジ「喧嘩をすると減るのかな?」
ユーサク「仲良ししてても減るもんな〜あ」
ケンジ「ばあちゃん」
ユーサク「ばあちゃん」
ケンジ「おなかと——」
ユーサク「背中が——」
ユーサク&ケンジ「「——くっつくぞ!!」」
アステカ「女神に言われても……食料は買わなかったのですか?」
呆れ顔の女神。
勇者二人が食って掛かる。
ユーサク「なんでこんな出来の悪いドラクエみてぇな世界で腹が空くんだよ!?」
アステカ「そりゃまあ生きていますから」
ユーサク「僕らはみんな生きているってか!?曲が違ぇんだよ!!」
ケンジ「ヤニ吸っても、減るもんは減るんだよ!!」
アステカ「だからって十本まとめて吸わないでください!洞窟なので!ものすご〜く煙たいので!」
ケンジ「それよりババアてめぇ、Sレア感覚でマルメン混ぜてんじゃねぇ!す〜す〜するんだよ!十パーセントの確率で、吸った後す〜す〜するんだよ!」
アステカ「知りませんよ!女神は喫煙者ではないので!」
辺り一帯、紫煙が漂っている。
ケンジ「あ〜もう、腹減った。腹減りすぎて、バリボリバリボリ幻聴まで……って、何バリボリ食ってんだ、この野郎」
ユーサク「落とし穴の種」
ケンジ「落とし穴の種!?」
ユーサク「なんか露店で売ってた」
ケンジ「世界観!!……え、何?露店って、つねきちも来てんの?すれ違い通信感覚でどうぶつの森も参戦してんの?」
ユーサク「焼いたら食えねぇこたねぇな。くそまずいけど」
ケンジ「俺にも寄越せ!Sレアのマルメンやるから!」
ユーサク「やだよ、す〜す〜するし」
焚き火の前で、得体の知れない種を奪い合う勇者たちの、浅ましいことと言ったらない。
女神はイケオジたちを冷めた目で眺めている。
ところで……どこからか、オリエンタルなおいしい香りが漂ってはこないだろうか。
ケンジ「なんか匂わねぇか?」
ユーサク「褒めても種はやんねぇよ?」
ケンジ「んなもん、その辺に埋めちまえ」
香りに誘われ、二人と女神は奥へと進む。
視界が開けた。
長い洞穴の先は、剥き出しの水晶が青白く輝く地下渓谷になっていた。切り立った崖より目を落とすと、谷底で何やら緑色の軍団が蠢いているのが分かる。
体長一メートル前後で、腰の曲がった肥満体形。尖った耳と鷲鼻を持った、悪魔を連想させる気味の悪い醜面。垢だらけの襤褸を纏い、粗末な棍棒を担いでいる。
ゴブリン。レベル5もあれば難なく対応できる、低級モンスターだ。
どうやらこの地下渓谷はゴブリンの巣窟のようだ。人間の真似事のように枯れ枝で火を熾し、そこに三十体近くは群がっているだろう。
ユーサク「なにしてんだ?」
ケンジ「なんか皿持って並んでねぇか?」
薄明かりの中、三人は目を凝らす。
焚き火に載った寸胴鍋。
棍棒の代わりに握った皿とスプーン。
地下渓谷では、ゴブリンがカレーを作って食べていた。
ケンジ「だから世界観!!なんでゴブリンが自炊してんだ!?絵面が少年自然の家だぞ!!」
ユーサク「おいババア!!お前の世界、魔王軍関係なく無茶苦茶だよ!!小学生がRPGツクールで作ったみたいになってんぞ!!」
アステカ「お……おそらく曜日感覚を養うためにカレーを作っているのでしょう。こう暗いと、今日が何曜日か分からなくなりますし」
ユーサク「なに『金曜日のカレー』で片づけようとしてんの?年中腰蓑のやつに、そんな知能ねぇよ」
鍋から立ち上る湯気とともに、なんとも空きっ腹を刺激するスパイスの匂いが香ってくる。勇者たちの腹は、先程から鳴りっぱなしである。
ユーサク「やつらを見てたら、な〜んか腹が立ってきたな」
ケンジ「同感。ヤニもまずくなりやがる」
ついに二人の勇者は立ち上がった。
ユーサクは生焼けの種を投げ捨てた。
ケンジは吸い殻を吐き捨てた。
そして——、
ユーサク「突撃ぃっ!!隣の晩ご飯っ!!」
ケンジ「そのカレー寄越せぇぁっ!!」
ゴブリンの食卓に跳び掛かった。
アステカ「ええええ……」
頭上からの敵襲に、たちまちゴブリンたちが色めく。
ユーサクは着地ついでに一体の頭を蹴落とし、食べかけのカレーを奪い取る。前方より襲い掛かってきた一体へ、それを顔面目掛けてぶっ掛けた。
ユーサク「今日の夕飯はカレーよぉっ!!」
すなわち目潰しである。
ギシャアアアアアアッ!!という絶叫を挙げ、ゴブリンがよろめく。そこへユーサクは躊躇なく棍棒を振り下ろした。
渓谷に、西瓜が潰れるような嫌な音が響いた。
ケンジ「そんなに火が恋しいなら、お望み通り燃やしてやんよぉっ!!」
ケンジの火炎魔法により、ゴブリンたちが次から次へと火達磨になる。
脂の焦げる嫌な臭いは、みるみる濃くなり、もはやスパイスでは隠しきれないほどになった。
ユーサクが棍棒を略奪すれば、ケンジが焼死体を蹴り飛ばす。
勇者たちの顔は悪魔そのもの。
逃げ惑うゴブリンの悲鳴と、皿の割れる音が絶えることはない。
アステカ「絵面がR指定……」
谷底は地獄絵図と化している。
おぞましい阿鼻叫喚が木霊している。
これでは子供に見せられない。
ユーサク「これで終いだぁっ!!」
ケンジ「ふははははははははっ!!」
ユーサクは最後の生き残りを、ジャイアントスイングよろしくぶん投げた。
ただ、空腹により吾を忘れるあまり、本来の目的を忘れていた。
投げ飛ばした先には寸胴鍋があった。
ユーサク「あ……」
ケンジ「あ……」
カレーが大空にぶちまけられた。
異世界だとモンスターの死骸も、撒き散らされたカレーも、一定の時間が経つと自然に消える仕様のようだ。
谷底が閑散となるにつれて、嫌な臭いは薄れていった。
ケンジ「骨折り損じゃねぇかよ……」
ユーサク「あ〜もう、腹減った。派手に動いちゃったから余計に腹減った」
覆水盆に返らず。いくら嘆いたところで、カレーは戻ってこない。
二人はぼんやりと空を仰いだ。
アステカ「ふふぁりほほ、ほふはへははへふ(二人とも、お疲れさまです)」
女神がコスモドリアを食べていた。
ユーサク&ケンジ「「なに食ってやがんだババアァッ!!」」
アステカ「ひぃん!?」
ユーサク「なんでダンジョンでロイホ!?おかしいよね!?」
アステカ「女神はロイヤルホスト推しなので、女神権限でこの世界にも十二店舗だけ出店しているのですよ」
ケンジ「ほぼ全都市網羅してんじゃねぇか!!職権乱用にも程があんだろ!!」
アステカ「ちなみに女神専用スキルで、ロイヤルホストに限って宅配サービスが利用できるのです」
ユーサク「黒×黒ハンバーグでも?」
アステカ「あつあつ出来立てで」
ケンジ「アンガスサーロインステーキでも?」
アステカ「レアで届きます」
ユーサク「ふ〜ん……じゅるり」
ケンジ「なるほど……じゅるり」
ユーサクは涎を拭った。
ケンジは生唾を啜った。
アステカ「なんだかまずい予感……?」
ユーサク「おいババア、今そっち行くから、動くんじゃねぇぞ!!」
ケンジ「もうタダじゃ済まさねぇ!!崖ぇ這い上がってでも、取っ捉まえてやらぁ!!」
アステカ「やっぱり!?」
勇者二人は地面を蹴った。
ユーサク&ケンジ「「そのドリア、俺に寄越せぇぁっ!!」」
アステカ「ひぃん!?」
ユーサクは がけを のぼった。
ケンジは がけを のぼった。
めがみは にげだした。
食べ物の恨みは恐ろしいもので、ユーサクもケンジも、十五メートルはあろう崖を十秒そこらでよじ登ってしまった。
二人は息を荒げながらも、辺りを見回す。
ユーサク「どこへ逃げやがった、あのババア」
ケンジ「俺は谷沿いの道を行くから、お前は来た道を引き返せ」
勇者は二手に分かれた。
ケンジは渓谷添いの小道を進む。
ユーサクは来た道を引き返す。
ユーサク「ドラゴンの時もそうだったが、あのババア、だらしねぇ乳を垂らしてる割に、逃げ足だけは速いんだよな……お?」
暗がりを手探りに進むと、ふとユーサクの目に、いかにもな宝箱が留まった。
こんなところに、宝箱なんてあっただろうか?
ユーサク「箱の中身は何じゃろな……っと」
宝箱が噛みついてきた。
なんと宝箱は人食い箱だった。
ユーサク「痛ってええええっ!?分かってたけど!!ダチョウ倶楽部の熱湯風呂みたく分かってたけど!!……って、こいつ全然離れないんだけど!?」
手付かずの宝箱を見たら、つい開けてしまうのが、勇者の悲しき性である。
ユーサクは 1のダメージを うけた。
ユーサクは 1のダメージを うけた。
ユーサクは 1のダメージを うけた。
ユーサク「このままじゃ、まずい——」
ケンジ「お〜い」
ユーサク「ちょうどいいところに——」
ケンジの声だ。
二人がかりで引っ張れば、人食い箱だって引っぺがすことも可能だろう。
ユーサクは振り返った。
ユーサク「頼む——」
ケンジ「手ぇ貸してくれや……」
ケンジが立っていた。
両手両足に宝箱を引っ提げて。
ユーサク「お前もか〜い!!って、両手両足フル装備とか、どんだけ強欲なの!?」
ユーサクは 1のダメージを うけた。
ケンジは 1のダメージを うけた。
ケンジは 1のダメージを うけた。
ケンジは 1のダメージを うけた。
ケンジは 1のダメージを うけた。
ユーサク「馬鹿は使い物にならねぇ」
ケンジ「こんな時にババアがいれば……」
アステカ「あの……手を貸しましょうか?」
すぐ傍の岩陰から、アステカがおずおず顔を出した。
ユーサク「ばあちゃん……」
ケンジ「助かったぜ……」
アステカが顔を出した。
食いしんぼうのシェフサラダを抱えて。
ユーサク「だから何ひとりで飯食ってんだババアぁっ!!」
ケンジ「こそこそ食ってんじゃねぇぞババアぁっ!!」
アステカ「ひぃん!?」
宝箱を地面にガンガン叩きつけて、勇者たちが全力疾走する。
ユーサク&ケンジ「「ガンガンいこうぜ!!」」
彼らの目には、もはやサラダしか映っていない。
アステカ「だから秘密にしておきたかったんですよぉっ!!」
アステカは、食べかけのサラダを抱えたまま逃げ出した。
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