Revenant・Radio~怪盗を追い詰める陽気な配信者は最強の追跡者~

ナインバード亜郎

偽りの予告状と道化の怪盗

偽りの予告状と道化の怪盗 01

「月の囁きを引き取りに参ります。怪盗ハルマ」


 低い声でその一文を読み上げながら、ハルマは大きな溜息をついた。

 一週間前にネットにアップされた豪華な装丁の予告状の写真には『怪盗ハルマ』の名前と共にそう書かれていた。しかし、そんなものを出した覚えは全くない。


 「誰だよ、こんなもの勝手に送りつけたのは……」


 胃がキリキリと痛い。

 そもそもハルマが手ずから作る場合はもっと簡素で適当だ。紙の端がヨレていようが、文字が走り書きだろうが一向に構わない。それをこんなにも金と時間をかけて偽造する輩がいるとは。世の中は理解に苦しむことばかりだ。できることなら俺の胃だけは苦しむことのないよう労ってほしい。

 耳元の通信機がチリリと鳴り、通信機の向こうでチェノワが独り言につっこみを入れてくる。


「そんなのファンか美術館の関係者に決まってるじゃないですか」

「むしろそれ以外だったらビックリだよ。けどさ、よりにもよってこんな田舎で偽の予告状騒ぎなんて起こすことないじゃん」

「田舎だからですよ」


 間髪入れずチェノワは言う。


「なんたって怪盗ハルマの予告状がネットにアップされたその日から、それまで美術館で鳴いてた閑古鳥が連日千客万来満員御礼なんですから」

「……それ、犯人は美術館関係者ですって言ってるようなもんじゃね?」


 犯人の正体見たりマッチポンプ。

 覚えのない予告状が勝手に出され、その予告状に警察は動かされ、住民は怪盗の登場に期待をし、それらを無下に出来ず登場する怪盗。

 これを道化と呼ばずしてなんと呼ぶのか。


「いっそ怪盗なんて辞めてさ、こういうとこで客寄せパンダにでもなってやろうかなって思うんだけど、ご先祖様的にはどう?」

「ああ、いいですね。その時は私とマイさんで遠くから見守ってますんで頑張ってください」


 心にもない冷めた返事だった。

 AIに心があるのかどうか知らないけど。


「どうせ予告状が偽物なんだから怪盗ハルマも偽物にすればいいのに」

「前に偽物が本当に出てきて胃炎になったの忘れたんですか?」

「……思い出したら頭も痛くなってきた」

「今日は体調不良でお休みしますって美術館に連絡しますか?」

「なにそれ、怪盗って小学生なの?」


 小学生が作った予告状に警察も怪盗も踊らされた過去があるので、冗談とも言えないのがまた悲しいところだ。


「まあいいや、まずは下見だけでもしようか」


 深呼吸をして気を取り直しハルマは立ち上がり、偽の予告状の写った端末を閉じてポケットにしまう。

 市立銀の丘美術館。

 どこにでもありそうな凡庸な美術館で展示されている美術品もそれほど高いものではないのだが、偽の予告状効果のおかげで連日満員御礼。

 この日も入場整理券を受け取るために長蛇の列ができており、並ぶだけで一時間待ちという状況だった。まさか本物の怪盗がその割を食っていたなんて美術館側も夢にも思うまい。


 整理券に記載された時刻ピッタリにハルマは中へ入り、入場料を支払う。彼が目指すのは他の来場者と同様「月の囁き」と呼ばれる絵画だ。この絵がどれほど価値なのか、ハルマは寡聞にして知らない。ただ、予告状に名前が出た以上はそれなりに重要な絵画なのだろう。

 少なくとも、美術館側がそう思っていることは確かだ。


「一体どんな名画なんだろうね……」


 人の流れに逆らわず、ゆっくりと歩きながら下調べをする。

 何気ない様子で展示品に目を向ける振りをしつつ、視線は監視カメラの位置を捉え、ガラスケースの警報装置の仕組みを観察する。そして、ふと展示室の構造を思い出し、最短の脱出経路を頭の中で描いていく。


「……妙に整備されてる気がするんだけどさ、田舎の美術館にしちゃ気合入れ過ぎてね?」

「その田舎にこれだけ人が来ると知ってれば力も入りますよ。さすがハルマブランド」

「そのブランド、俺の胃と引き換えなんだけどな……」


 怪盗の存在に誰よりも胃を痛めるのが怪盗本人だなんて誰か笑ってくれ。

 そんなやり取りをしながら、ついに目当ての展示室に到着した。

 中央の柱に展示ケースで厳重に保護された一枚の絵画が飾られている。柱の周りには赤いロープが張られ、近寄りすぎないよう警備員が目を光らせている。

 ようやく絵の前に立ったハルマは、他の客と並んでまじまじとそれを眺める。


 「これが『月の囁き』ね」


 描かれているのは、満月の光が田舎町を優しく照らす情景だ。風景はどこか素朴で、絵筆のタッチには稚拙さも感じられる。けれど、全体としてはどこか懐かしい温かみがあり、見る人の心を和ませるような雰囲気を持っていた。恐らく作者はこの町を描いたのだろう。

 ハルマはが、別に審美眼が殊更優れているということではない。最終的にお金が手に入るならなんでもいいのだ。なのでこの絵を目にしても「こういう絵でも価値があるんだなあ」と思うくらいで本当の価値に気付かない。

 ハルマがぼんやりと絵画を眺めていると隣の観光客の声が耳に入ってきた。


「怪盗ハルマってすごいよなぁ。こんなところの絵画まで知ってるんだから」

「これだけ厳重ならすごい価値なんだろうね」

「もう一週間だけど、そろそろ来るのかな」


 その声に思わず顔がしかめる。


「……この絵知ったの今日が初めてなんだけどな」


 ぽつりと呟くと、チェノワがまたつっこんでくる。


「でも狙うことになってますから。予告状のおかげで」


 ハルマは無意識に胃を押さえた。胃がまたキリリと痛む。

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