ピグマリオン効果塾
ちびまるフォイ
人間は心理の奴隷
「なんなのよこの点数は!? もう塾に行くしか無いわ!!」
勉強ママは嫌がる子どもを連れ立って、
近所でも有名な塾の門を叩いた。
「あれ休業中って出ているわ? やってないのかしら」
「おや。うちの塾になにか?」
「先生ですか?」
「いかにも」
「実はうちの子の成績がラグナロク級に悪くて……」
「お任せください。さあ、塾の中へ」
講師は教室へふたりを招き入れた。
休業中の看板はヒザで割った。
「私が教えるからにはもう安心。成績アップ間違いないですよ」
「頼もしいわ! どんな授業をやってくれるのかしら!」
「いいえ、私は授業を行いません。ここで勉強はしません」
「え……? 塾……ですよね?」
「ちっちっち。お母さま。私は人間心理のプロフェッショナル。
成績を上げるというのは勉強を教えるだけじゃないんですよ」
たしかに講師は教科書もチョークも持っていない。
コンビニへ行くようなラフな様相。
「ここはピグマリオン効果塾なんです」
「ピグマリオン……?」
「まあ見ててください。あっちに教室からは見えないガラス部屋があります」
「なんで取り調べスタイルの室内構造なんですか」
母親は別室の監視室に移動し授業のなりゆきを見守った。
塾の講師は勉強を教えることなく、ただ生徒に寄り添った。
「たかしくん、君はできるって信じてる」
「君の成績を見たよ。君はのびしろがある」
「僕は君の可能性を信じてる!」
そんなのを繰り返し何度もいうだけだった。
塾の時間いっぱいいっぱいかけても教科書ひとつ開かなかった。
「先生、これで本当に意味があるんです?」
「次回のお楽しみ、です」
1ヶ月後、定期試験の結果が返ってきた。
その驚きの結果に母親は塾講師をダッシュで訪ねた。
「せ、先生!! うちの子の成績が!!」
「必ず上がると言ったでしょう?」
「でもどうして? 教科書ひとつ開かなかったのに」
「うちはピグマリオン効果塾。
これは人間心理でひとから期待されると、
期待される自分になろうとする心理効果によるものです」
「どういうことです?」
「ピグマリオン効果により、息子さんが自分で勉強したんですよ」
「すごい……! 学習机をどんど焼きで燃やすほど勉強キライなのに!」
「私は人間心理のプロフェッショナルですから」
「先生! これからも息子を見てやってください!!」
「もちろんです。ではお代をいただきましょう」
「倍払いますぅ!!」
すっかりピグマリオン効果塾に心酔した母親。
息子も悪い気はしないようで塾を継続した。
「君はこないだのテストであんなに頑張った!」
「でも君ならもっと高みを目指せるはずだ!」
「先生は信じている! 君の可能性を!!」
相変わらずのピグマリオン節を炸裂させた。
塾では勉強を教えないが、家に帰ると息子は火がついたように勉強する。
「これは次もきっといい成績だわ……!」
母親はすっかり上機嫌。
息子の七光りで自分が政界進出する未来まで夢想した。
1ヶ月後、期末テストの結果が返却される。
母親はふたたび塾へと車でつっこんだ。
「せ、先生!!」
「わかっています。次も完璧だったんでしょう?」
「ちがいます! 成績が落ちたんです!!」
「なんだって?」
返却されたテストは好成績でこそあれど、
あれだけピグマリオン効果で持ち上げたほどの結果でなかった。
「息子さんは?」
「期待されていた自分になれなかったとグレて、
盗んだ電動キックボードで夜の海です」
「交通手段こそ変わっても、やることの時代は変わらないんですね」
「それよりどうして結果が出なかったんでしょう?
ピグマリオン効果は無敵なんですよね?」
「ひとつ言えることは……ここが限界だということです」
「そんな!!」
「しかしお母さま。心理学のプロフェッショナルである私が、
よもやピグマリオン効果だけしか使えないとでも?」
「他にもあるんですね!?」
「もちろんです。ホーソン効果を使うときが来たようですね」
「さすが先生!」
「裏技なのでお値段高くつきますよ」
「いくらでも!!」
グレしまった息子は新型ゲーム機をいけにえに特殊召喚し、
ふたたび塾へと通わせることに。
「何なのかしらホーソン効果って……」
再び別室で母親は授業のなりゆきを見守った。
今度は塾講師だけでなくエキストラの女生徒が教室に集う。
「たかしくん、みんな見てるよ!」
「今度のテスト頑張ってね!」
「きっとできるってみんな思ってる!」
Botのように繰り返す授業風景を見て、母親はますます心配になった。
授業が終わるとすぐに講師へと詰め寄った。
「先生、これがホーソン効果というやつなんですか」
「はい。ホーソン効果は注目されて期待されると
その自分になろうと努力する心理効果です」
「本当に大丈夫なんでしょうか……?」
「人間であるかぎり、心理学は効果があります」
母親の不安をよそに無常にも学力テストが実施された。
その1ヶ月後、ついにテストの結果が帰ってきた。
点数を見るや母親は赤兎馬にまたがり、大急ぎで塾へと乗り込んだ。
「先生!! 先生!!」
「お母さま! 結果が帰ってきたんですね?」
「はい!! その結果なんですが……」
母親はまちきれずに答案用紙を見せた。
「満点です!!」
「やりましたね、お母さま」
「ああ。なにをおっしゃるんですか。
息子がこんなに成長できたのも、太陽が昇るのも
すべて先生のおかげじゃないですか」
「私はいただいたお代の分だけ仕事をしたまでですよ」
「先生のおかげで息子はすっかり自信を取り戻し
今は医学部に向けて受験を進めています」
「それはすばらしい。ぜひ応援してあげてください」
「もちろんですわ!」
たかし君のおおいなる成長に喜ぶふたり。
そこに水を差すようにヒゲ面のおじさんが入室した。
「おや? おかしいな。塾は休業中のはずだが……」
「誰ですかあなたは? 私はここに息子を通わせている母です」
「ここに? 何を言ってるんだ。
私はここの塾講師。入院でしばらく休業中にしていたはず」
「……え?」
母親は振り返った。
そこには青ざめた顔のピグマリオン効果塾の講師が立っていた。
ヒゲ面のモノホン講師は首をかしげた。
「で。君は一体誰なんだい?」
講師は震えた声で答えた。
「ロールエクスペーション効果を知っていますか?」
「はい?」
「人間は役割を与えられるとその役割に沿うように
態度・行動をとってしまう心理効果です」
「つまり……?」
「私は心理に応えただけで、悪くないのです!!」
ニセ塾講師はお金を持って逃げていった。
ピグマリオン効果塾 ちびまるフォイ @firestorage
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