だいへんしん!
白之 絲
短編
「えー!みゆな、どしたんその髪!」
窓から降りそそぐ朝の光に気持ちよくうとうとしていたところ、教室の入り口で大声が上がり、ふっと意識が浮上した。
なにやら女子グループがきゃいきゃいと話し始めたようだ。朝から元気なこった、と思いつつ、漏れ聞こえた名前は聞きなれたものだったのでつい聞き耳を立ててしまう。
「なになに?イメチェン?彼ぴでもできた!?」
「やばー、みゆなに黒髪のイメージなさすぎる」
女子たちに囲まれた中心で、ロングストレートの黒髪を揺らして笑う彼女の姿がちらりと見えた。
「彼ぴじゃないし~!実はぁ……」
「実は……!?」
「ついにぃ……」
「めっちゃひっぱるじゃん、ユーチューバーか?」
彼女がにやにやしながら黒に染まった毛先を弄る。そして、ひときわ明るい笑顔を浮かべて、全力のドヤ顔で胸を張った。
「あたしにも推しができました~~~!推しとおそろにしたくて染めたの!」
そのセリフに、女子たちがわっと沸き上がった。
「お~!やっとみゆなも推しを推す気持ちがわかるようになったか……!」
「今までほんとそういうの全然だったもんねぇ」
「推しってだれだれ?教えて!」
そのままわいわいと彼女たちの話は進んでいく。推し文化というのは自分には縁がないなと、窓の外に視線を移す。視界からは外れても、黒髪のみゆなの姿は脳裏に焼き付いていた。周りは見慣れないと騒いでいるが、むしろ自分にとっては黒髪のほうが馴染み深いなとかつての記憶が思い起こされる。
みゆなと俺は幼稚園からの付き合いだ。
家が二軒となりというのもあって、家族ぐるみで今でも付き合いがある。とはいえ、お互いに高校生となった今は以前のように近い距離で接することはなく、ご近所の知り合い程度の仲……ということになっている。あくまで学校では、だが。
必然的に通学路がかぶっているからタイミングが合えば途中まで一緒に登校したりもするし、家族みんなでクリスマスパーティーなどのイベントごとをすることもある。そういったときは、今でも昔と変わらぬ幼馴染として付き合っている。
昔と明らかに違うのは、みゆなの見た目だろう。
彼女が小さい頃はショートかつ地毛のままの黒い髪だった。そんな姿で外を駆け回っていて、結ぶのが面倒くさいと言っていたような気がする。
それが小学生高学年になるにつれて、みゆなは髪を伸ばし始めた。つやっつやのキレイな髪にするんだ!と意気込んで、ヘアオイル等でケアしているという話をよく聞かされていた。俺にはそういった細かいことはわからないが。なんとなくそうしたくなった、とはかつての彼女の談。
順調に髪を伸ばしていた彼女は、中学の入学式の日に突然金髪にして登校してきたのだった。その日、家の前でみゆなに会った俺も一瞬誰だかわからなかったくらいだ。
特に校則もない学校だったため特段怒られたりはしていなかったが、金髪で入学式に出たものだからそれはもうとても目立っていた。
ブリーチで髪が傷むからもっと丁寧にケアしないと!と騒ぐ彼女とともにドラッグストアをはしごしてシャンプーやら何やら、ああでもないこうでもないと買い物に付き合わされたこともある。
もともとみゆなは社交的な性格であったが、金髪にしてからはより一層周りに人が増え、男女ともに交友関係が広くなっていった。対して俺は大人数とつるむのがあまり得意ではなかったため、たいていは少数の気心知れた友人たちと話していたので、学校という場では少しずつ距離が開いていったのだった。それは高校二年となった今でも変わらない。
そんなみゆなが突然黒髪にした。
周りは見慣れないだろうが、俺としてはなんだか懐かしい気持ちだった。学区の関係で中学以降はお互い以外の知り合いがいないので、みんな金髪にしてからの彼女しか知らないのだなと思うと改めて付き合いの長さを実感して何だかこそばゆい。それと同時に、自分だけが知っていた姿が広く知れ渡っていくようでほんの少しだけ寂しさを感じた。
俺とみゆなは幼馴染なだけでなにも特別じゃないのになあ。
もやもやとした気持ちを忘れようと机に伏せかけたところで、チャイムが鳴った。
視界の端で、つやつやとした黒髪が揺れるのがちらりと見えた。
◇ ◇ ◇
「おーーーい!トモキーーー!」
授業も終わり、帰宅部の俺はまっすぐに家路についていた。
突然大声で呼びかけられたものだからびっくりしつつ声の方向に振り返る。
「みゆな、うるさい……近所迷惑だろ」
「ごめんて!話したかったのにトモキが爆速で帰ってたから全力で走ってきたの~!」
ふうふう、と上がった息を軽く整えながら、みゆなは俺の隣に並んで歩きだした。
中学校に入りたての頃はまだ彼女のほうが背が高かったのだが、今となっては逆転したどころか十五センチほどの差ができていた。いつだったか、一気に成長しすぎだと脳天をバシバシ叩かれたこともあったな。
ずいぶんと低く見えるようになったみゆなの頭を見つつ、本当に頭の先から毛先まで真っ黒にしたんだと改めてまじまじと見てしまう。
「それで、どうよこの髪」
「どうって言われてもなあ、俺は見慣れてるし……懐かしさがすごい」
「まあトモキにとっちゃそうだよね、知ってた!んで、これ見てみて」
けらけらと笑いながら、みゆながスマホを差し出してくる。
その画面には、少女のイラストが表示されていた。
「……”マジふる”のユウ?」
「そーそー!懐かしくない!?」
きりっとした目に艶やかな長い黒髪、フリルやリボンがふんだんにあしらわれた白いコスチュームに身を包んだ"ユウ"。それは、俺が幼いころにハマっていた『マジック☆ふるこーす』という魔法少女モノの子供向けアニメに出てくるキャラクターだ。
作中には何人もの魔法少女が登場するが、中でもクールに見えて仲間思いで真面目なユウが好きだった。今でいう推し活というほどの熱量ではなくとも、幼稚園時代の俺にとってはお気に入りの作品だったと思う。両親も俺が好きならと変身アイテムのグッズを買い与えてくれたほどだ。
けれど、当時その話を幼稚園でしたところ、男の子なのに女の子のアニメ見てるのは変だとか色々と言われ、それからは外で一切マジふるの話はしなくなり、成長するにつれいつしか俺もそのことを記憶の片隅に追いやっていた。
……思えば、あの時みゆなは俺の好きなものを否定せずに、むしろ周りに対して怒ってくれていたな。トモキの好きなものをバカにするな!って憤慨していたっけ。
「最近ネット配信が始まってさー、そういえば昔トモキが見てたなと思って」
「へえ、結構経ってるのに今になって配信か」
「なんとなく見始めたらめっっっちゃおもしろくて!!一気見してもう寝不足なのなんのって!!」
ふんす!と興奮しながら話すみゆな。よほど気に入ったのか、すでに何周もしているのだと……いや、それ昔の俺よりよっぽどどっぷりハマってるな?
「それで黒染めしたってか」
「そう!強くてかっこいいユウちゃんが最推しで!おそろにしました!!」
「……まあ似合ってるしいいんじゃないか」
正直なところ、少しだけ彼女がうらやましいと思った。
当時とは年齢も時代も違うとはいえ、こうして堂々とキャラクター愛を主張できるみゆなが、かつての幼い俺の対局にいるようで。
あの時、俺は本当はユウが──マジふるが好きだと、もっと堂々と言いたかったんだ。
かわいらしいキャラクターたちも、きらきらした世界観も。たとえ女の子向けだと世間が認識していたとしても、俺にとっては大好きな作品だった。毎週日曜日の朝にはリビングのテレビ前を陣取って、放送を心待ちにしていたのだから。
配信しているというなら、いい機会だし久しぶりに見返すかな。図体がでかくなった今では昔以上に俺自身とは不釣り合いかもしれないが……。
「せっかくだからさ、この後ウチでマジふる見ない!?全部マイリスト入れてるからすぐ見れるよ」
「えっ、それはちょ……」
「いいじゃん!だってさ──」
「トモキ、マジふるが大好きでしょ?」
……ああ、そうだ。みゆなは正しい。
成長するにつれて少年漫画や青年漫画といったジャンルにも触れ、好きな作品だってあるけれど。今でも俺の好みの根底にはマジふるがある。ユウたち魔法少女がいる。
かわいいものはかわいいと思う。フリルやリボンがあしらわれたファッションにも、実のところ目を引かれる。なんとなく恥ずかしく思ってしまって、周りには悟られないように隠していたはずなのに。
「……みゆなはいつから分かってたんだよ」
「んー?へへ、昔っからだよ。だってトモキ、今でもマジふるの変身グッズ捨ててないじゃん」
……ちょっと待て。グッズは机の引き出しの奥にしまってあって……コイツは何でそれを知ってる!?
「おい待て待ていつそれを見たんだちょっとワケを聞かせろ」
「ふっ……教えてほしければ私とともにマジふるを一気見することだな!ふはは!」
「敵幹部みたいなセリフ言いやがって!」
したり顔のみゆなが黒髪を揺らして走り出す。その後ろ姿が少しだけ、ユウに重なってみえた。
まあ、ユウはこんなに騒がしくないけれど。
髪色が似ていようともユウはユウで、みゆなはみゆななのだ。 それでも、推しとおそろいにしたいがためにわざわざ髪まで染めた彼女が、なぜかとてもかわいらしく見えた。
「これからはさ、あたしと一緒に推し活しよーね!」
なんだかずいぶんと忙しくなりそうな気がするが、これはこれで悪くないのかもしれない。
みゆなを追って一歩踏み出そうとした時、ふと脳裏にユウの変身セリフがよぎった。
『──なりたい私、なりたいあなた!輝ききらめく夢のような"ふるこーす"に、だいへんしん!』
だいへんしん! 白之 絲 @shirono_ito
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