第4話 絶望の迷宮
「ほんとガキをだますのなんて、簡単だな。これで結構な金額で売れるんだから、楽な仕事だぜ」
キュールには人身売買なんて知識はなかったが、男の独り言で、自分がどうなってしまうか、想像出来た。その空想の光景に、彼女の表情はみるみる青ざめていく。誰か助けてくれないかと、身をよじり声を出すものの、縛られ、猿轡をされた彼女には、風船から空気が漏れたような、声にならない声を出して、暴れるしか出来なかった。
「おいガキ五月蠅いぞ、大人しくしないなら、ここで殺すぞ」
男のどすの効いた声に、背筋をぞっとさせたキュールは大人しくなってしまった。
馬車は道すがらを走り、町を西側から出て行った。
*
町を一通り探索し終えると、空が少し色が濃くなっていた宿屋の近くで、周りを見回すサーリスを見つける。
「サーリスさん、どうかしたんですか?」
「ライラちゃん、キュール見なかった?あの娘、買い出しに行ったきり帰って来てないのよ」
「キュールちゃんですか?見てないですね」
心配そうに言う二人に、二人の男の子が駆け寄ってきた。男の子たちは、額に大きな汗をかき、表情は焦りで満ち溢れていた。
「サーリスおばさん、大変だよ。キュールが攫われた」
サーリスは、宿屋で暗い表情を浮かべていた。周りはうわさを聞き付けた町人や、宿の宿泊客が心配そうにサーリスを見つめていた。
「そんな、なんでキュールなの」
悲痛なつぶやきが静かな空間にこだまする。
「まだ騎士は来ないのかよ」
「救援依頼を出してから、だいぶたつけど、まだ来てないなんてな」
周りの大人たちは、現状を悲観するしか出来なかった。
それもそのはずで、キュールをさらった馬車は、町の西側の道を行ったのだから、キュールは、馬車ごと魔物の巣に巻き込まれたのだろうと、サーリスを含め、周りの人間は、最悪の結末を思い描いていた。
「私行ってくる、まだ間に合うかもしれない」
立ち上がるサーリスを、周りの人が止める。制止をする周りにたいして、いてもたってもいられなくなったサーリスは、大丈夫と根拠のない言葉を言う。
「私が行ってきます」
ライラが名乗り出た。
「お嬢ちゃんが?」
その声は心配というよりも、無理だと決めつけた、ネガティブな声だった。
「大丈夫です、私は強いですから」
「確かに、一番今可能性があるとしたら、お嬢ちゃんが助けに行く事だな」
ライラの意見に賛同したのは、ライラをタウングス迄、馬車で送ってくれた行商人の男性だった。
「俺はこの目で見たんだ、お嬢ちゃんが、魔物をなぎ倒していくところを。そうやって俺は助けられたんだ、きっとお嬢ちゃんなら大丈夫さ」
男性の言葉に、サーリスは藁にもすがる思いで、ライラを見つめる。
「そんな目をしないでください、サーリスさん。大丈夫です、私がちゃんと助けてきますから」
その言葉に、サーリスは、「お願い」と言いながら、ライラの両手をぎゅっと握りしめた。
*
「なんだここ?」
キュールを攫った馬車は、気が付くと左右を壁に囲まれていた。高い高い壁がそそり立ち、その中を馬車は進んでいた。
「こんな道あんのかよ、聞いてないぞ」
「おいどうしたんだよ」
あからさまに変わった雰囲気を、感じ取り、中でキュールを見張っていた男が、馬車を操縦する男に声をかける。
「いや、来た道とは違う道で逃げてきたけどさ、なんか変な道が現れてさ、おかしいだろう」
その言葉に、馬車の中にいた男は、小さな窓のカーテンを小さく開けて、周りを見渡す。
「おいなんだよこれ、普通の道じゃないだろ」
いきなり現れた異質な壁に、動揺した声をあげる。
馬車は進み続けるも、何度も現れる突き当りに、男たちは焦燥感にかられ始める。
その時だった、まるで地面や壁を揺らすような、轟音が聞こえてきた。その音に馬がおびえてしまい、馬車が進まなくなってしまった。そしてその音の正体はすぐにやってきた。
「なんだ今のは」
男が中から外を確認しようとした瞬間、大きな衝撃が馬車を襲った。中にいた男とキュールは、その衝撃で馬車の外に追い出された。
「痛てぇ、なんだよ一体」
キュールは、周りを見回して、もしかしてここが噂の魔物なのではと気づいた。そして漂ってくる血の臭いは、二人を絶望させた。
「おいなんだよあれ、ここはほんとにどこなんだよ」
男は、さっきまで馬と人間だった肉塊を見つけると、腰が抜けてしまった。噂を知らなかったらしい男は、自分が置かれている状況を、全く理解できないでいた。
キュールは足は縛られていなかったため、逃げなきゃと、踵を返すと、必死に走り始めた。
逃げるキュールを男が止めようとするも、それは、振り下ろされた斧によって、止められた。
背後から聞こえる、ドロッとした切断音、地面と刃物がぶつかる音、そして何かを咀嚼する音に、今にも恐怖で動けなくなりそうな足を、必死に動かしてキュールは全力で走っていた。
しばらく走り続け、息苦しさを感じると、縛られている両手で猿轡を外す。
どれだけ走ったか分からないが、膝が震え力が入らず、座り込んだ。
「お母さん、会いたいよ」
少女の純粋な願いは、虚しく迷宮の中に消えて行った。
出口の分からない迷宮の中に一人、孤独で今にも泣き出しそうな自分を、ぐっとこらえて、生きて帰らなきゃと、周りを見回した。しかしどこを見ても暗い灰色の壁しかなく、出口につながるような情報は一つもなかった。
そして何より、魔物によって食い散らかされた、死体たちが、少女の絶望感をさらにあおっている。
頑張ってここから出る事だけを考える様に、自分に言い聞かせると、また立ち上がり、キュールは歩き出した。
どれだけ歩いたのか、縛られた両手首は、縄でこすれ跡が付き、靴はいつの間にか脱げてしまったのか、裸足で、冷たい床を進んでいた。
絶望的な状況で、キュールの心の中に浮かんでくるのは、サーリスに読んでもらった絵本だった。
勇者が困った人を助け、悪を倒し、英雄と呼ばれる物語。そんな物語が、キュールの今の唯一の支えになっていた。
その支えをかき消すような光景が現れた。目の前に大きな魔物が現れた。その魔物ミノタウロスが、両刃の斧を手に持ち、キュールに狙いを定めた。
「いや…来ないで」
恐怖や疲労で、搔き消えそうな小さな声しか出なかった。
ミノタウロスが駆け出し、突き刺す様な純粋な殺意をキュールに向ける。
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
悲鳴をあげながら、キュールは英雄を渇望した。
その時だった、ミノタウロスとは違う、轟音が響いた。その音の主は、ミノタウロスとキュールの間に割って入る様に、立ちふさがった。
「キュール見つけた」
「ライラおねえちゃん」
滅茶苦茶なことに、ライラは、キュールの悲鳴が聞こえると、壁を突き破って、彼女の前に現れたのだった。
「待っててね、今助けるから」
ライラはミノタウロスの方を向くと、気合を入れた表情で対峙する。
次の更新予定
2024年12月19日 09:00
女の子はファンタジー世界を拳で乗り切る 白井いと @siroito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。女の子はファンタジー世界を拳で乗り切るの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます