第3話 魔物の巣くう町
朝目を覚ますと、ライラはぐっと背中をそらせ、腕をピンと張って背伸びをした。心地の良い太陽の光が、窓を通して、暖かくライラを包んでいる心地の良い朝だった。
すぐに支度を済ませると、ライラは宿屋をゆったりと、歩いていた。
「あっ、お姉ちゃんおはよう」
「おはようキュール。私の事はライラって呼んでいいよ」
「分かった、ライラおねえちゃん」
キュールは、朝早くから、元気にライラに挨拶をしながら、はじけるような笑顔を向けていた。
「今日はどこかに行くの?」
「少し町を見て回ろうと思ってね、元々、色んな景色を見るために、始めた旅だから」
「そうなんだ、あっなら、グードさんのカフェがおすすめだよ。朝ごはんまだなら行ってみたら?」
「そう、なら今日はそこで朝ご飯にしよう」
目的地が決まると、ライラはキュールに「いってくるね」と言い、宿屋から出て、町に繰り出した。
キュールにお勧めされたカフェに到着した。名前はマクハスというカフェで、店内は落ち着いた雰囲気と、コーヒーの香りが漂う、安らぐ空間だった。
ライラは席に着くと、ホットサンドとミルクを注文した。
ジェントーと一緒に住んでいた頃、コーヒーを飲んだことがあったが、苦くて、飲めたものじゃないと苦悶の表情を浮かべてからは、コーヒーが苦手でまだ飲めなかった。
「はいどうぞ」
しばらくすると、注文の品が、テーブルに並べられた。ホットサンドからは、野菜やベーコン、そして程よく焼けたパンの香ばしい匂いが、鼻からお腹を刺激するように、ライラの食欲を誘う。
ライラは、その香りに誘われるまま、一口とかぶりつくと、ベーコンのジューシーさ、野菜のフレッシュで、さわやかな味が口に広がる。そして程よく焼けたパンは、噛めば噛むほど口の中に甘みをもたらし、かぶりつくのを止められなくなっていった。
お腹を満たすと、店主にお礼を言い、カフェを後にする。
街中は、すっかり活気づく時間になっていた。景気の良い声を出して、商売するものや、道の端で、仲良く談笑する女性たち、何を買おうかと、お店の前で悩んでいる若者など、賑やかな様子だった。
「昨日、魔物の話を聞いたから、てっきりもっと暗いかと思ってたな」
意外だと思いながらも、そうお言えば、自分が来るときは、何もなかったし、案外そんなものかと、自分の中で納得をする。
「きみ見ない顔だね?旅人かな?これ、タウングス名物の、鉄で出来たチャームなんてどうだい?」
ライラに明るく声をかけてきたのは、雑貨屋の男性だった。店内は生活に役立ちそうなものから、彩をよくするような雑貨まで、色々と取り揃えていた。
おすすめされたバッグチャームを手に持って見てみる、それは鈍色で、鉄らしい冷たさを感じる、細かい装飾が施されたものだった。
「これってなんですか?」
「この模様には、幸運をもたらす効果があるとされててね、君はこの町で見た事ないし、旅人でしょう?それなら、このチャームがいいんじゃないか?」
「幸運かあぁ、買います」
「はいよ、9ピースね。君のたびに幸運があることを祈ってるよ。旅人は、最近じゃ珍しいからね」
エネルギー溢れる店主が、優しくも、どこか寂しそうに言う。
「そう言えば、魔物がいて、人が来ないって聞きました。町は元気みたいですけど」
「そうだね、旅人や行商人は減ったさ、君はきっと東側の道から来たのだろう?東側は比較的安全だからね」
「東側はですか?」
「そうさ、ここを出る時も、東側から出るといいよ、君が言った魔物は、西側の道のどこかに巣を作ってるみたいだからね」
「その話を詳しく聞いてもいいですか?」
「その魔物について、どんな奴かは知らないよ、2か月前西側から出て行った人が、この街に戻ることがなくなったんだ。行方不明だと思って、何人かで探しに西の道路を中心に捜索しにいったんだが」
「その人たちも帰ってこなかった?」
「そう、そしてその日から西側から人が来ないことに気づいて、これは魔物が巣を作って、人を食ってるんだって、話になったんだよ。もちろん誰もそれを見に行けてないさ、行ったら帰ってこれないからね」
「それを恐れて、来る人が減ったんですか?東からくれば安全なのに?」
「そうだね、でも噂ってのは尾ひれがつくものさ。西側に魔物が巣を作ったから、タウングスの近くに魔物がいて、誰も帰ってこれないって感じにさ。今じゃここに来るのは、一部の行商人ぐらいだよ」
愁いを帯びた表情に、何も言えなくなってしまう。
ライラは「ありがとう」と店主に言うと、雑貨屋から出て、町を見回った。
鉄の町らしく、武具や調理器具、ナイフなど、様々なものが売られていた。しかしそれらを求める人の数がぐっと減ったのだろう、よく見るとうっすらと埃をかぶった武器もあった。
「本当に人が減ったんだな」
先程の店主の寂しそうな顔が浮かんで来る。
*
キュールはサーリスに言われて、軽い買い出しに出ていた。数は少なく、10分ほどで終えられるようなお使いだった。
「あとは牛乳だけね」
メモとにらめっこしながら、つぶやいていると、呻き声が聞こえてきた。
その方向を見ると、男性がうずくまっていた。キュールはその人が心配になり、近づくと「大丈夫ですか?」と声をかける。
「少し怪我をしてしまって」
苦しそうに答える男に、キュールの表情は心配一色になると、近づいていく。
「大丈夫ですか?お医者さん呼んで来ましょうか?」
キュールが触れそうになると。
「ありがとう、お嬢ちゃん」
男はいきなりキュールを抱え上げて、口を手で覆いながら、近くにスタンバイさせていた仲間の乗った馬車に、強引に乗せる。仲間はキュールを受け取ると、手を縛り付け、タオルで猿轡をする。
「おい、さっさとずらかるぞ」
男が乗り込むと、馬車は風を切る様に走り始める。
その馬車を見ていた二つの影があった。
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