第2話 タウングス

「着いたよ、ここが鉄と鍛冶の町タウングスさ」


 行商人の声を聴いた、ライラは馬車の荷台の中から、軽く身を乗り出すと、初めての光景に胸を期待で膨らませた。

 初めての町は、言われた通り、鉄の匂いに満ちていた。いたるところに鍛冶屋と武器屋が並んでいた。


「ありがとうおじさん」

 ライラは行商人に、お礼を言うと、手を振り別れの挨拶をした。


 町を見回りたい気持ちを抑えつつ、寝床を確保しなければと、宿屋を探していると、この街唯一の宿屋があると言われ、案内してもらう。


「すみません、誰かいますか?」

 初めてくる場所だからなのか、少し緊張気味に、問いかける。

「お客さんですか?いらっしゃいませ」

奥から、柔らかい雰囲気をまとった、宿屋の主らしき女性が出てきた。

「はい、とりあえず一晩泊まりたいんですけど」

「一晩ね、それなら13ピースだよ」

ライラは、荷物の中から、獣の皮で出来た財布を取り出すと、ピースと呼ばれるお金を言われた金額支払った。

「これ部屋の鍵ね」

そう言われ、渡された鍵には、紐で部屋番号の書かれた木札が、括り付けられていた。

「部屋は二階にあるからね。それにしてもあなた一人なの?」

「はい、私一人ですよ」

「そうなの?女の子の一人旅なんて大変じゃないの?」

「大丈夫ですよ、鍛えていますから」

そう言うとライラは、腕を曲げて力こぶを作ってアピールする様に、ポーズをした。


 ライラの身体つきは、帆筋骨隆々というほどではないが、引き締まった感じバランスの取れた身体をしていた。


 ライラのアピールに、宿屋の主はフッと笑い、「そうね」と返した。

「私はサーリスよ、もしこの町で分からないことがあったら、何でも聞いてね」

優しく声をかけるサーリスに、お礼を言うと、部屋を見るために、木札に書かれた番号の部屋に行った。

 鍵を回して、中に入ると、ベッドが一つと、箪笥の付いた机があるシンプルな部屋だった。


 しばらく馬車に揺られ寝ていた為、久しぶりのベッドに、気分が高まり、ぼふっと座り込むと、その勢いのまま、仰向けに寝そべる。


 しばらくベッドの上でリラックスしていると、誰かの気配を感じる。その気配に向けて誰か問いかけたところ、素直に小さな人影が出てきた。

 その人影は、ライラの腰くらいの背丈をした、可愛らしい女の子だった。

「君は?」

「あたしは、キュール、ここは、お母さんの宿屋なの。お姉ちゃんは旅してるんでしょ?一人で凄いね」

ライラがきょとんとしながら、聞くと少女は軽く自己紹介をした後に、目を輝かさせて言ってきた。

「そうだけど、まだまだ始めたばかりなんだ。長い道のりを、馬車に乗ってきたぐらいだよ」

照れながらも、大した話も出来ないと言うと。馬車に乗ったというワードが、女の子の琴線に触れたのだろう、より目を輝かせた、キュールは、ぐっとライラの方に近づいてきた。


 彼女の熱に煽られるように、ライラは、一週間程の旅の話をした。移動は馬車だったこと、夜は荷物に囲まれながら、寝た事。食事は家から持ってきたものや、狩りで手に入れた獣や魚を中心に食べていたこと。彼にとっては、家でしていたことが、ただ場所が変わっただけだったが、その話に、キュールは食い入る様に聞いていた。


「凄いねお姉ちゃん、動物捕まえちゃうなんて凄い!」

「キュールは冒険のお話が好きなの?」

「うん大好き!」

彼女は無邪気な笑顔で答えた。

「でもね、最近大変だからって、来る人が減ったんだ」

「大変って?」

「近くで魔物が巣を作ったんだって、それで人が近づくの怖がっちゃってるんだって」




 男は息を乱しながら、乱暴に両手足を動かして走っていた。

「はぁ…はぁ…何でこんなとこに…」

 男は灰色の壁に覆われた迷路を、必死に走り、あるか分からない出口を探していた。大粒の汗をが頬を伝い、床に滴り落ちていく。あんなものを見てしまったために、休憩する暇すら無く走り続ける。

 男は旅人だった。ただ鉄鉱石を手に入れたので、近くで売れる場所を探して、タウングスに向かう道中だった。

「何で…何で俺がこんな目に」

恐怖と焦り、そして後悔にさいなまれながら、休む暇もなく足を動かし続けている。

 タウングスに近づいて、行方不明になる人が最近増えたと噂に聞いた。その噂をくだらないと、一蹴し、自分がそうなるとは一切考えなかった男は、ここに来て後悔していた。


 しばらく走り、男はあまりの疲労に、床に力なく座っていた。

「ちくしょー…もっと…きつく止めろってんだよ…」

 怒りの矛先が、自分を止めきれなかった、噂付きの女に向けられ、壁に拳を叩きつける。

 空気の波を感じた、それは恐怖の主からの咆哮だった。地面や壁は揺れ、身体中を恐怖で撫でられる不安に、耐えられなくなった男は、全く休まっていない身体を、無理やり起こすと、そのまま全速力で走り出した。

 しかし、疲れ切った身体は、思うように動かず、歩くよりも少し早い程度しか、速度が出なかった。


 そして、角を曲がった瞬間、それは現れた。目の前を覆うほどの、黒い身体は、みているだけで、熱そうな筋肉質で大柄な体格をしていた。そして、頭にはカーブした太く頑丈な角が2本生えており、顔は牛のようだったが、赤黒い目は、まるで血のような色だった。

 ミノタウロス。ここはそいつの巣だった。人間を引き込み狩りをするための巣。

 男は、踵を返し逃げようとするも、もう遅かった。力任せに振られた両刃の斧は、男の身体を二つに切り裂いた。さっきまで生きていたそれを、ミノタウロスは掴むと、むしゃりと食べ始めた。


            *


「ありがとう、楽しかったよ。またお話ししてねお姉ちゃん」

 キュールはライラの話に満足すると、大きく手を振って、部屋から退室した。

「魔物か、気を付けないとな」

キュールから聞いた噂話が、ただの噂だといいなと思いながらも、一抹の不安を感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る