第四話『覚醒のM14』

 未知との遭遇の翌日。


 鷲田クリニックに隣接する大邸宅ていたくで、鷲田克己わしだかつみは、親友の江村えむら一四郎いしろうに、イッポン足の生物による襲撃事件の詳細と、すね毛による四次元空間俯瞰の可能性について話した。


「で、Mえむっちゃん、このイッポン足エイリアンの提案、というか予言、どう思う?」

 鷲田克己わしだかつみは王の玉座のような椅子に、ただそれを、いつもの会話の話のタネとして、何気なしに話す。


 江村えむら一四郎いしろうも、同じく大層な玉座じみた椅子にだらしなく座り話を聞くのだが……

「ほぉ、おもろいな…………。待ってくれ、それや! M1エムイチに使えるやんけ!」

 と、ここ一番のピンとした背筋の伸びで、勢いよく立ち上がって、そう叫んだ。

 その立ち姿は、現役時代の彼を思い出させるほどの若々しさ。


「ど、どういうこと?」

M1エムイチの審査員の採点、トップバッター不利問題、あるやろ? ほんまにそんな超人が作れたら、あれ、解決できるやろ!」

「あーっ! なるほどぉ! 出場者を全員、同時に審査できるっ!」

「そういうことや。審査員全員に、コキにぃの手術を施す。会場の観客とテレビの視聴者には、これまで通り生放送で、トップバッターから順にモノマネが披露される模様を見てもらう。審査員は形式上、同じように見てるんやけど、ファイナリストたちに対して、十組全てのパフォーマンスが終わるまで、点数は出さない。まぁ、手術を受けた審査員は、言ってしまえば審査員席に座った時点で、結果を知ってもうてるんやけどな」

「ちなみに、そのよくわからない手術を受けてくれる物好きな審査員が、どこにいるのかっていう問題があるけど……」

「ここにいるやろ! ほら! ほら!」


 江村えむら一四郎いしろうは、座ったままの鷲田克己わしだかつみに向かって、いかにも腰に負担のかかりそうな前傾姿勢で顔を寄せ、シワシワの指で己を指差す。


「おーっ! おーっ! Mえむっちゃん、ついに復帰か……」

「当たり前や! ワシが原堂はらどう楠雄くすおが座っとった席を奪い返したんねん! じゃあ今すぐにでも、そのイッポン足エイリアンのすね毛、ワシの脳みそにぶち込んでくれ!」

「よし、了解! いざ、緊急オペ!」



——即時、四次元時空間を俯瞰するための脳外科手術が、イキイキとする江村えむら一四郎いしろうに、施された。


 


 ***




 手術は、完璧に近い形で成功した。

 二人は再び、鷲田克己わしだかつみの邸宅で、談笑だんしょうする。


「なんやろ、脳みそがウズウズしとるわ、というか、俄然がぜんやる気湧いてきたわ! 勢いで手術してもうたけど、テレビ局はすぐにワシを迎え入れてくれるやろうか? なぁ、どうやろ?」

 江村えむら一四郎いしろうは、明るく元気モリモリである。


「そりゃあもう、番組の製作陣も、芸能人たちも、お茶の間も、みーんなMえむっちゃんのこと待ってるって!」

 鷲田克己わしだかつみは、個人的な予想を伝える。


「そうか? あ、てか、そんなんコキにぃに聞かんでも、ワシに新たに備わった能力で、確認できるやんけ!」

「確かに。じゃあ、早速、未来を俯瞰、してもろて」


 江村えむら一四郎いしろうは、あの時のイッポン足エイリアンの大目玉のごとく目をカッと見開き、顔じゅうの筋肉を緊張させ、バランスよく、片足立ちして見せる。


「…………見えるぞぉ! 見えるぞぉ!」

 江村えむら一四郎いしろうの口元に、ニヤけがほころぶ。

 

Mえむっちゃん! 未来はどんな感じ?」

「…………ん?」

Mえむっちゃん、どうした?」

「おい、待、て、よ……ワシ、芸能界に復帰してM1エムイチの審査員やるんはええけど……来年のM1エムイチの結果も、再来年のM1エムイチの結果も、その次の年のエムイch……ん? わからへん。え? 三年先から、わからへん、なんでや??」

「ちょっとー、毎年楽しみにしてるから、ネタバレは厳禁! でもそれ、どういうことか、な? イッポン足エイリアンは、俯瞰の能力に期間の縛りがあるとかは、言っていなかったような……」

「待てぇ……待てぇ……待ってくれよ!?!? M1エムイチの結果だけやなくて、それ以外の未来全部が……見えへん!」


 そこで、江村えむら一四郎いしろうは、何かを諦めたかのように、片足たちをやめ、威勢を失い、背をぐりんと曲げる。


「……Mえむっちゃん? どうした?」

「ワシ、やっぱり、復帰やめるわ……」

「えっ!? せっかく現役さながらの天才的な妙案に辿り着いたのに? なんで? なんでや! Mえむっちゃん!」

「未来が見えへんっていうのは……寿命や。寿命が来るってことや。芸能人生って意味でなく、生物としての寿命や。人は結局、遅かれ早かれ、色んな意味で、消えるんや……」

「えっ、Mえむっちゃん……」

「せやから、芸能界にしがみつくんはやめて、もっとプライベートを大事にして、残り二年、過ごすのが良さそうや。あー、なんか色々悟ってきたわぁ。ワシがずっと生意気や思うとった若造が、『江村えむら一四郎いしろうへの提言』とか言っとったけど、あれは、その通りや。目、めさせてもろたわ。もうワシの時代は十分や。次の世代に道を開けなあかんわ。引退してからはずっと、テレビに釘付けになって、芸人の出とる番組、モノマネ番組ばっかり見とった。伝説レジェンド枠として、ワシの名前があがったり、昔のVブイが流れたりしたら……おごりなんかなぁ、快感やった。今はもうせんが、若い頃の獣みたいなセックスよりも、どんな射精よりも快感やったわ。あ、獣みたいなセックスとかよく言うけど、あれ、実は人間以外の動物の方が、オスが早漏でイくから、むしろ激しいセックスは動物的とか獣的って言うよりかは人間的、なんよな……」

「そ、そっか。Mえむっちゃんは、Mえむっちゃんの好きなように……いや、江村えむら一四郎いしろうの好きなように、生きたらいいと思うよ? 伝説のモノマネ芸人としてのMえむっちゃんは、ファンの記憶の中で、生き続けると思うし……」

「せやなぁ、そうかもなぁ。ええこと言ってくれるやんけ、コキにぃ。あ、そや」

「ん、どうした?」

「ワシ、顔、整形してもらおかな。いや、もはや全身肉体改造、とか! 別人や! 最後は真っ新な自分で生きたいかもやわ!」

「なるほど……じゃあ、もう一回、行っとく? 鷲田クリニック」

「イエス! 鷲田クリニック!」


 

 江村えむら一四郎いしろうは、表舞台から消えようと、皆の記憶の中で生き続ける。

 それに、姿を変えた彼が、あなたの近くにいるかもしれない。

 いや、彼は再び、選択を変えるかもしれない。


 彼の未来は、四次元空間の俯瞰的認知が可能な、彼自身と、イッポン足エイリアンのみぞしる……


   〈完〉

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覚醒のM1-四次元時空間俯瞰的審査- 加賀倉 創作【書く精】 @sousakukagakura

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