第三話『IPPON足エイリアン』

 肌寒い朝。


「ヘーックションッ!!」


 M14ライフルを構える鷲田克己わしだかつみは、ブルブル震えて、鼻水を垂らしながら、大くしゃみである。


 鷲田クリニックの総員は、謎の生物騒動のせいで疲弊。今や、止まらない寒気、震え、クシャミとの戦いとなっている。


 というのも……


 ようやく、謎の生物が躍動やくどうを止めたのだ。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ……貴様、今まで動きが速すぎてわからなかったが……ゼェ、ゼェ……そんな見た目をしていたのか」 


 鷲田克己わしだかつみの目の前には、一本イッポンのオッサンの足、ではなく……


 まるで、すね毛の多い人間の片足が、太腿ふとももの付け根から指先まで完全再現されたかのようなものが、突っ立っている。唯一、人間の足と異なるのは、その上部、足先とは反対側の先端に、大目玉が一つ、隆起りゅうきしている点である。まぶたはないので、まばたきなしにずっと不気味に、鷲田克己わしだかつみを見つめている。


「ああ、シンプルなビジュアルだろう? 自慢のイッポン足モノポッドだ」

 

 イッポン足の生物は、意外にも、普通に日本語で会話している。


「うるさい! 観念しろ!」


 \バンッ!/ 

\コキッ/

   \バンッ!/ 

      \コキッ/

\バンッ!/ 

   \コキッ/

  \バンッ!/ 

    \コキッ/



 鷲田克己わしだかつみは、M14ライフルをバンバン撃っては、コキコキとコッキングしているのだが……


 \ヒュッ!/


   \ヒュッ!/


\ヒュッ!/


  \ヒュッ!/


 イッポン足の生物は、まるで全てを予知しているかのように、弾をかわしてしまう。

 

「敵意はない。ワレは人類に武器を授けにきたのだ」


 イッポン足の生物は、意味不明な申し出をする。


「武器ぃ? 何のための武器だ? 武器なら、ここに立派なM14ライフルがあるが? 未来は見えても目は見えないってか? ほらよっ!」


\バンッ!/ 

 不意打ち。


\ヒュッ!/

 回避。


「それよりもずっと強力な武器だ」

「何? 爆弾でも寄越すって言うのか?」

「いいや……」


 するとイッポン足の生物は、氷上のスケート選手のように、イッポン足爪先立ちで、くるくると自転し始め……


 おびただしい量のすね毛をき散らす!


「おいっ! なんだよ気持ち悪い!」

「気持ち悪くなど、ない。それを使えば、現在過去未来、全てを俯瞰ふかんして認知できるようになるのだからな。我に、時の流れなどと言うものは、関係ないのでね」

「はぁ!?!? なんだ? おちょくった挙句、今度は詐欺か? タイムマシンを売りつけてきやがった!」

「タイムマシンとは、ちょっと違う……」

「違うって、何が?」

「我は、あなたたちの住む四次元空間の世界よりも、高次元の世界に住んでいる。時間というのは、この四次元空間の構成要素のうちの一つだが、我はもっと高位の次元の存在だから、あなたが一枚のA4用紙の縦の一辺を瞬時に捉えられるのと同じような感覚で、時間という一つの軸を、言い換えれば過去現在未来の一直線を、一度に認知できるというわけだ」

「ほぉ、なるほど……そう言えば、そんな話が出てくるSF映画があったような……」

「『メッセージ』だな。監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。劇中、地球に飛来する宇宙船の愛称は、だ」

「ああ、それだ! まぁ、映画に出てきた宇宙人は七本足ヘプタポッドだったが。だがこれは、詐欺じゃない気がしてきたぞ……」

「ちなみに我があなたの銃撃を全てかわせるのは、未来を知っているからだ。今度は過去を見てやろうか? あなたのM14ライフルを持つその腕、そして白衣が張り付いて浮かび上がった胸筋、腹筋、背筋。一見ムキムキだが、それらは整形手術によって得たものだな? 二〇〇八年という年代に、あなたはダビデ像とかいうムキムキマッチョマン彫刻をモチーフにして、筋肉増強手術を行なった。ここ、鷲田クリニックの最先端設備を駆使して! それにあなたは、他にも顔面の整形手術など、様々におのが肉体に手を加えている」

「全部……正解だ。本当に、未来だけでなく、過去までも!?」

「そうだとも。わかってもらえて、よかったよ」

「でも、使うって、どう?」

「我の毛の細胞を、脳に組込むといい。そうすれば過去現在未来を俯瞰的に認知可能な超人の完成だ。あなたの外科手術の腕は、確かなはず、技術的には可能だろう?」

「まぁ、なんとか、できそうではある。で、超人を作るのはいいとして、何のためにするんだ? 俺に、人類にメリットはあるのか?」

「ああ、あるとも。目的は、近いうちに見出みいだせる。あなたもよく知るある人物が、とあるひらめきをするからな」

「ある人物? とある閃き?」

「そうだ。そして予言しよう。これはその人物と閃きを示唆しさする大ヒントでもある。我のさずけた武器を使えば、来年の"M1グランプリ"は、間違いなしだ!」

「わ、わかった。よくわからないが、とにかく、時間を俯瞰する超人を、作ってみることにしよう!」

「その意気だ。まぁ、そう言うとわかってはいたが……」


 鷲田克己わしだかつみは、M14ライフルを水溜りまみれの地面に置き、代わりに、イッポン足の生物から飛び散った大量のすね毛のようなものを、夢中になって拾い始めた。彼が再び顔を上げた時には、イッポン足の生物は、どこかへ消えていた。

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