第二話『M1』

——M1エムイチグランプリ。



 それは、ノマネ芸人ナンバーを決める大会。


 今、の目の前にあるテレビで、その記念すべき第二〇回大会が、絶賛生中継中、クライマックスに差し掛かっている。


 とある男というのは……



——江村えむら一四郎いしろう



 彼は、一世を風靡ふうびした伝説のモノマネ芸人であり、今や高齢による体力低下、声質の変化で、動きや声を真似ることが困難となり、つい最近、芸能界を引退した。


 画面上には、いかめしい表情をして審査員席に堂々と座る審査員たちが、映し出されている。去年の今頃は、そこに江村えむら一四郎いしろうの席もあった。


 だが今、彼が座って、いや、寝転がっているのは、自宅のソファベッド。



——番組が、佳境かきょうを迎える。



 例年進行役を務める女優、下戸しもど愛紗あいさがマイクを握る。


 〈気になる優勝者の発表は…………〉

 毎年恒例、お決まりの文言。

 〈今年も……〉

 次に来るオチはわかりきっている。

 〈CMの後です!〉

 出演者一同ズッコケ、CMへ。

 


——画面上には、番組スポンサー企業のCMが流れ始める。



「うーん、なんだかなぁ……」


 江村えむら一四郎いしろうは、右手枕で左足の膝を立てて釈迦涅槃しゃかねはんのポーズをとると、M1エムイチ会場の審査員以上のけわしい表情で、伸びっぱなしの銀髭ぎんひげを、ジョリジョリと手でもてあそぶ。


 それもそのはず、実は今大会では、前代未聞の現象が起こったのだ。


 ファイナリスト十組による決勝では、トップバッターの"クリス・ホワイト"が、審査員七人全会一致の99点、合計得点693点で素晴らしい滑り出しを切った。その時審査員の一人、原堂はらどう楠雄くすおは、以下のようにコメントした。


【個人的には百点満点をあげたいが、後ろにまだ九組も控えているので、99が限界だ】


 ここまでは、まだいい。問題は、最後に披露した十組目"時空アンジョリーナ"の審査時に起きた。なんと、全会一致の……100点、満点。合計得点700点。そして審査員原堂はらどう楠雄くすおのコメントは、こうだった。


【"時空アンジェリーナ"は"クリス・ホワイト"と同じく満点にふさわしいモノマネだった。だから100点をつけた】


 もちろん、そのコメントのあと、司会の古川ふるかわ麻子あさこから、「あれ、原堂師匠、"クリス・ホワイト"は、"時空アンジェリーナ"と『同じ』なのに、99点なんですね?」と指摘があった。


 これは、原堂はらどう楠雄くすおのミスと言ってしまえばそれまでなのだが、「満点をつけたいのに一番手だから99点に抑えるしかない」というある種の縛りが生じ、その縛りが少なくない影響をもって審査ミスを誘発したのは紛れもない事実であり、ひいては、十組をという審査システムの欠陥けっかん露呈ろていを意味する。


 とはいえ幸い、大会の進行に支障はなかった。というのも、今大会は多段階方式、決勝の上位三組が最終決戦ファイナル・ステージへと進み、もう一度好きなモノマネネタを披露して、今度は各審査員が三組の中から一組に投票をして、得票数の多い組が優勝となるシステムを採用しており、"クリス・ホワイト"と"時空アンジョリーナ"は無事、決勝二位と一位で最終決戦ファイナル・ステージに進むことができたからである。



——テレビの画面上では、相変わらずCMが流れ続けている。



〈幹細胞治療なら〜?〉

\ワ・シ・ダ! クーリニック!/

 やけに耳に残る音。


「にしても原堂はらどう楠雄くすおのヤロウ、ワシの席についておきながら、大失態を犯しよって。けしからんのう。ゴニョゴニョ……」


 江村えむら一四郎いしろうは、仰向あおむけの姿勢、天井を見上げながら、ゴニョゴニョと文句を垂れる。


「ゴニョゴニョ……そもそもやで? M1エムイチ審査員をやるにあたって全ての可能性を加味するんやったら、一番手トップバッターには最高でも91点までしかつけられへんはずや。91点が、一番手トップバッターの満点や。おかしな話やけど、後ろに九組残ってるんやからしゃあない。二番手からトリの組が一番手トップバッターを上回るモノマネやとしたらば、プラス、各組に点差をつけるべきようなレベルの異なるパフォーマンスやとしたらば、少なくとも9点の幅で余裕を持たせとかなあかんやん? せやから俺は去年までずっと審査員してきて、一番手トップバッターには91点以下しかつけてへんねん。まわりは多分、そんなん意識してないやろけどなっ! ゴニョゴニョ……まぁでも、一番手トップバッターが不利なんは、間違いないやろなぁ。場も暖まってないし、審査員の頭もボケーっとしとるかもしらん」


 

——テレビ画面は、いつの間にか、紙吹雪でいっぱいになっている。



 江村えむら一四郎いしろうは、思い出したかのように、テレビの画面に目をやる。


 優勝 クリス・ホワイト のテロップ。


「あ、もう結果出てたん。勝ったん、クリス・ホワイトか。でも俺も、あいつらのモノマネやったら一番手トップバッターでも99点、いや100点つけたいくらいやなぁ……」


 彼は、自身が"M1審査論"に熱を上げるあまり、感動のの瞬間を見逃したことに気づいた。

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