第2話 蒼弥
「美波、次移動教室だよ。行こ」
「うん、ちょっと待ってて」
ぱっちりとした目に縁取る長い睫毛、つんと筋の通った鼻、自然にピンク色の唇。
あたしの友だちはすごく美人だ。本人には言ってないけど、入学式のときから美波は美人で目立ってた。あの時からずっと友だちになりたくて、高二のクラス替えで同じクラスになれた時は神様に感謝した。すぐに話しかけて、今は一番仲のいい友だちというポジションに収まっている。
「お待たせ、
窓から吹き込んだ風で美波の長い黒髪が揺れる。
「今日はなんだか涼しいね」
美波は細くて白い指先で顔にかかった髪を耳にかけて、はにかんだ。一連の動作が目を引いて思わずじっと見てしまう。
「そうだね」
小さな声で呟いて、少しうつむいて顔を隠すようにサイドの髪を垂らした。
美波は廊下を歩くだけでみんなの視線を集める。
一緒にいるあたしを見る人なんていない。気にする必要なんてないのに、ブスだと言われたくなくて顔を隠す。あたしは美波の引き立て役になっている。それでも、美波の友だちをやめるつもりはない。
「予鈴なっちゃった。急がないと」
美波がスカートの裾を翻しながら走り出した。
窓から差し込む四角の日だまりの中、急に止まって振り向いた。
「優香、早く」
あたしの理想で憧れの美波。
「うん」
美波みたいになりたかった。
◾︎◾︎◾︎
「お弁当不味いでしょ」
あれから三ヶ月経って、六月、初夏。
吉川さんからひとくち貰ったお弁当は、お世辞にも美味しいとは思えないものだった。
「いや……美味しいよ」
「あはは、顔に出てる」
吉川さんが笑って人差し指で僕の頬を押した。
「ママは料理下手なのに、朝起きてお弁当作ってくれるの」
空になったお弁当箱を包み直して、大きく伸びをした。
「うちね、シングルマザーなの。パパは不倫旅行中に死んで、ママは心を病んでずっと家の中」
「そうだったんだ……大変だね」
「そうでもないよ。ママのこと大好きだから」
吉川さんがついに自分のことを話してくれた。心を許してくれたのかもしれない。内容と相対して不謹慎だけど、嬉しくなってつい口角が上がる。
「ママはね、私がいないと生きていけないの」
「え?」
「ふふっ、だから好き」
穏やかな笑みでそんなことをつぶやく彼女が、少しだけ不気味に見えた。
「ねえ、蒼弥のお弁当一つちょうだい?」
いつもの雰囲気に戻った吉川さんが僕に近づいた。
「ああ……うん、どうぞ」
「どれにしよう」
逡巡した末に卵焼きを選んだ吉川さんは、卵焼きを食べると目を丸くした。
「蒼弥のお弁当美味しいね」
「そうかな」
「うん、お母さんが料理上手いんだよ」
爽やかな風が吹き込んで、散らされた彼女の髪が、僕の頬に触れた。長い睫毛が際立つ横顔を眺める。
三角座りした吉川さんのポケットから、屋上の鍵が滑り落ちた。
「そういえば、鍵ってどうしたの?」
「……これね、職員室で鍵番号を盗み見て注文したんだよ」
「鍵番号……」
「蒼弥も作ったら? 番号教えてあげる」
吉川さんはさらっとメモに写して僕に渡してくれた。
「ありがとう……実は吉川さんに報告したいことがあって」
受け取った紙に少し力が入る。
「蒼弥、また吉川さんって言ってる。美波って呼んでよ」
「ああ……うん、美波さん」
「なに?」
「その、クラスで友だちできたんだ」
「ええ! 本当? よかったね」
彼女は心底嬉しそうに、頬を緩めて微笑んだ。
美波さんには、どうやったら友だちができるかよく相談に乗ってもらっていた。
「誰なの?」
「佐々木陸くんって言うんだけど、かっこよくて友だちも多い、クラスの人気者で……」
視線を吉川さんに移す。嬉しくてつい話しすぎた。知らない人のことなんて話しても、ちっとも面白くないだろう。
心の中で慌てていると、「合ってたでしょ? 胸張って、顔上げてにこにこしてたら友だちなんてすぐできるって」美波さんが無邪気に笑みを向けて、僕の目を覗き込んだ。
「よかったね、蒼弥!」
胸を鷲掴みされたような衝撃が走る。夏の陽射しで彼女の周りがぼんやりと白く光って見えた。
「君のおかげだ」
「あはは、そうだったらいいな」
君の好きな食べ物や好きな香り、どんな男がタイプで、どんな人を好きになったのか。美波さんの全てが、今、猛烈に知りたかった。
君の手のひらで踊る 湊 @eri_han
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