すりー・わん
佐藤さんが持ってきた本、あれは僕が書いた唯一のヒット作だ。その後の作品は泣かず飛ばすで、一発屋の名前を恣にした一作とも言う。
と言うことであまり良い思い出はない。いや、執筆していた時は宿題を机の端に放って徹夜で書き上げたんだっけ。それくらい楽しくて仕方がなかったのだが、まあ、それは今は置いておいて良い。
星の数ほどある本の中でその一冊を持ってこられ、僕は内心ヒヤリとした。本人だとバレたか!? と。
まあ、佐藤さんの言動を見るにそれはあり得ないだろう、と結論を出した。
だからこそ本名でありペンネームである『小手 咲羅』を前足で指したのだが。どうやらその思惑は当たっているようだ。
同名なんて奇跡だなぁ、だなんて佐藤さんが呟いたの、丸聞こえだからね! 何たって僕は今、犬ですから! 聴覚は鋭いんですよ!
……ゴホン、閑話休題。
女の子っぽいこのコンプレックス満載な名前から『咲』の字を取られ、より一層女の子っぽく聞こえるようになった。
一応僕は男なんだけどな、だなんてシュンとして見せたけど、佐藤さんには察してもらえなかった。可愛くて似合っているとは言われたが。男に可愛いは無いだろう。
とまあ、名前に関しては追々議論するとして。暫くの間は佐藤さん家のサキちゃんとして暮らしていくことになったわけなのだが。
はて、佐藤さんを癒すとは具代的には何をしたら良いのだろうか? その疑問がまず湧き上がって来た。何せそれをしないと僕がここにいられなくなってしまうのだ。
今まで前々世、前世は人間として生きてきたが、犬に癒される場面に出会したことが無かったもので、そもそも犬に対しての知識すら碌に無い。癒される、とはこれいかに。
まあ、それは後で学習すれば良いだろうと少し楽観的に考え──そうでもしないと義務感に押しつぶされそうだった──、朝ご飯にしようと提案してくれた佐藤さんの後をついて行ってみることにした。
キッチンの出入り口から中を覗くと、そこはなかなかに広いように見え──確かアイランドキッチンとか言うやつだ。昔テレビで見たような気がする──、使用していながらも綺麗に整頓や掃除諸々されているようだった。
佐藤さん、料理出来るのか。確かに手際がいいのが素人目で見ても分かる。さすがだ。だなんて賛辞を頭の中で並べ立てながら、自分の料理下手なエピソードを思い出してはガックリ項垂れた。
……聞きたい? まずは簡単に、レンジに卵を入れてゆで卵を作ろうとした話からする? レンジの中で卵が爆発したんだけど。
それかホットケーキを作ろうと思って炭を錬成した話? ジャリジャリして焦げ臭い味がして最悪だった。
それとも野菜炒めを作ったら炭と生肉が混在する出来になり、食べたらお腹を壊した話? ちなみにそれにはまだ続きがあって、味付けをどこかで間違えたらしく味覚的にもこの世のものとは思えない程クソ不味いものになった、というね。
……やっぱりやめよう。これ以上思い出すと僕自身への精神的ダメージが大きい。自己嫌悪、という名の。
──楓真side
昨夜のサキちゃんの衰弱ぶりを思い出し、食事は消化の良いものにした。元々人間らしいということでドッグフードを与えるわけにもいかないと思い当たり、自作で。
動物を飼った時に慌てないようにと料理を覚えておいて良かったと内心安堵したのは余談だ。
それを浅い皿によそい、サキちゃんの目の前に置く。するとサキちゃんはフンガフンガとそれの匂いを嗅ぎ、その後食べて良いの?と言わんばかりに首を傾げる。可愛い。
「食べて良いんだぞ。」
そう言って頭を撫でてやるとサキちゃんは嬉しそうに顔を緩め、尻尾を振り、キャンと一つ鳴いた。
毎秒毎秒可愛いを更新していくサキちゃん。その姿に俺の心臓がギュンと悲鳴を上げる。はあ、可愛い。
ハグハグと俺作のご飯を美味しそうに食べるサキちゃんを眺めながら、俺はこれからのことを考えていた。
まずは必要なものの購入。これが大事だろう。だがどこまで人間用、犬用と線引きするか。そこが難しいところだ。
それにもっと考えなければならないのは、それらを病み上がりのサキちゃんを連れて今日買いに行くかどうか、だな。
勿論家に一匹残して行くという選択肢はハナからない。昨日の今日だし、何が起きるか分からないからな。
だから一緒に連れて行くか、そもそも今日は出掛けないか。まあ、それはこの後の様子を見てからにしよう。うむ、それがいい。
今日の大雑把な予定を決めたところで、ちょうどサキちゃんがご飯を食べ終えたようだった。
ペロ、と口周りを舐めているサマを見てまた胸がギュンと音を立てる。ここ二日で今までにない程過度に動き続ける己の心臓を幾分か心配しながらも、脳内のサキちゃんメモリアルに今の仕草を保存する。永久保存版だな、これは。
「わぅおぅおぅん!」
ご馳走様でした! と言わんばかりに鳴き、頭をペコリと下げる。ここは人間らしさが表に出ていてそれもそれで可愛い。
……早くも親バカ炸裂している自分に内心苦笑いしながら、しかしサキちゃんが可愛いから仕方ないよな、と開き直ることにした。
「さて、サキちゃんは今日、何かしたいこととかあるか?」
「クゥーン……ウォン!」
サキちゃんは一度考え込み、フルと首を横に振った。そうか、特にないか。じゃあ俺が決めても良いな、とサキちゃんを抱きかかえてソファーに移動した。
そこに座り、膝の上に乗せたサキちゃんを撫でまくる。その際、よくよく体調を観察することも忘れずに。
「ああ、後でブラシも買わなければな。この毛並みはもっと良くしてあげたい。」
少しパサついている気がする毛並みを綺麗に整えてあげたら、どれほど触り心地が良いだろう。食事ももっと気にかけて、シャンプーやトリートメントも念入りに、あとブラッシングも……
ああ、やることがたくさんで幸せだ。
次の更新予定
ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る 君影 ルナ @kimikage-runa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ポメラニアンになった僕は初めて愛を知るの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます