ボランティアサンタ

秋犬

ボランティアサンタ

 12月24日。

 俺がこの世で最も忌むべき日だ。


「全員整列!」


 うっすらと赤い地平線を背景に、俺たちは軍隊よろしく整列する。制服は赤い帽子に赤い服、それに白いマフラー。自前の髭がある人はマフラーが免除される。


「欧州班リーダー! 今年の目標を言え!」

「今年の目標は『着実冷静ご安全に』!」


 意識が高そうな瓶底メガネの欧州班リーダーが吠える。


「アメリカ班リーダー! 昨年とのミッションの大きな違いを述べろ!」

「今年からゲームのダウンロード事業も開始、出発前にもう一度マニュアルを確認せよ、とのことです!」


 コーラばっかり飲んでそうなデブのリーダーが叫ぶ。


「今年は南半球班リーダーが出発の号令を担当する、前へ!」


 やってきた南半球班リーダーはマフラーをしていなかった。何なら彼らは赤い服の下はアロハシャツだ。真夏の南半球ではマフラーなんていらないらしい。


「それでは今年も無事、プレゼントを配り終えましょう。ご安全に!」

「ご安全に!!」


 一同で唱和して、出発集会が終わった。ここから各々、いわゆるサンタクロースが各家庭にプレゼントを届けることになっている。


「全く、欧州だのアメリカだのはいつも張り切ってるのう」

「奴らの文化を手伝うのも一苦労だっていうのに」


 そうぼやいているのは極東班の七福神たちと、アフリカ班のオニャンコポンだ。まったくだ、彼らからすれば「サンタクロース」だの「クリスマス」だのは全く関係ない。しかし「ここまでクリスマスの文化が浸透してしまったので、全世界の神や妖精たちでサンタクロースをやりませんか?」というアホな呼びかけをした奴らのせいでこういった謎の「ボランティアサンタ」が行われることになってしまった。今年で25回目。世界滅亡が回避された記念らしい。


「おい、カボチャのジャック。お前極東に回れ」


 いきなり俺の担当のロシア班リーダーのジャック・フロストに指名されてしまった。


「ええ、でもぉ、ボク数が足りないからロシア班って……」

「ロシアは広いんだ。お前は極東ロシア。いいな?」


 よくない。誰が好き好んであんな寒いところに行かなきゃいけないんだ。大体俺はカボチャの悪魔だぞ? そんな寒いところに行ったら冷凍カボチャになっちまう。


「はい、わかりました」


 リーダーのジャック・フロストには逆らえない。おんなじジャックだってのに、クリスマスときたらあいつらのほうが権力が上なんだ。ハロウィンで同じことをやってみろ、お前ら全員プディングにしてやるからな。


***


 そういうわけで、俺はよく訓練されたトナカイと一緒にサハ共和国へ向かっている。俺としては、もっと寒さに強い人が適任だと思うんだけどな。例えばイエティさんとか、雪女さんとか。いくらサンタ印の赤いコートを着ていたからって、寒いものは寒い。


 大体、イエス・キリストの誕生日だか知らないが俺は万霊節の悪魔なんだ。名前くらい知ってますよ、くらいの奴の誕生日のためになんでこんなことしなくちゃいけないんだ。


 いや、わかってる。元凶はレプラコーンの野郎だ。「今年もサンタムーブかましましょw」とか言って俺たちの名前を勝手に毎年このクソみたいな「ボランティアサンタ」に参加させている。俺みたいにしぶしぶ参加する奴もいれば、「子供たちを喜ばせるって素敵ィ」なんていうリャナンシーみたいな奴もいる。くたばれ。


 俺は毎年名前は外してくれって言うけど「またまたwお菓子をくれないとイタズラしちゃうぞって有名になってるんだからクリスマスくらいワケないっしょw」と訳のわからない理屈で提出されている。俺が有名にしたんじゃないんだけどなあ……。


 そうは言っても、ボランティアサンタに参加するメリットはある。各自、サンタの恰好は共通でしていても神や妖精であるのは間違いないので結構好き勝手なプレゼントの配達をすることができる。例えば七福神の奴らはソリではなく舟で移動するし、ハルピュイアやケツァルコアトルなんて自前で空を飛べる奴らはそのまま飛んで行く。ブラウニーの奴は家の掃除までしてくるし、中国の火鼠なんかは赤い服なんか着なくてもそのまま真っ赤な身体で夜空を走れる。


 そんな感じで、サンタにかこつけて人間の側に好きなだけ近寄れるのがクリスマスのいいところだ。俺? 俺はハロウィンで疲れてるから別に参加しなくてもいいんだけどなあ……。


 ああ、もう帰りたい。極東ロシアなんてこの時期一番寒いところなんじゃないのか? 吐く息はすぐに凍り付くし、鼻の先にはツララがぶら下がってる気がする。貸し出されたトナカイも嫌々走っている気がする。


 全く、クリスマスなんてクソくらえだ!


 俺はぶつくさ言いながら家々にプレゼントを放り込んでいく。寝ている子供の枕元? 用意されたホットミルク? 知らんこっちゃないね。これが俺流の祝い方なんだよ!!


 プレゼントの残りが少なくなってきた。俺はプレゼントを配るのを止めて残りは全部バイカル湖にでもぶちまけるかと思ったとき、俺と同じ極東ロシア担当のサンタがやってきた。


 スネグーラチカ、ロシアの雪の妖精だ。

 彼女は冬の夜空の中でキラキラ輝いている。


「こんばんは、お仕事どうですか?」

「どうもこうも、ちっとも……いえ、楽しいですね!」


 俺はバイカル湖の藻屑にならずに済んだプレゼントを、慌ててスネグーラチカに掲げて見せた。


「わあ、カボチャの悪魔さんですね! トリックオアトリートって言ってみてください!」

「いや、あのそれボクが言うんじゃないんですけどォ……」


 たまにあるんだよね、こういう勘違い。

 でも、せっかくだから怖がらせてみようか。


「イタズラか!? それとも報酬か!?」


 俺はハロウィン本番でもあんまりやらないくらい、とにかくすごんで見せた。てっきり怖がるかと思ったけど、彼女はきゃっきゃと笑っている。まあ、赤いサンタの服を着ているんじゃあんまり怖くないか。


「ふふふ、生のトリックオアトリート見ちゃった。あとでみんなに自慢しよう」


 キラキラ笑う彼女は、ちょっとかわいい。


「あの、スネグーラチカさんはどうしてボランティアサンタなんかやってるんですか?」

「私? 私は、寒いのが好きだから」


 しまった、身もふたもない答えを返されてしまった。ここからどう会話を繋げればいいのかわからない。


「それに、人間の子供たちとたくさん触れ合えるじゃないですか。私最近、あまり皆さんに作ってもらえなくて、寂しいんです」


 そう言って、彼女は儚げに微笑んだ。


「だからこうやって、少しでも子供たちの記憶に残ってほしいなって、プレゼントを配ってるんです」


 あ……。


「どうしたんですか?」

「い、いやいや何でもない! 夜明けまでもう少し、お互いプレゼント配りましょうね!!」


 何だろう、彼女を顔を見ていたらドキドキする。そうこうしているうちに、スネグーラチカさんは笑って、手を振って行ってしまった。


 俺はバイカル湖の上で、しばらくスネグーラチカさんが去っていったほうを眺めていた。そうしているうちにボランティアトナカイに「さっさとしろ」と怒られてしまった。


 それで、プレゼントを配って、後は覚えていない。

 スネグーラチカさん。好きだ。


***


 そうして、今年もボランティアサンタが終わった。ボランティアの後はトナカイを返却したら急いで自分の国に帰る者、例年通り観光してからのんびり帰る者など様々だ。


「スネグーラチカさん!」


 俺は急いでトナカイを返却したばかりのスネグーラチカさんを捕まえた。


「あの、もしお時間があったら、一緒にお菓子を食べませんか!?」


 ううう、変な誘い文句になってしまった! 俺の馬鹿、馬鹿!


「まあ、私キャンディが好きなんです。でも、溶けてしまわないかしら?」

「大丈夫です! ボクが寒いのに合わせるんで!!」


 そうして俺は、スネグーラチカさんと来年もボランティアサンタをする約束をした。来年は一緒に、ロシアを隅から隅まで回れるといいな。


 神様、クリスマスなんかって思ってごめんなさい。

 やっぱりクリスマスっていいものですね。


 でも俺は悪魔だから、プレゼントは窓からぶち込むぞ。

 それが俺の個性だからな。


<了>

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