第12話 解毒

 一週間も経つと、畑はほぼ元通りになった。


 人力も馬鹿にならない。


 ライプドルフに行かない派の者たちは、自分の畑でもないのに、惜しみなく力を貸した。


 そのおかげで、種まきを始められる状態にまでなった。


 最初は、不貞腐れていた村人もいたが、そのころにはまんざらでもないといった表情になっていた。


 ある男が、額の汗をぬぐいながら言った。


「隣街にいけないのは残念だが、こういう風に汗をかくのも、悪くないねぇ」


 肌に、いい艶が出ていた。


 それと対照的に、後頭部の寄生植物の芽が、元気を失って、枯れ始めていた。


 そばにいた男も続いた。


「今まで当たり前のようにやっていたのが不思議なくらい大変な仕事だな。いやはや、一旦離れてしまうと、元に戻すのは、なかなか大変だな」

 

 彼は楽しそうだった。


 俺は、その光景を離れた場所から見ていた。


 狙った効果が表れているのを知ってよろこんだ。


 俺は前世で、いろんな依存症に堕ちた。


 その中に、断ち切るのに成功したことが少しはあった。


 その経験上、思うことがある。

 

 脱依存症への第一歩は、とにかく、自分と依存対象との間に、物理的な障害を設けることだ。


 心の弱い人間は、面倒を避ける。その習性を逆に利用して、例えばたばこをやめたいなら、たばこを別の部屋に置いて、吸うためには、いちいち歩いて取りに行かないといけない状態にする。


 とうぜん、面倒だ。


 だから、まぁいっか、と吸うのを断念する可能性が高まる。


 この〈吸わない可能性〉を高めるメソッドが、バカにならない威力を発揮する。


 依存度がまだ薄い状態なら、これひとつで解決できる場合もあるぐらいだ。


 やる可能性を高める環境に身を置いているうちは、ほぼ抜け出せない。


 依存症って、そんなもんだ。


 俺は、それを知っていたから、問答無用に橋を落とした。


 あの橋がある以上は、この村は、村ごとソウルイーターに喰われる。


 畑が元に戻ると、暴動が起きる気配もなくなった。


 ライプドルフに行かない派の人たちの説得に、みなが徐々に耳を傾けるようになった。


 一か月も経ったころには、みなが、橋が崩れたことなどなんとも思わなくなっていた。


 親子関係が悪くなりかけていた家族にも、いい影響が現れ始めた。

 

 そして、ついに、みなの後頭部から、ソウルイーターの芽が一掃された。


 俺は、もう用済みだと思った。


 ある日、俺は、みなに、中央広場に集まってもらった。


 そこで、暴君まがいの荒行の数々を謝罪した。


 実は、心の中に痛みはあった。


 いくら村のためとはいえど、やったことは非道極まりない。


 暴力をふるった。恐喝した。縛ったり監禁したりした。


 俺は、それをみなの前で謝罪した。


「すまなかった」

 

 だが、みなが、思いの他、温かいリアクションを見せてくれた。


「やめてくれよ、謝罪なんて。お前さんがこうでもしてくれなきゃ、俺たちはもっとひどい目にあってたに違いないんだ。今ならそれがわかる。だから、感謝こそすれ、恨みなんて一切ねぇよ」


 みな口々に、同じ意味の言葉を与えてくれた。


 俺は、うれしかった。


 俺は前世で親に、毒から守ってもらえなかった。


 その苦しみは、誰より知っているつもりだ。


 村の子供たちが、笑顔で俺を見つめていた。


 これが、俺がやりたかったことだ。


 前世でよく、こんなことを思っていた。


 来世では、自分と同じ目に遭いそうになっている人を、救いたい。


 神が、その願いをかなえるちからを、与えてくれたのかもしれない。


 毒を制する毒として、この異世界を無双してやる。


 俺は、空に昇った太陽に、それを誓った。

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DQN(どく)を以って毒を制する ドロップ @eiinagaki

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