第5話(終)

 薬草の甲斐あって、眼鏡っ子のお姉さんは無事に回復し、ほどなくして子供が産まれた。

 父母となった姉夫婦は、子供を抱いて喜び合う。


「ほら見て、あなた。この眼鏡のフレームの色つや、あなたにそっくりよ。きっとパパ似なのね」


「それを言うなら、眼鏡のつるの形はきみにそっくりじゃないか。ママに似て美人になるよ」


 二人は仲むつまじく、幸せそうだ。

 そんな姿を横目で見ながら、薬草を依頼してきた眼鏡っ子は涙ぐんで俺を見つめた。


「ありがとうございます、ありがとうございます……! あなたのおかげで、姉は救われました……!」


 そして少女は、照れた様子で少しうつむいて、眼鏡に指をかけた。


「それで、あの……約束ですので……たいしたものじゃありませんが、お礼に、わたしの、はじめての裸眼……もらってください……」


「いや、いらない」


 俺はきっぱりと断った。

 少女は眼鏡に指をかけてうつむいた姿勢のまま、涙目になってぷるぷるとふるえた。


「そ、そうですよね……わたしみたいな美人でもなんでもないただの小娘の裸眼なんて、いらないですよね……」


「いや違うんだ、きみのことは魅力的だと思うというかドストライクなんだが(眼鏡をかけてるところが)、そういうことではなく」


「分かります……ネズキさんはお優しい方ですから、きっとこうおっしゃりたいんですよね?

『出会って間もないゆきずりの男に裸眼を捧げるのではなく、本当に大切に思う人ができるまで裸眼をとっておきなさい』と」


「いやそういうことではなく」


 俺の否定も聞かず、少女はぱっと涙を散らしながら力強く顔を上げて、真剣な表情を俺に向けた。


「でも勘違いしないでください! わたしはただお礼と思って眼鏡を外すんじゃなく、ネズキさんになら生裸眼きらがんを捧げてもいいと、心の底から思ってるんです!」


「いやあの」


「ネズキさん! どうかわたしの……はじめての人に、なってくれませんか……?」


 うるんだ瞳を眼鏡の奥できらめかせながら、少女は熱烈な視線を向けてきた。

 俺は沈黙した。

 黙して考えて……そして、回れ右した。


「チートスキル、眼鏡ダーッシュ!」


「ネズキさーん!」


 声を上げる少女を残して、俺は走り去った。

 ああ、今日もまた、俺好みの眼鏡っ子は俺を愛し、愛ゆえに眼鏡っ子でなくなろうとする。

 なんと呪われた運命だろう。

 神よ。この運命を与えし女神よ。ふざけんじゃねえよガッデム。




   ◆




【よかったのですか、ネズキ?】


「よくない。まったくもってよくない。

 またしても、眼鏡っ子に眼鏡を外させるはめになりかけた。非常によくない」


 晴れた草原を、俺はゆく。

 メニューバーだけを引き連れて、肩をいからせて。


「ガッデム……眼鏡をかけなければ俺は彼女たちを愛せないのに、眼鏡をかけたままでは彼女たちは俺を愛してくれない……」


【ポエミーですね。厨二病をやるには人生二周目だとしても遅すぎませんか?】


「シャーラーップこのクソメニューバー!! システムウィンドウの分際で人生語るなメーン!!」


男性メンではありません。女性ウイメンです。眼鏡のデザインで分かりませんか?】


「揚げ足取るな面倒くせえ! 今どき眼鏡のデザインなんてユニセックスなんだよ!

 メニューバーのてめーにはキュートな女子がごついオッサン眼鏡をかける魅力は一生分からんのだろうなダムン!」


【つまりわたくしにごついオッサン眼鏡をかけろと?】


「メニューバーがどんな眼鏡をかけようが変わらんわ! おまえは俺に好かれたいのか!?」


 不毛な言い争いをしながら、俺はひたすら歩み続ける。

 はーあ。ため息が出る。


「ああ、どこかにどれだけ親愛度を上げようとも、眼鏡を外さずに俺を愛してくれる人はいないものか……」


【いないと断言できます。女神様がそういう世界をお創りになったのですから】


 俺の横にずっと付き添いながら、メニューバーは淡々と言った。


【この世界で眼鏡を外さず人を愛することができるのは、この世界の外から来たあなたとわたくし、二人だけです】


「そうかよガッデム」


 どんなに会話を続けようとも、それで世界が変わりはしない。

 じゃあそれで、俺は俺の夢をあきらめるのか?

 答えはノーだ。


「結局のところ、親愛度を上げきりさえしなければ眼鏡は外さないんだ。

 だったら目指せばいい。あらゆる眼鏡っ子からほどほどに好かれて、ほどほどの距離感で仲良くなって、そんな眼鏡っ子に囲まれるほどほどハーレムライフを。

 そうつまり! 目指すは全眼鏡っ子、親愛度九十九パーセント止めだ……!!」


【名付けて『友達止まり百人できるかな作戦』というところでしょうか】


「わりと的を射たネーミングなのが腹立つな! そうだよ友達止まりの眼鏡っ子を集めるんだよ!」


 俺の旅はまだまだ続く。

 まだ見ぬ素敵な眼鏡っ子、その眼鏡を、ずっと外させずに堪能するために……!






「……ん、なんだあれは」


 歩いてる俺の上空から、何かが翼をバッサバッサと羽ばたかせながら接近してきた。


「ドーラゴンゴンゴン(笑い声)! ネズキ、おまえの眼鏡パワーの奇跡で、美少女になったツヨーイドラゴンだゴン!

 強いおまえに惚れたゴン! 恋人になってくれゴン!

 そのために、おれは眼鏡を外すゴン! 見ててくれゴンー!!」


「ガッデェェム!!」


 俺はダッシュで逃げた。

 ああ、できるかな。友達止まり百人、できるかな。

 できるまで俺は、この世界で生きることを、あきらめないッ!!

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【短編】眼鏡転生 〜眼鏡っ子しかいない世界に異世界転生してモテモテ眼鏡っ子ハーレムの予定だったのに親愛度MAXの証が眼鏡を外すことだったぜガッデム!〜 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker

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