【Aftermath】

部屋の灯りは薄暗く、ゆらめくキャンドルとランプの光が壁に揺れる影を映していた。オフィーリアは壮麗な机に腰を下ろし、きちんと整頓された紙やインクの道具の向こうから、静かにこちらを見つめている。その視線を受け止めるように、二つの影が部屋の中央で緊張したまま立ち尽くしていた。


低いテーブルの上には今宵の残滓が並ぶ。割れた小瓶、注射器、ナイフ、そして散らばったダーツ。さらにその先のソファでは、エドワードが上半身をあらわに横になっていた。彼の肌には遠い昔の戦いを物語る無数の傷痕が刻まれ、そして新たな傷口からは鮮血がにじむ。アメリアが丁寧に縫合を進めるたび、エドワードは苦痛に眉をひそめながらも、声を上げることはない。


「お嬢様はお休みに?」

オフィーリアが問う。その声は冷静ながらも硬質な響きを含んでいた。部屋へと入ってきたアンが、いつも通りの悠然たる足取りで答える。


「はい。変わったことに、今宵は石に関する本を読んでおられましたわ。」


アンの視線がエドワードへ向くと、その表情にはわずかな険が走る。唇を引き結ぶ形からは、呆れとも失望ともとれる微妙な感情がうかがえた。

「まったく、エドワード。甘ったれてないで、次からは自分で傷を縫いなさい。」


「さすがに大目に見てあげて。」アメリアが縫合作業を続けながらぼそりと呟く。「彼、今回の戦闘で『シャドウ・ステップ』を三度も使ったんだし。」


アンは舌打ちをし、短く息を吐く。「チッ。どうせ一度は本当に戦闘で、あと二回は馬鹿をやったときに使ったんでしょうよ。」


「アン。」

オフィーリアの声が室内に落ちると、まるで刃のように空気がぴんと張る。


「はいはい。」アンは気怠そうにソファへ腰を下ろし、無遠慮に背を預けて腕を組む。その態度はほとんど投げやりにも見えたが、オフィーリアは黙って続きを促す。


「エドワード、続けなさい。」


エドワードは針と糸を引くアメリアの手を意識しながら、静かに息をつく。「カーネギーの名とノーサム家が裏で絡んでいることに加えて、学院内部にも協力者がいる可能性は高い。サイド・ラヴァーズ・レーンを熟知していた暗殺者の動きから考えて……もし追跡するなら――」


「いいえ。」オフィーリアが言葉を遮る。その調子は一片の迷いも感じさせない。「それは我々の領分ではないわ。お嬢様をお守りし、あの子の新しいお友達にも目を配りなさい。」


エドワードは瞬時に了解の意を示す。「承知しました。」視線をはずさず、オフィーリアの厳然たる眼差しを正面から受け止める。


オフィーリアはアメリアに目を移す。「あなたの判断は信じているわ。でも、忠誠心を忘れないように。」


アメリアは縫合の手を止めることなく、淡々と答える。「大丈夫ですよ、オフィーリア様。お嬢様を最優先に考えてますから。」


エドワードは口元をわずかに歪めた。「へえ、筋肉脳の相棒みたいに犬っころにだけはならないでくれよ。」


アメリアは言葉の代わりに、わざとエドワードの傷口を押さえ、彼は苦痛に耐えるように唸る。


「で、アン。」

オフィーリアは今度はアンへ向き直った。「何か報告は?」


アンは姿勢を正し、考え込むように視線を落とす。「使用人連中の話では、ある外国商人の一行が貴族の屋敷を頻繁に訪ねているようです。ホアシャやヤマタイだけでなく、アルケブラーンとも関係があるとか。」


「面白い話ね……」オフィーリアは椅子にもたれ、表情を沈ませる。


アンは続けるか躊躇したあと、さらに口を開いた。「しかも、その商人について使用人たちは……」


遠くの時計が時を告げると、夜をまとった静寂が再び戻る。


――


町外れの小さな書斎では、同じく夜の静寂が支配していた。ペン先が紙の上を走る音だけが、ベルの疲れ切った体に寄り添うように響く。まぶたは重く、姿勢にも疲労がにじむが、その筆は一向に止まろうとしない。


しばらくして、ベルはふとペンを置き、小さな引き出しに手を伸ばす。開けた先からは淡い青い光がこぼれ、彼女の横顔を不思議な色彩で照らす。


ベルはその箱の中を静かに見つめ、唇にかすかな笑みを浮かべた。ほんのひとときしてから箱をそっと閉じ、テーブルの傍らに置く。そして、その近くに畳まれたハンカチとブローチに目を留めると、ほんのりと目元が和らいだ。


再びペンを握りしめ、ベルは揺るぎない決意を宿したように書き進める。

――


町の反対側では、月光が壊れた窓から差し込み、廃れた倉庫を薄暗く照らしていた。積み上げられた木箱が影となり、薄闇の中に無機質な輪郭だけを浮かべている。


その一角で、男が箱に寄りかかるようにして座り込み、荒い呼吸を繰り返していた。折れた腕を粗末に板で固定しており、生々しい痛みを物語るかのようだ。


「ないね、全部使い果たしたってわけじゃん。」

黒い服に身を包んだ女が、男の荷物を探りながら、どこか挑発的な口調で言った。


さらに奥の暗がりから、低く威圧的な声が響く。「ほう……失敗を犯した末に戻ってくるとは。まったく、始末が悪いな。」


「おうおう、こりゃあリスクがデカすぎるきに、しばらくはおとなしゅうしちょったほうがええがや。」

また別の声が、どこか軽妙な口調で助言めいた言葉を投げかける。


「まずは、その男を始末するのが筋だろう……。」最初の声が吐き捨てるように言う。


黒服の女は男の襟をつかみ、その体をずるりと闇の奥へ引きずり込んだ。外の街は夜のざわめきを抱えながらも、遠くの時計台が真夜中へ向かう時を告げている。


――


朝になると、金色の陽光が書斎に差し込み、夜の冷たい空気を消し去っていた。アンは、手にした新聞を読みながら、歯でティーカップを軽く支えている。

まだインクの香りが漂う紙面には、小さくこう書かれていた―


その記事には、昨夜発見された焼死体について書かれていた。顔と腕がひどく焼けただれ、腕には粗末な板で固定された形跡があった。見出しには「名探偵シャーロック、密輸人抗争に関わる怪事件を追う」と書かれている。その一文を読んだ瞬間、アンの目が輝き、口元に抑えきれない笑みが浮かんだ。


「やっと面白い事件が来たわね!」彼女は新聞を握りしめ、目を輝かせながら笑みを浮かべた。


二階の窓から見下ろすと、エドワードがお嬢様を馬車へ案内する光景が目に入る。ベアトリスは制服を完璧に着こなし、今日も学院へ向かう準備が整っているらしい。


「アン、急いで!」階下から響く鋭い声は、まるで命令のようで反論の余地を与えなかった。「今日の予定は早めに終わらせるわよ。ハーティンガム宮殿へ行くんだから!」


アンはティーカップを口に咥えたまま、「はい」とくぐもった声で答え、新聞を脇に置いた。

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お嬢様には絶対に言わないで @renten

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