川辺の死は咲く
扶良灰衣
20241211
首の左側 血潮が散った。黒い火花のようだった。河原の堤で男が男を殴り蹴っている。しばらくすると殴っている男は疲れた様子で転がってる男の前で立ち尽くしている。何も聞こえず、辺の草は風に揺れて二人の男はじっとして動かない。時間は20分足らず、風の音、雑草が擦れる音もない、茂みの中から堤の方に這いつくばって動こうとしその時、転がっていた男は立ち上がって、立ち尽くす男に近寄った。静寂の中、突然大音量が聴こえたように、どこか頭の付近から、黒い液体が噴いた。立ち上がった男は立ち尽くしていた男を地面に転がして、全く反対の立場になって、男は男を見下した。影が薄くなる時間の沈黙がはっきりとあって、男達は写真のように動かない。何が起こったのか、何も起こらなかったのか、今は分からないが確かめようもない。黙して恐れた、目して語らず。視えていたのは現実か、それとも一人の妄想、二つは違わない、どちらも同じ真実、誰の目が多弁か、こちらは黙して、視えていたのは現実、どちらも真実。区別なんかつかない、迷ってる最中、あるいは同時、視えていたのを信じる、疑いはいらない笑ってしまおう。声が聞こえても、耳を傾けてはいけないなんて、どうやったらできる。どうやったってできやしない。
人は死んでいく時、幸福であったか不幸であったか、悪態ついても喜びがあるのか、死に従順に満たされるのか、怯えながら死んでいくのだろうか。黒い液は流れない
そのうち公園の水道みたいにピュッと出て、顔の隣から黒くパッと散った。まるで黒い火花のようだった。頸から伝うのはヌルりと月光に鈍くテカる液体。肉体が中空に架けられ鷲が群がる。河岸の雑草が叢る(むらがる)隙間から覗く、自分の身体は硬直して動かせない、ただの肉体だ。倒れた男とどう違う。何が違う。鷲は骨髄を啄み(ついばみ)、鴉は鷲たちを中心に円形になって様子を見ている。
あばらが何本か無くなっているのに気付いた、いつの間にか盗まれている。鳥たち仕業だろうか。
肉体の欠片が中空に懸かっていたが、石で覆われた地面に乾いた音を立てて落ちて転がった。
川岸で上半身裸で土と草を身体中に塗り付けて、俯せで震えながら
息を吐き息を吸うことすら意識できないほど、河原の草々が揺れるたびに男の視線がこちらに向かわぬように、男は立ち上がり身体を揺蕩う(たゆたう)ように川岸に向かって行く。迷いなく腰まで川に入り、着物は水を吸って歩いているが体は重いのだろう、ゆったりとした水の流れにも抵抗できず転がりながらも止まることなく、彼岸に辿りつく、こちらに一瞥くれたが川岸で立膝をついて動かない。月明かりに照らされて、此方(こちら)を見られても、逃げられるだろうが此岸で動かず、男を見失った。嫌な汗は身体の土と草が乾かしてくれる。男は彼岸に向かって消えた。此岸には誰一人いない。誰一人。
川辺の死は咲く 扶良灰衣 @sancheaqueous
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