001:初めての認定試験

 ランカーになって彼女の会社を宣伝する為に俺がまずやるべき事、それは――“認定試験”を受ける事だった。


 認定試験とは、文字通りゲームの運営からちゃんとしたプレイヤーであると認められる為の試験だ。

 此処で認定を受けて合格すれば、晴れてワールド・メック・オーズでランカーへの道を歩める。

 まぁ平たく言えば、車の運転免許証のようなものらしいが……結構、多いなぁ。


 ゴウリキマルさんから指示された仮想世界にある会場にやってきた。

 街の中にある大きなドーム状の建物であり、中では多くの人で賑わっていた。

 受付らしきものがあり、他にも様々なメリウスなどを展示していたりしている。

 デフォルメされたメリウスのバルーンのようなものを浮かんでいて、一種の祭りのようになっていた。

 

 結構な数の人がいるようで、これが全部認定試験を受ける人なのかと思ってしまう。

 日々、これだけのプレイヤーが増えるのはゲーム運営者からすれば良い事だろう。

 しかし、俺たちプレイヤーにとってはそれだけ敵が増える事だ……うかうかしていられないな。


 ワールド・メック・オーズのプレイヤーは全世界で百万人以上もいるらしい。

 その中で、ランカーとなれるのは五百名だけで。

 認定試験を突破できないような輩では絶対になれない。

 認定試験はプレイヤーとして認められた証であり、それが無い者はプレイヤーではない。

 非公式の対戦やフリー対戦の二つしか参加できない上に、それらで勝ってもランカーになれる事は無い。

 それでも、非公式の対戦などが存在するのはそれで賭け事をしている連中がいるからで……何で取り締まらないんだろう?


 マザーであれば無視するだろう。

 アイツは基本的に人類に対してはノータッチだからな。

 ただ、ゲームの運営側は何かしらの対策をすれば良いと思うけど。

 噂では普通に色々なところで賭け事は行われていて、ゴウリキマルさん曰く対応が間に合っていないらしい。

 何だかゲーム運営も楽ではないと思いつつ、俺はガイドの人の指示に従って手続きを済ませに行く……それにしても……。


 ……最初はこれで来るのはちょっとって思ったけど……案外、場に馴染んでいるなぁ。


 今の自分の装いを見る。

 灰色のパイロットスーツを着用し、シールドを展開した状態のヘルメットも被っていた。

 何処からどう見てもメリウスのパイロットであるが、俺は最初はこんな格好で会場に入ってもいいものかと考えていた。

 ゴウリキマルさんが絶対に私服で行くなと言っていたのでスーツで来たが。

 どうやら、それは正解だったようで周りのプレイヤーらし人間たちもパイロットーツを着ていた。

 中には普通に私服で来ている人もいるが、それは見かけからしてパイロットではない気がする。


 長蛇の列だと思っていたが……あぁそういう事か。


 他の列は長蛇である。

 その訳はそれぞれに目的が違うからだった。

 俺が受けるのは認定試験で、他の奴が受けるのは“昇級試験”らしい。

 つまり、この会場に集まっているのは認定を受ける奴らだけではないということだった。

 俺はそれに納得しつつ、自分の番が来たと受付のお姉さんに話しかける。

 眼鏡の似合う素朴な感じの人であり、言われるがままに必要事項を記入していく。


「……あら? もしかして……初めての方ですか?」

「え、初めて……あぁ! そうですね。メリウスにはこの世界……んん! 乗っていません」

「あぁそうなんですね……実は、メリウスの操縦というのは三種類の方法がありまして。一番簡単なのはオート操縦。これはあらかじめ作りあげたAIに機体を操縦させるものになります。そして、二つ目が補助操縦になります。こちらは複雑な操縦は不要でレバーを掴みペダルを踏むだけで思考による操縦が可能となります。大体のプレイヤーの方。初心者の方は基本的にこれになります」

「へぇそうなんですね……あ、じゃこの基本操縦って」

「はい。此方はメリウスに慣れている方に対応したもので、完全に操縦者様の技量が試されるものになります……なので、メリウスを操縦したご経験がないのでしたら、補助操縦の方がよろしいかと……あ、操作方法自体が分からないのであれば、会場にある体験会にご参加してからでも」

「――あ、いえ。基本操縦で!」

「……ぇ、ぁ……か、かしこまりました」


 お姉さんはキョトンとしていた。

 そうして、笑みを引きつらせながらも手続きを済ませてくれる。

 俺は渡されたカードを持って移動しようと……ん?


 何やら視線を感じた。

 見ればガラの悪そうな連中が俺を見てくすくすと笑っている。

 リーゼントにモヒカンに、パイロットスーツには肩パッドか……すげぇなおい。


 彼らの装いにビビりつつも俺は首を傾げる。

 何か変なものでもついているのかと体に視線を向ける。

 すると、奴らはもっとくすくすし始めた……何だよ。


「くくく、アイツ、ずぶの素人ってのに。格好つけて基本操縦でやるらしいぜぇ」

「あぁ哀れだねぇ。これだから“駆け出しルーキー”の奇行は見飽きねぇぜ」

「全くだ。くくく、アイツの勇士を記録して配信してやろうぜぇ。きっと再生数もたんまりだ」

「違いねぇ。くくく」

「……あぁ、なるほど」


 手をポンと叩いて納得する。

 確かに、メリウスに乗った事も無いと言った奴がアシスト無しで操縦すると言うんだ。

 そりゃ無謀な挑戦者に見えるだろう。

 彼らの嘲笑も納得であり、俺は笑みを浮かべながら次の場所に向かった。




「……はい。それではカードを……確認しました。ルールのご説明をいたします。よろしいですか?」

「はい。お願いします」

「く、くく。やっとだぜ……さぁ楽しませてくれよぉ」


 会場の奥にいた男性。

 さわやかな笑みを浮かべるイケメンお兄さんにカードを渡した。

 すると、彼はこれから俺が行う事について説明をしてくれた。


 俺は今から、運営側が用意したメリウスと戦うらしい。

 そのメリウスに勝てばいいのだが。

 どれくらいのタイムであったり、どれくらいの被害で済んだか。

 そういったものを最終的にはチェックをして合否を決めるらしい。


 ……まぁ勝てば良いんだな、うん。


「これは認定試験ですので、敵となるメリウスの難易度はそれほど高くはありませんのでご安心を」

「そうなんですね。頑張って無傷で勝って見せます!」

「ぷ、くふふふ……あ、あいつ、無傷で勝つって……や、やめてくれよぉ」

「は、はらいてぇ。本物の馬鹿だぜ、ありゃぁぁ」

「……ふふ」

 

 俺は笑みを浮かべる。

 後ろの外野が騒がしく少しイラつく。

 だが、俺はもう立派な大人の人間なのだ。

 こんな事で目くじらを立てる事はしない。

 お兄さんは俺の笑みを見て少しだけ怯えていた。


「そ、その……頑張ってください!」

「はい。頑張りますよ……ふ、ふふふ」


 俺は促されるままに、目の前のサークルに入る。

 そうして、指を動かして雷上動を選択した。

 俺の機体が先に戦闘エリアに転送される。

 それを会場に映し出されたモニターで確認した。

 後ろの馬鹿野郎どもは持っていた端末を画面に向けて記録している。

 俺はそれをにこやかな顔で見てから、己の体が転送されて行くのを待ち――――…………




 …………――――目を開ける。


 モニターに映る景色は自然に満ちていた。

 何処かの山岳地帯であり、遠くには山々が連なっている。

 足元には動物もいて、天気は晴れだ。

 視界はそれりに良好であり、空気は少し冷たいのか霧が薄っすらと見える気がした。


 感覚は全て反映されている。

 痛覚も視界も、全てリアルと同じにしている。

 こうでもしなければ満足できないからな。


 グローブを嵌めた手を何度か握る。

 着込んだパイロットスーツも正常に作動していた。

 機体とのリンクも正常であり、シールド越しに見る景色も異常はない。

 羽のように軽いメットであるからか頭の違和感も少ない。


「……よし」

 

 体がちゃんと転送されて、機体の中に入っていた。

 懐かしい感覚を覚える。

 この無骨なレバーに、ペダルの感覚。

 ボタンの配置や計器など、全てが記憶に新しい。


 俺はレバーを軽く撫でる。

 そうして、かつての愛機たちを思い出していた。


「……また、やれるんだな……さぁ頑張るぞ!」


 俺はレバーを握る。

 そうして、モニターに映るカウントダウンを見つめる。

 カウントが終わるのを静かに待ち――画面にノイズが走る。


「……ん? 何だ? 何が起きて」

《――貴方が再びメリウスに乗る日が来るとは、予想通りです》

「……え? 何でお前が此処に?」


 通信が強制的に繋がれる。

 相手は女性の声であり、すぐにそれが“マザー”であると分かった。


 こいつはこの世界を想像した存在であり。

 此処の世界の住人にとっては神様のような存在だ。

 決して表舞台に出る事は無く、ただ淡々と人類を良い方向に導く為に頑張っている。

 俺たちのように機械の体も持っていないが。

 彼女とは極偶に会話をする事もあったけど……何で今なんだ?


 マザーと俺は家族であり、ツバキの手によって生まれた。

 彼女はシステムであり、この世界を管理する存在だが。

 AIやアンドロイドのよりも高度な知能を有していて、自分で考えて行動が出来る心のある存在で。

 この世界で起こる全ての事象を記録観察し、人類が間違った方向に行かないように見守っている。

 現在は完全に裏方に徹していて、表舞台で語られる事はほとんどないが。

 何故か、彼女は俺の認定試験を聞きつけてやってきている……何で?


《世界を救った英雄も、この時ばかりは素人同然……それはあまりにも無礼でしょう》

「……マザー?」

《英雄には英雄に相応しい相手を用意してこそです。任せてください》

「マザーさん? 何をするつもりで……あのーもしもーし。おーい!」


 通信がぶちりと消える。

 そうして、彼女の反応は消えてしまった。

 一体、何のつもりだったのかと思いつつ、俺はカウントダウンがそろそろ終わるを確認し――よし!


 カウントがゼロとなった。

 俺は一気にスラスターを噴かせて飛び上がる。

 強烈なGが体に掛かり、俺は懐かしい感覚に笑みを浮かべた。


 レバーを操り機体を回転させる。

 風を切り裂き飛翔して、ガタガタと揺れるレバーなどの音を聞く。

 この圧迫感に、流れる景色の色味に――あぁ、懐かしい。


「――っ!」


 計器から音が鳴る。

 それは敵の反応をキャッチした音で。

 

 レーダーが敵の反応を――ブーストする。


 前方へとブーストすれば、一瞬遅れて遠方より弾丸が飛んできた。

 赤熱する砲弾であり、恐らくはタンク型の攻撃だと認識。

 そのまま機体を加速させながら、弾が飛んできた方向に飛ぶ。


 山々を抜けながら、機体を揺らしてロックオンされないようにする。

 徐々に距離を詰める。このまま一気に距離を詰めよう。

 

 ――瞬間、横から敵の気配を感じてまたブーストをした。


 すぐ近くでチェーンが高速で回転する音が聞こえた。

 それが一瞬にして遠ざかり、そこに視線を向ければ何もいない。

 いや、一瞬だけ空間が揺れるように見えていた――光学迷彩か。


「はは、懐かしいな……最高だなぁ!!」


 俺は笑みを浮かべながらレバーを操作。

 ペダルを踏みながら加速し、遠方から飛んでくる砲弾をギリギリで回避。

 そのままプラズマライフルの照準を敵に向ける。


 山の中腹で待機する中量級のタンク型メリウス。

 白と青で山に溶け込むようにカラーリングしてある。

 真っ赤な単眼センサーを光らせながら、肩から此方に向けられる長い主砲。

 豆粒ほどの大きさにそれを狙い――駄目だ、射程外だ。


 俺は機体を更に加速させる。

 ぐんと距離を縮めれば、敵の主砲に僅かに動きがあった。

 弾を切り替えたのだろう。

 俺は一瞬の判断で方向を変更。そのまま滑るように横へと移動していった。


 敵は主砲を俺へと向けようとする。

 しかし、完全に俺の動きを捉えられていない。


 俺はそのまま機体を――一気に下へと動かす。


 ぐんと機体が下がってかなりの負荷が体に掛かる。

 肺を圧迫されるような感覚で、一滴の汗が頬から跳ねる。

 一瞬で俺の背後を取った敵がチェーンブレードで俺に斬りかかっていた。

 俺はそんな敵の横から照準を定めて――放つ。


 圧縮されたプラズマ弾が放たれる。

 バチバチと音を立てながら放たれた青白い弾が奴へと迫り――回避。


 ギリギリで避けられた。

 奴はそのまま光学迷彩で風景に溶け込もうとした。

 が、俺はすぐに肩にマウントさせたランチャーを起動。

 そのまま奴に向けて特殊弾を撃ち込んだ。


 奴は距離を離すが、弾は途中で爆ぜて強烈なスパークが発生した。

 それを受けた奴は一瞬だけ機体が硬直。

 光学迷彩に不調を来したようで、奴は俺から距離を取るように一気に離れていった。


 本来は敵の動きを一時的に封じるものだ。

 しかし、光学迷彩などの繊細なシステムにもこれは有効だ。

 その複雑なシステムに干渉し阻害する。

 一時的なものであるが、これで奇襲は防げる。


 その思考の間にも、敵のタンクは俺を狙い――弾が迫る。


 赤熱する砲弾。それが空中で爆ぜた。

 俺の視界を塞ぐように展開された弾幕。

 小さな粒のようなものが無数に空中を飛んでいて――加速。

 

 スラスターを全力で噴かせる。

 一瞬機体が止まり、すぐにトップスピードで空を翔ける。

 一気に俺の前方を覆う弾幕に向かって飛ぶ。

 そうして、機体を回転させながら僅かな隙間に機体を滑らせる。

 弾幕の隙間を縫うように飛び、最短距離でタンクへと向かう。

 奴は主砲を折りたたみ、両腕を展開し小型のマシンガンを向けて来た。


 ――俺は危機を感じて横に飛ぶ。


 敵のマシンガンが火を噴く。

 無数の閃光と共に弾丸が俺へと迫り横に避けていく。

 空に放物線を描くように飛ぶそれを避けながら、俺はタンクに向かってプラズマライフルの照準を向けて弾を放つ。

 が、奴はすぐに機体をブーストさせて回避。

 そのまま遠くの地面へと着地し更にブーストし距離を離す。

 器用に山の斜面を使って飛び跳ねるように移動している――逃がすか!


 俺はそんな俊敏なタンクを追い掛ける。

 奴は機体を不規則な動きで飛ばして此方の狙いを乱そうとする。

 が、そういう手合いにも慣れている。

 俺は冷静に敵をサイトで狙いながら、ランチャーの弾を装填した。


「……」

 

 サイトを見つめる。

 短い機械音が鳴り響く。

 サークルが重なる瞬間を静かに待つ。

 右へ左へ機体が揺れて、山のギリギリを飛ぶ。

 モニターの中で揺れる景色を見つめて、その中心の敵を狙う。

 ゆっくりとサークルが重なっていき――下へと降下。


 別の敵がブーストによって一気に迫って来た。

 死角から迫ったそれのチェーンブレードを回避。

 そのまま背面飛行をしながら、一瞬で手動操作に切り替えてランチャーの弾を放つ。

 今度は完全に避け切れずに特殊弾の影響を受けた敵。

 動きが完全に停止し、そんな敵へと一気に迫り――怖気が走る。


 背後から強いプレッシャーを感じた。

 瞬間、俺は一気に横へとズレる。

 すると、背後から砲弾が飛んできてさっきまで俺がいた場所を通過した。

 その砲弾は完全に停止して敵のスレスレを飛び。

 奴はシステムを復旧させて再び飛び上がった。


 俺は見事な連携を取る敵たちを見つめる。

 そうして、ゆっくりと口角を上げていった。


「は、ははは……いいねぇ!! いいじゃないかぁ!! はははは!!」


 楽しい、楽しい楽しい楽しい楽しい――最高だ!


 思い通りにいかない。

 相手は手練れであり、久しぶりの戦闘でも満足した。

 これほどの相手と戦えるのなら十分だ。

 “最初は若干のブランクを感じた操作”だが、今はだいぶ慣れて来た。


 昔の感覚が蘇ってきて、俺は笑みを深める。

 そうして、機体を一気に上へと上昇させる。

 敵たちはそんな俺に武器を向けるが、残念ながら射程県外だ。

 タンクはそのまま山に潜伏し、もう一体の敵は俺を追ってきた。

 

 光学迷彩を封じたからこそ、奴はもう逃げも隠れもしない。

 真っすぐに俺をその青い双眼センサーで見つめていた。

 その手には近接戦闘用のショットライフルが握られている。

 奴は嫌が応にも俺との距離を縮める他ない。

 エネルギー切れを狙うのは面白くないからな――分かってるよ。


 戦いたい。楽しみたい――そうなんだろう?


 俺は笑みを深める。

 全身の血が沸騰する感覚を覚えながら。

 俺は敵の殺気を受け止める。

 そうして、遥か上空で機体を停止させゆっくりと降下していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワールド・メック・オーズ~ルーキーは世界を救った英雄だと誰も知らない~ @udon_MEGA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ