ワールド・メック・オーズ~ルーキーは世界を救った英雄だと誰も知らない~

@udon_MEGA

000:平和な日常

 朝の陽光が窓から差し込み部屋に満ちる。

 無数のキャンパスが置かれた広い空間。

 俺は目覚めの冷たいシャワーを浴びて目をしゃっきりとさせてから絵の製作に取り掛かる。

 大事な絵であり、大切な人に渡す為のものだった。


「……」

 

 絵の具をつけて、筆を振るう。

 真っ白なキャンパスに、俺が思い描いたものを描いていく。

 そんな俺の横にはパリッとしたビジネススーツを着こなすキャリアウーマンが立っていた。


 綺麗な赤毛は肩まで伸びていて、黒い布で後ろで結んでいた。

 身長は百五十センチほどで華奢な体つきをしているが年齢は23歳になる。

 意志の強そうな青い瞳は綺麗で俺は彼女の目が好きだった。

 彼女と俺の付き合いは長い。

 それこそ、“前世”と言うべきような縁もあって……まぁそれはいい。

 

 何故、彼女がこの時間に家にいるのか。

 彼女は俺なんかよりも地位も名誉も上の人間で。

 世界的に影響力のある日本の大企業のご令嬢なのだ。

 彼女はお義父さんの会社でロボットクリエイターとして“一時的”に働いており、その技術力は俺の想像を遥かに超えていた。

 この家の主は誰かと問われれば間違いなく彼女だ。

 俺はそんな彼女に養われているそこそこ名の通った画家というだけだ……はは。


 自分で自分が情けないと思いながらも。

 俺は彼女にどうしたのかと質問をした。

 すると、彼女は待ってましたと言わばかりに昨夜の出来事を俺に報告してきた。

 俺はそれを聞いて、筆を動かすのを止めて彼女を見る。

 

「……え? ショーコさん。ランク落ちたの?」

「らしいぜぇ……何でも、ランキング戦前に調子を崩してたみたいでさ。戦績がボロボロで、ランクが三つも下がったらしい。丸一日かけてアイツを宥めて頭がいてぇよ。はぁ」

「は、はは……ま、まぁショーコさんならすぐに順位を上げれますよ! お姉さんだって上位ランカーなんですし」

「そうかなぁ。そう簡単な話じゃねぇと思うけどよぉ……何描いてんだ?」


 “現実世界”で建てたマイホーム。

 二階建てのちょっと大きな家であり。

 現在は、そこで大切な人と共に生活していた。

 彼女はよく愚痴を言うが、友達の事を悪く言う事は無い。

 今もこうして、“仮想世界”にて盛り上がっている対戦ゲーム“ワールド・メック・オーズ”で活躍するショーコさんの話をしていた。


 ワールド・メック・オーズとは、メリウスと呼ばれる人型兵器に乗って戦うゲームである。

 フリーの対戦が基本ではあるものの、中にはランキングを大きく上げる戦いなんかも定期的に開催されている。

 戦績や活躍度によってランキングが上下し、ランカーと呼ばれる千人にもなれば大きく注目される事になる。

 中でも、人々が大いに盛り上がっているのは賞金の事であり。

 このゲームではランキングの順位に応じて月ごとにリアルマネーが支給されるのだ。

 百人の上位ランカーともなればかなりの額の金が入るらしく。

 ショーコさんのお姉さんはそれで豪邸を建てて高級車も買ったと聞いたことがある。

 ショーコさんもランカーであり、賞金をそれなりに稼いでいたらしいが。

 ランクが三つも下がれば貰える賞金もかなり減るんだろうか……いや、単純に下がって悲しいだけか。


 仮想世界ではその他にも多くのゲームがあるが。

 現在はこのワールド・メック・オーズが大流行している。

 子供の将来の夢ランキングでも、ランカーになると書く子も多いそうだ……時代だねぇ。


 俺としては良い時代になったとは思う。

 好きな事でお金を稼げる事は良い事だ。

 俺だって最初の時はそんな欲望のままに戦っていたしな……ま、過去の話だけど。


 因みに、彼女の仮想世界でのプレイヤーネームは“ゴウリキマル”という。

 何とも男らしい名前だが、俺にとってはその名前の方が馴染みがある。

 だからこそ、今もその名前で呼んでしまう。

 心の中ではゴウリキマルさんで通っているので仕方ないのだ。


 彼女はそんな俺の思考にも気づかずに俺の絵が気になるようで質問してきた。

 俺は彼女の話を聞きながら、仕事と趣味の両方である絵を描いていた。

 彼女はキャンパスに描かれた俺の絵をジッと見ていた。

 俺は笑みを浮かべながら何に見えるかと彼女に聞く。


「……これは……ツバキさんか?」

「そう! 母さんと妹を描く予定だよ……まだ途中だけど、出来たら見せに行ってくるつもりなんだ」

「へぇ、そりゃきっと喜ぶだろうな……アルタイルは元気なのか?」

「ん? あぁ元気だけど……会う度に、こう“愛”がねぇ……兄妹なのにさ。距離感がこう……分かる?」


 妹のアルタイルは会う度に激しいボディータッチを繰り返す。

 俺たちの体は“機械”であるから、薬の類は効かないはずだけど。

 毎回毎回、彼女の家で飲まされる飲み物を飲めば体がぴりぴりと痺れるような感覚を覚える。

 アイツは何時もニコニコと笑いながらお代わりを聞いて来るが……大丈夫なのか、これ?


 そろそろ、母であるツバキに相談するべきか。

 いや、こんな事を相談すれば母さんは本気で悩む気がする。

 俺たち二人の事を大切に思ってくれているからこそ、絶対に安易な答えは言わないからな。

 彼女を悩ませるのは嫌であり、俺としてはもう少し様子を見ておこうと思った。


「……ふぅ、ちょっと休憩しようかな……何か飲む?」

「ん。じゃコーヒー。ミルクと砂糖たっぷりで」

「はいはーい」


 俺は視線をコーヒーメイカーの方に向けた。

 すると、俺の意志を感じ取って自動でコーヒーメイカーがコーヒーを作り始める。

 それを確認してから、俺は立ちあがり筆などを机に置いた。

 軽く伸びをするが、機械の体ではほとんど意味は無い。

 まぁこういう仕草も人間らしい気がするのでいいだろう……さて。


「それで? 単に、ショーコさんの話をしに来た訳じゃないでしょ? この時間は仕事中だと思うけど」

「はは、やっぱり分かるか? なら……お前、またメリウスに乗る気はねぇか?」

「メリウスに? それってつまり……俺もワールド・メック・オーズに出ろって事?」

「ま、そういうこった……実はな。うちの会社でも前々からワールド・メック・オーズでの機体の開発をしてくれって要望があってな。父さんは仮想世界についてあまり詳しくないから、私と兄さんに任せるって言ってきてさ……此処まで言えば、お前に何を頼みたいか分かるよな?」


 俺は顎に指をあてて考える。

 そうして、ぱちりと指を鳴らしてから彼女を見た。


「もしかして、自社の開発する機体に乗って宣伝しろって事?」

「そういう事だ……まぁお前ほどの男が乗る機体だからな。一般人が乗りこなせるようなもんではねぇけど。こういうものも作ってますってアピールだけでも上々だ。勿論、兄さんも大賛成だし。私や会社も全面的にバックアップするぜ」

「……えっと、お義父さんは……どう?」

「……父さんは、まぁ、うん……い、いや。好きにしろって言ったしさ! 気にすんなって!」

「……」


 俺はまだ彼女のお義父さんとそれほど話が出来ていない。

 お義母さんとは何度も話したり食事にも行ったが。

 お義父さんだけは無言で俺を見つめるだけで何も話してくれない。

 殺気のようなものまで感じるからこそ、俺も何も言えずに黙っていた。

 しかし、この前は急に風呂に入ろうと言い出したものだから何だと思っていた。


 機械の体ではあるものの、風呂にだって入れるけども。

 急に風呂に入ろうと言われて戸惑いながらも風呂に入って。

 無言のまま狭い浴槽で向かい合い。

 お義父さんの広い背中を洗い流して、そのままお義父さんは会話もせずに帰っていった……あれは何だったんだ?


「……まぁ父さんはお前の事を嫌ってる訳じゃないと思うぜ? 母さんから聞いたけど、よくお前の話をしてたらしいし」

「え、それは本当ですか? 何を」

「何をって……好きな映画は何か、とか?」

「……ふふ」


 お義父さんが真顔で俺の好きな映画を聞いている姿を想像してくすりと笑う。

 彼女も笑っていて、俺は少しだけ安心した。

 嫌われているとは思っていなかったけど、ちゃんと俺の事を見てくれていたと分かった。

 今はそれだけで良かったと思える……よし、それじゃ!


「受けますよ。その話……別に戦いを避けてた訳じゃないですし」

「ふふ、そう言うと思ったぜ。なら、お前のこれから使うプレイヤーネームは……“マサ”だ!」

「……安直過ぎない?」

「う、うるせぇよ……ま、兎に角話はそれだけだ。じゃ、私は今から会社に行ってお前の機体データのチェックをしてくる。明日には使えるようになるから。心の準備をしておけよ。それじゃあな!」

「はーい……て、コーヒーは!? ちょっとー!」


 俺は風のように去っていった彼女を呼ぶ。

 慌ててコーヒーメイカーから出来上がったコーヒーを取り。

 砂糖とミルクを入れてかき混ぜた。

 そして、その中身を適当な水筒に入れる。

 窓に駆け寄って見れば既に彼女は車に乗り込もうとしていて――あぁもう!


 俺はバタバタと走る。

 今日も慌ただしい一日であり、退屈しないんだろうと思っていた。


 

 §§§



 約束の日になり、彼女に呼ばれるまま仮想世界で彼女の会社が保有するバンカーにやって来た。

 その中には他の職員さんたちもいて。

 俺は彼らに挨拶しながら、俺の機体らしきものの前に立つゴウリキマルさんに近寄った。

 彼女は指を指し、これが俺の機体だと説明する。

 俺は彼女の説明を聞きながら、視線を上へと動かしながら新たな機体を見つめていた。

 

「……へぇ、これが」

「そうだ。お前の機体――雷上動らいじょうどうだ」

 

 仮想世界にあるバンカーの一つ。

 そこで整備をされていたメリウスを俺は見上げていた。


 黄色をベースに、オレンジ色のラインが入ったカラーリング。

 俺のパーソナルカラーともいえる色であり、覚えていてくれた事が嬉しかった。


「これがスペックだ。軽く見といてくれ」

「……なるほど」

 

 電子パッドに書かれた説明を読んでいく。

 機体の大きさは全長14メートル。

 重量は11.5tであり、分類としては軽量級の二脚型だ。

 シャープな形状をしており、無駄な装甲の一切を排していた。

 スラっと長い脚に無駄の無い両腕。

 無駄な装甲を極限まで省き、空気抵抗もかなり軽減したフォルムだ。

 運動性と機動力は抜群であり、従来のメリウスは勿論の事。

 最新のメリウスであろうとも、こいつが限界まで飛べば追いつける奴は少ないんじゃないだろうか。

 そう思わせるようなスペックであり、思わず顔がにやけてしまう。

 

 背中の四角く黒いバックパックには四つものスラスターが取り付けられている。

 説明によれば、下へと延びる長く大きなスラスターがメインとなって加速を行う。

 両脇の二つのスラスターはサブであり、アレが急激な方向転換などを可能にするらしい。

 頭部のデザインも無駄がなく、青く光る単眼センサーが中心に嵌められていて頭はヘッドギアのような形状で守られている。

 機体の各部には噴射口があり、姿勢制御システムも最新のものを積んでいるようだ。


「装備に関しての要望は叶えてやったが……本気でこれでいいのか?」

「問題ないですよ。今の俺はこれがいい」


 横にあるハンガーに立てかけられた武装。

 それは標準的な武装の一つであるプラズマライフルに彼女が改良を加えたものだった。

 バレルの長さを更に広げた事によって射程を伸ばし。

 一発のチャージ量を上げた事によって威力そのものを底上げしてある。

 その代わりに連射力がダウンしてしまっているが問題ない。

 

 その横には近接格闘用の武装として選んだ“バンカーショット”がある。

 小型の箱に埋め込まれた金属の杭。

 それを箱の中で発生する爆発によって高速で打ち込む事で敵の装甲を貫く武装だ。

 これは何度も使えるように箱自体の強度を高めて、爆発にもある程度の指向性を持たせてある。

 余分な力は後方から排出出来るようにしているからこそ簡単には壊れない。

 が、連続して使えばガタがすぐに来る。

 一発一発、それなりの時間をおいて使わなければいけないのだ。


 そして、肩にマウントさせておく武装に関しては……これは今は良い。


 両手に装備する武装にだけ注文をした。

 それ以外はメカニックである彼女に任せる。

 昔から彼女の勘は良く当たるのだ。

 俺はそれを信じているし疑う事もしない。


 平和になった世界。

 俺たちが命を懸けて掴み取った世界だ。

 そこでまた俺はメリウスに乗る事になるとはな……これも運命なんだろうな。


 紫電、ソルジャーMk-II、雷切……そして、次はお前だな。


 俺は笑う。

 新しい愛機となるそれを見つめながら、俺は久方ぶりの闘争心を燃やした。

 変わらない。俺は昔からこうだった。

 世界が平和になったとしても、俺の本質は同じだ。


 

 行こう――“戦場”に。


 

 次は危険で命を懸ける場所では無いが。

 きっと俺を退屈させる事はないんだろう。

 どんな強敵がいて、どんな強者が俺を待っているのか。

 それを考えるだけでも楽しくて――


「マサムネ……頑張れよ」

「はい! 頑張ります! 目指すはトップランカーですね!」

「ふふ、お前ならなれるよ。きっとな」


 彼女は拳を突き出してきた。

 俺はそれに応えるように拳を突き出す。

 互いにこちりと拳を鳴らして、俺たちは楽しい未来を想像して笑いあった。

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