第2話 獄炎のサトシ②
最初のダンジョンというにもヌルすぎる洞窟を出ると、そこはどうやら森の中であった。
先ほどのオオカミもこの森から入り込むのであろう、食料の豊富そうな鬱蒼とした森である。
とは言え、人の手が入っている形跡もある。舗装こそされていないが、明らかに足元は踏み固められ、邪魔な枝が取り払われた道。
ある程度行けば人里につくと予想できたので、そのまま歩く。
男が言っていた「疾患を治す」の一環であろうか、体は活力に溢れていていくらでも歩くことが出来る気がした。
二時間ほども歩いただろうか。平坦である程度整備された道ではあったが疲労が顔を出してきたころ、ふいに木漏れ日が強くなった。そして、暗い森の帳が途切れ、広がる空とともに村が現れた。睨んだ通り、小さな町がそこにあった。
木組みの門の向こう、1、2階建てのログハウスが並んでいる。村の後ろには山がそびえており、おそらく今俺が来た森側からしか村には入らない想定なのだろう。
森から続いた土を固めたような道が、村の中まで伸びている。
これまたテンプレート通り、近代化されていない場所であった。さすがに中世ヨーロッパみたいだ!とは言わないが、コショウとか石鹸が高く売れそうな感じがする。
異世界に来て初めての人の営みの気配に感嘆していると、門のそばに立つ見張りらしき男がこちらを見ていた。腰かけていた椅子から立ち上げり、ボソリと言う。
「入るのかい」
当然であるが、よそ者に向ける不審そうな目をしている。まさか異世界初日のお上りさんだとは思うまい、押し入りの計画でも立てていると思われてしまっただろうか?
「…ま、なるべく騒ぎは起こさんでくれよ」
回答を逡巡しているうちに、男は背後の門を親指で指してそう言った。入っていいということらしい。本当に?防犯意識とか大丈夫?
「ちなみに、直進したところにある石造りの建物の隣が冒険者ギルドのたまり場だよ。あんたみたいなヤツはまずそこに行きたいだろう…ザックさんによろしくな」
頭を下げながら門を通ろうとすると、そう声を掛けられた。おお、ギルド!
見透かしたような言葉に引っかかるところもあったが、定番ワードに興奮した俺はそれどころではなかった。手短に礼を言うと、教えてもらった建物へと向かう。
村の中に入ってみると、近代的ではないというだけで決して寂れてはいなかった。色々あって時間は夕方くらい、山間に日が傾いていくところであったが、色々な声が聞こえてくる。
「この斧は良いぞ、ザックさんにも使ってもらってな…」
「閉店間際だから負けろって?持ってけドロボー!」
「そろそろ帰ろうよ、かけっこはまた明日!」
商いの声、子供たちが遊ぶ声…ゲームのような気分でいたが、確かに人間が生活をしている気配があった。そう、ここは人間の生きる一つの世界だ。そして、俺はもうこの世界で生きていくのだ。
ギルドへの道を早足に歩く。頑張ろう。貰ったスキルで生計を立て、今度の人生こそ一目置かれる男になるのだ。
「小池の大魚」。
見張りに教えてもらった名前の酒場に入った俺は…ああ、看板の異世界語は当たり前みたいに読めたよ、これも神様のサービスかな─、とにかく、先ほど決意したギルド加入の決意が揺らいでしまった。
何しろ…
「おおい!新参のお出ましだぜ!」
「またなよっちい小僧だなあ、ギギスの木の一本も倒せないんじゃねえの!?」
「違いねえ、ツタみてえな腕をしてやがる」
まあ柄が悪い。日暮れからしこたまに酒を飲んでいるのか、満席のカウンターから
口々に飛んでくるヤジは、日本生まれのモヤシっ子のコンプレックスを大いに刺激する。知らん木の話をするな。
「まあまあ、ツタ坊主にも振れるお仕事はあるわよ!」
「とにかくザックさんに挨拶をさせないと」
「そうだ!我らがボスに挨拶だ!」
給仕をしているグラマラスな女が、テーブルでこれまた酒を飲んでいる男が、口々に言い募る。どうやら、ギルドのボスのザックさんとやらがいるらしい。
チンピラのような客たちの視線を辿ると、入り口から一番遠いテーブル席に「これだ」という男が居た。
浅黒い肌。禿頭にした無骨な顔には、大小の傷がくぐった修羅場の数を思わせる。
筋骨隆々という言葉が似あう体は、座っていてもわかるほどに大きい。客の言葉に反応してこちらを見る目だけで足が竦みそうになる。
「お願いしますよザックさん!新参に流儀を教えてやってくれ!」
「よっ!『最強のBランク』!」「『大鯨』!」「百人斬り』!」
よほど人気があるのか、逸話でもあるのか。口々に通り名らしきものを呼んで囃し立てる客達。偉いことになってきたぞ。ここからどうする?
「お願いします…」
「「「モービィ・ザック!」」」
示し合わせたのかというくらい見事に揃ったボスのフルネームらしき名前に、俺は噴き出すのを堪えるのがやっとだった。
…モブの、雑魚じゃないか。
成程、これもチュートリアルの一環か。確かに良くあるもんな。いかにも強そうな、地元で一目置かれるマッチョマンをチートスキルでビビらせて辺りを牛耳る展開が。
危うく雰囲気にのまれるところだった。笑いをかみ殺して、数メートル先で立ち上がったモブ…おっと、モービィ氏の目を見据える。
思えば、前世の俺はこういう少しの躓きであきらめる男だった。ため息をつく教師が、憐みの目を向ける母親が、肩を怒らせて凄む不良が…いつも俺を諦めさせた。
「ここで、冒険者として働けると聞きまして」
そう言った俺に、頷く禿頭の大男。
「ああ。ただ、何ができるかは見せてもらうが…まず名くらい名乗ったらどうだ」
「ええ、では…自己紹介を」
そうだ。一度死んでまで、相手の風貌が恐ろしげなくらいで我を曲げるな。チュートリアルで諦めてたまるか。
来た来た。ここに来るまでに魔物を余裕で屠ったスキルを見せ、ここの客を全員ビビらせるのだ。おもむろに宙に手を掲げる。
眼に見えぬ器官から、とめどなく溢れる力を感じる。練り上げ、掲げた手から放出する。前世で見た火とは明らかに違う、黒に近い赤紫の炎。地獄の炎は、きっとこんな色なのだろう。
球体を形作ってからゆっくりと上昇、大きくなっていく。
むにゃむにゃ呪文を唱えずとも、無尽蔵の力でこんなに大きな火を出すことが出来る。小型の太陽の如き様相の火球の表面が揺らめくと、ログハウスの天井からちりちりと音が聞こえる。構うものか。
建物一つ燃えたとして、俺のようなチート冒険者が加入するならば儲けものだろう。
パッとしなかった俺の人生が、この炎のように輝く時が来たのだ!
「私の名は…『獄炎のサト』ぶっ」「危ねえだろバカ!」
第二の人生のスタートを華々しく飾ろうとした俺の名乗りは、頭頂部を襲う強烈な衝撃で遮られた。後から聞いた話だと、
「ザックさんに普通にゲンコツされてたよ」だってさ。
話が違わない?
モービィ・ザックの逸話と器 @AouchGa
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