モービィ・ザックの逸話と器
@AouchGa
第1話 獄炎のサトシ①
某年某月某日(確か晴れていた)、俺は死んだ。
で、いつの間にか真っ白な部屋の中に居た。
やや離れた場所に、教会にある説教壇のような台に置かれた本に目を落とす一人の男。
純白の装束を身に付け、真っ直ぐな金の髪は腰までもあるだろうか。正面からだと台に阻まれ毛先が見えぬほどの長さだ。
俺が目を覚ましたことに気付くと、男は本から目を上げてこちらを見据え、こう言った。
「─やあ、おはよう。驚いたかな?それとも待ちかねた?君は異世界に転移した…こう言えばきっと伝わるよね。そう、ゲームとかラノベ?…でよくあるやつさ」
ありきたりすぎて読み飛ばしたくなってくるだろうが、俺の話をするならばどうしてもここから始めるしかないだろう。
ボーっと生まれてボーっと生きたこの俺には、前の世界に語るべきエピソードが無いからだ。
何せ、死ぬ時ですらぼんやりしていて何かが飛んでくる事に気づかずそのままポックリ、という始末。
テンプレ展開のほうがなんぼかマシという驚きのつまらなさ。という事で、どこかで見たような話が続くことをご容赦願いたい。
いや本当、ダラダラ語るのも面倒だが、以下が俺の異世界初日の出来事である。
─先のセリフから小一時間茫然自失となっていた俺であるが、目の前の男と少しずつ会話をしているうちに状況が分かってきた。
自分の死と再誕が真実である事と、第二の生についての大まかな内容。曰く、
男はこの世界の神である。神や女神は他にも居て、たまにやってくる異世界からの流れ物を案内する役割を担っている。
具体的には、この安全な空間で望むスキルを持たせた上に体の大きな疾患を治して世界に送り出すのだとか。
「何、ちょっとしたサービスさ。せっかくの第二の生だ、正しく謳歌してもらいたいからね」
他にも色々と言っていたが、彼が鷹揚な態度でそう言ったのを特によく覚えている。
「さあ!気持ちは落ち着いたかい?状況は理解できた?神に向かって要望を吐き出す心の準備はOK?お待ちかね──スキル選択の時間だよ」
状況をだいたい把握して頷く俺。さっきの説明の通り、異世界に送り出される前にスキルをもらえるらしい。いわゆるチートスキルってヤツだな、素晴らしい。
まあ細かい事を色々と言っていたし決めることもいくつかあって、正直かなり悩んだ。何せ、何かをはっきり決めて進んだことが無いのが俺という男である。
何にも決めず、成り行きに任せて、ボーっと生きて、ボーっと死んだ。
どのくらい悩んだだろうか。結局決め手になったのは、怒りだったように思う。
不自由無く、何者かになれる道を選べたのに選ばなかったこの俺は、
まったく不完全燃焼の男だったのだ。そういう自分自身への怒りが、俺にこのスキルを選ばせた。
幸運にも得られた第二の生を謳歌するのに必要なもの…
─ボウボウ燃える炎である。
「スキルの試し打ちなんかはここでされると迷惑だからね。ここを出ると、モンスターがそれなりに出る洞窟に出るよ。
15分も道なりに歩けば外に出るが、何にも出会わないという事も無いだろう。
与えた能力が君の眼鏡に叶うかは、そこで確認してほしい…ま、クーリングオフは利かないが」
という事らしい。この白い部屋は異世界とも隔絶された場所であるが、出るときにはただ男を背にして歩いていけばいいのだとか。
「ではさようなら、異世界の友よ。手にした力を正しく使って人生を楽しんでくれることを祈っているよ」
俺はこの時振り向かずとも手くらいは振っただろうか。何とも感慨の無い別れだった。
とにかく言われたとおりに進むと、いつの間にかジメジメとした洞窟の中を歩いていた。特に分岐もなく、見どころもない岩の洞窟。着の身着のままの異世界行きなので、まずは素直に村でも探すのが良いだろう。
道中では小さなスライムが1匹にオオカミのようなナリのモンスターが2匹出現したが、輝かしい第二の人生を歩む俺にとっては物の数ではない。軽く手ほどきを受けた手順で手から炎を出せば、魔物たちは抵抗する間もなく黒焦げになった。
殺生を行うのは初めてで、特にブスブスと焦げて動かなくなるスライムの酷い臭いにはひどく辟易した。だが、「スキルの試し打ち」の結果は上々だ。
要求した通りの強力なスキルが手に入ったことにほくそ笑みながら、軽快な足取りで洞窟を出た。待ってろ世界、異世界勇者のお通りだ。
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