赤いきつねは王子様☆
浅野エミイ
赤いきつねは王子様☆
「さすが料理上手! ミサちゃんの盛り付けはうまいですね」
「ありがとうございます!」
テレビの中では最上の笑顔を見せるとってもかわいい女性アイドルがいる。
——私だ。
「なーにが料理上手だよ! できなかったらネットでバカにされるからだっつーの!」
手には焼酎。つまみはない。料理ができないわけではないが、冷蔵庫は今のところ空だ。そもそもゆっくり料理する暇なんぞないし、休日は日々の肉体労働が祟って出前ばかり。たまに料理を作ることもあるが、そのときは必ずSNSにUPしないといけない『謎の芸能人ルール』があるため、正直仕事の延長線上と言った感じで気が休まらない。
今日も買ってきた高級菓子店の紅茶フィナンシェをおしゃれに皿へ盛り付け、花を活け、スマホで写真を撮り、SNSにかわいらしい文言とともにUPしたばかりだ。
「なーにが『いただきもの。おいしかったぁ』だよ! 甘いモン嫌いなんだよ! 私はっ!」
紅茶フィナンシェも、先輩に押し付けられたものだ。多分宣伝してほしいと暗に頼まれたんだろうが、面倒くさくなったんだ。だからって私に押し付けんなっ! 酒のつまみになりゃしない。どうせくれるなら焼き鳥盛り合わせとかにしてくれよ。
「あー……お酒飲んだら腹へった。なんかカップ麺とかあったかな」
芸能人はいつもいいモン食っているというのは幻想だ。確かにそういう人も中にはいる。でも、私みたいにギリギリアイドルをやっている人間は、一般人と食生活は変わらない。
アイドルだって、カップ麺ぐらい食う。食って何が悪い。ただ、夢を売る仕事だから表に出さないだけであって。表に出したら出したで「庶民派アピ乙」「ステマですか?」となるだけだ。
本当に好きなものだからこそ、好きって言えない。それが芸能人だ。好きだと言ってしまったら最後。それは『仕事』になってしまうから。
コンビニで買ったカップ麺を、ラックの中からひとつ手探りで選ぶ。出てきたのは、赤いきつね。今日は定番か。悪くない。
私にとって、キッチンのカップ麺置き場であるラックは、くじ引きみたいなものだ。定番から新商品まで様々なものを入れているのだが、何が出るかは手に取ってみないとわからない。でも、今日は引き直さなくていいかな、赤いきつねのお揚げ、お酒に合うし、なんとなく『赤いきつねの気分』になってきた。
電気ケトルでお湯を沸かし、その間に鼻歌を歌いながら粉末スープをカップに入れる。いいや、七味も一緒に入れてしまえ。よく同僚アイドルには「そういうとこやぞ」と言われるけど、どうせ誰も見ちゃいない。
お湯ができるとカップへ注ぎ、つまらない私の映っている録画番組を見ながら、5分間待つ。お酒がすきっ腹に効くなぁ……。5分、早く立たないかな。
スマホのタイマーが「ピ」となった瞬間に、私はフタを開けた。もう待てない。私はがっついた。
「いただきます!」
あつあつのおつゆをまず飲み、おだしの味を確認する。うん、この味。慣れ親しんだ鰹だし。そして縮れたうどんを口に運ぶ。
「はぁぁぁ!! おいしい~!! やっぱ赤いきつね優勝でしょ!」
うどんを半分食べたところで、お揚げをパクリ。このあまじょっぱさがまたなんとも。
面倒な食レポなどせず、無心でカップを空にする。その間、10分もかかっていない。実家のお母さんがいたら「よく噛んだの?」って聞いてくるだろうな、多分。
「幸せだった……赤いきつね最高!」
お酒に合うとか、空腹だったとか、もはや関係ない。こうやって堂々と私のおっさんくさいところを存分に引き出してくれる赤いきつね。これを食べている間だけ、素の私に戻れたような気がする。
赤いきつねは私の『アイドルという呪い』をキスで解いてくれる、王子様なのかもしれない。
赤いきつねは王子様☆ 浅野エミイ @e31_asano
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