カードゲームしようよ。
深夜2時。まだ、こんな深夜でもそれほど苦痛に感じるほどの寒さでもなく、香奈が丸の家に置いて帰ったというスカジャンをそのまま着て出てしまった。荷物もそれほど多くも無い。丸が買って与えた白の革財布と、デッキケースを入れる事が出来る革のウエストバッグ。この、元々は香奈のものではあるが、赤い血のような模様と鎖と髑髏が描かれたスカジャンも、エイの革で作られたデッキケース、財布、バッグも、どれも天界では手に入れる事が出来ない地上の素材で作られている。鯨はそれをとても気に入っていた。
そこは『
丸の家から凡そ、1時間ほど歩いた場所にある大きな公園だった。老人向けのウォーキングコースと、中央には地味な黒い魚が泳ぎ、傍には小さな小屋があってそこに棲む生物や、微生物を写真付きで説明する博物館のようになっていて子供にも人気の場所だったが、深夜になればそこは、フクロウすらも鳴かない、錆び付いた灯りが僅かに照らす寂しい空間。その、腐りかけのベンチに座って、悩んでいた。
「今からどうすっかなぁ…」
財布の中には何故か、数十枚の札が入っている。270円を1Pとして、凡そ、275
「沢山働いたしな…」
『今の私はヘヴンルンルン刃! 掃除をするよ!? ぶぅーん!!』
『鯨さん。静かに掃除も出来ないの?』
『ごごごごごご…ごめん丸くん。なんか割った…』
『鯨さん。それ、フランスの皇室で使われてたやつ。3憶くらいするからね』
『嘘付け!』
『丸くんこれ! このジャケット! めっちゃ好き! 貰って良い!?』
『鯨さん…。それ香奈のなんだけど…。香奈に聞いてよ』
『良いって!! ぃやった!』
『……ったく』
『弱い人は嫌いじゃ無いけど、関わるのは別にゲームじゃ無くても良い』
「…………私はただ…君と…」
『ありがとう』
「………………」
「おねーさんっ」
空を見上げる鯨の真上に、不細工な男の顔が現れた。痩せこけて、顎の先端にだけ毬藻のようにもじゃっとした髭を生やした30代後半くらいの男。青いツナギを身に着けた男が3人、鯨の周りを取り囲む。
「なぁにしてんのこんなところで」
「え、ね、めっちゃ美人じゃない?」
「ちょ、マジで? え、アイドルか何か?」
酒とタバコの臭いを纏い、いやらしい目つきをする男達だった。
「ね。なんでこんなとこに居んの。時間あったりする?」
「泊まるとこ無いの?」
「…………」
「ねぇーえったら。あ、なんなら、カラオケとかどう?」
「とーりーあーえーずー…」
「わ、声も綺麗だね…。歳幾つ? お酒飲める歳?」
「一人じゃ危ないって…」
「一緒に帰るよぉ?」
「お前らでいっかぁ!」
「ぃやぁった! 行こうぜ。あ、カラオケ好き?」
「カラオケってさぁ。カードゲームより楽しいの?」
「カード? おぉ! 楽しいよ?」
「行こうぜぇ」
「そんなことよりぃ。カードゲーム。しよ?」
「……………する」
「え、するわするする」
「お、おぉ俺…ルール知らない…。え、やりたい…」
大きな進展があった。
驚くほど。異常とも言うほど。
2階には、部屋が4つある。
1つは丸の自室。そして、書斎というのは過剰だが、表現としては『趣味部屋』と呼べる場所。そして、鯨が元々住んでいた場所。そして、寝室。
鯨が家を出た事を知って、香奈はまるで喜びを隠す事もせず、「ねぇ! 今日泊って良!?」とか手を胸に押し当てて顔を近付けた。
「私何か作るわよ。座ってて?」
信じられなかった。香奈が深夜になっても家に居て、キッチンに立って、焜炉を使っている。そして出来上がったものは、驚くほどに、驚くほどに、驚いたものだった。
「………っどう!?」
「…………………うん。凄いね」
顔色を窺いながら、香奈もまた、フォークで謎の肉の塊を口に運ぶ。そして租借につれて、顔が歪む。
「………まぁずいわね…これ…」
此処で丸は、『良かった』と思った。飯がマズい時に、これを、美味いと思って作ったなら最悪だ。不味いモノを『失敗』と、彼女はちゃんと認識できる女だったらしい。つまり、改善の余地があるという事だ。だが次の言葉は選ばないといけない。
『あんまり料理しないの?』
『下手なんだね』
『香奈はいつも何食べてるの?』
考えれば考えるほど、どれも微妙だ。
「ご…ごめんね…?」
「いや全然! あの! ……嬉しいよ」
「……えへへ」
そうして訪れた深夜。香奈は寝室に入ろうとする。丸はリビングで寝るとそう言ったが、香奈は丸の腕を引いて、寝室に連れ込む。だから床に布団を敷いて、そのまま眠ったが、その数分後。彼女は「よっこらせ」とかわざとらしく言って、転がり込んだ。
深夜2時になっても眠れもしない。心拍がずっと激しく鳴って、息が出来ないくらいだ。肩に滑らか過ぎる手の先が添えられて、高価なパジャマの柔らかな毛並みの感触の奥に、柔らかすぎる胸部の感触が二の腕にある。ただ上を見上げて、じっと堪え続けた。
眠っていたのかもしれない。一睡もしていないのかもしれない。どっちかも分からないくらい、気付けば朝の5時を迎えて、漸くまた、強く意識が覚醒する。香奈は熟睡しているようだ。少し冷える朝に熱を求めてまた更に身体を密着させて、丸の腕を枕にして胸の辺りに手のひらを置く。
「…………」
この女頭おかしい…。
だから丸は、身体を傾けて、彼女の顔に顔を突き合わせる。もういっそのこと、思い切り、抱き締めてみる事にした。
自分の体温か、相手の体温かは分からないが、その接着面を中心に物凄く熱い。
再会は、高校に入ってすぐの事だった。
『ねぇアンタ!!!』
『?』
『忘れたの!? 私のこと!!』
『? あの。どちら様ですか?』
『………残念。アンタが【甲龍】を倒した時は、もう私、むしろ感動したくらいだったのに』
『甲……龍…? 君…もしかして…』
『ね、アンタ店やってんでしょ!? ッ招待されてあげるわよ!』
それからまだ、1年と経っていない。
今はもう、同じ布団で眠る関係だ。
「……」
時間止まれ…。
そう思った矢先、スマートフォンが激しくなって、6時半を告げた。しかし、凄まじい速度で振り上げられた左手が、スマートフォンの画面を横にスライドさせてアラームを止める。すると、香奈は丸の首に腕を巻き付けて、鼻を頬に擦り付けて来る。
「香奈」
「ウッサイ」
甲高く、小さく、そう言う。
「……」
時間止まれー…。
巻き付いてくるのだから、それくらいは構わないだろうと。丸もまた顔を突き合わせて彼女の腰を抱き寄せて、頭を撫でる。茹でたての春雨みたいに艶やかで、細くて柔らかく、そして、弱弱しい肉質だった。意識の覚醒が近いらしい。鎖骨の辺りに当たる息が熱く、不規則だった。
「香奈」
「ウッサイ」、またそう言うが、丸は続ける。
「今日行こっか」
「………どこに?」
「カフェ」
香奈は、丸の上に身体を乗せて、その首筋に顔を擦り付けると、噛んだ。
「ん」
「んふふ。行ーく」
「ほんと?」
「楽しみ」
「……良かった」
次の更新予定
2024年12月12日 23:00
メビウス ののせき @iouahtjn
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