第5話 穴海の畔にて

 磐城で合流した北陸方面軍と東海方面軍は西方方面軍に再編された。

 司令官の五十狭芹彦命いさぜりひこのみことは、播磨国で兵士に十分な休養と補給を取らせたのち、吉備の国へと向かった。

 軍は大きく二つに分けられ、犬養と猿田に指揮が任された。なお、本陣にはオトスズヒメ、サイナギノミコトと含む巫子たちが配置された。なお、幻獣へ変幻可能な巫子が何人配置されたかは極秘事項であった。

 吉備の国に進軍を続ける西方方面軍であったが、温羅うんらの本拠地に近づけば近づくほど奇妙な状況であることがわかった。通過する村々で村人がほとんどいなかったのである。これは、情報収集はともかくとして、大部隊で進む西方方面軍にとって現地での兵糧補給が困難となっていることを意味していた。

 肝心の温羅軍は、温羅の立てこもる鬼ノ城と、王丹おうにが立てこもる吉備児島城の二カ所に分かれて立て籠もっていた。

 西方方面軍は鬼ノ城を中心に包囲を固め、夜営をしていた。攻撃はいよいよ翌日である。

 本陣の陣幕の内側では老巫女が占いの結果を伝えていた。結果を聞くのは五十狭芹彦命(いさぜりひこのみこと)である。

「占いは凶です。たとえ勝ったとしても、かなりの被害がでるでしょう」

「私は生き残るか?」

 五十狭芹彦命いさぜりひこのみことは自分が軍全体の司令官であることも忘れ、自分の運命の事を先に確認しようとしてしまっていた。

「それはわかりません」

 老巫女は淡々とした口調をしていた。

 松明たいまつのかかり火がゆらゆらと揺れていた。

 五十狭芹彦命いさぜりひこのみことは頭の中に浮かんだ疑問を口にしてしまった。

「そもそも温羅は誰なのか?王丹は何者なのか?我々はなぜ戦わなければならないのか?」

 それは、司令官らしからぬ発言であった。

「そなたは戦う理由を相手に求めているようじゃ。相手のせいにしないとまともに戦えないのか・・・」

 頭上の満月は西の空へと傾きつつあった。五十狭芹彦命いさぜりひこのみことは老巫女の言葉ようやく冷静になりつつあった。

「わかった。切り札を存分に切ろう」

 五十狭芹彦命いさぜりひこのみことは指で顎ひげを整えてながら、温羅との戦いに向け集中力を高めていった。


 その夜、サイナギノミコトは寝付くことができず、ひとり陣から抜け出した。穴海のほとりを歩きながら、物思いにふけっていた。そもそも、今回、温羅と王丹を攻撃する理由って何なんだろうか?彼らが鬼だから攻撃するのなら、鬼とみなせば誰でも攻撃してよいことになる。それでよいのだろうか?

 しばらく歩くと、対岸から唸り声が聞こえた。吉備児島には城がある。その唸り声の正体は王丹だと言われていた。なぜ、あんなに絶えず唸り声を上げているのだろうか?

 月は満月で南の空に高く昇っていた。気が付くと細面の顔の男が立っていた。その男も吉備児島の方を見つめていた。サイナギノミコトは思わず声を掛けてしまった。

「なぜあんなに泣いてるんでしょう」

「きっと母にも会えなくて泣いているのでしょう」

「よほど悲しかったのですね」

「しかし、それを姉のせいにするのはよくないのでしょう」

 サイナギノミコトは思った。この男は王丹のことをよく知っているのだろうか?ちょっと別の事も聞いてみることにした。

「ところで、温羅を攻撃する理由はなんなんでしょうか?」

「何でも弟のせいにするのはよくないのでしょう」

 はて、今の会話は成り立っていたのだろうか?

 細面の男は穴海の岸に寄せてくる波を指さした。

「わかりますか?あの波は、ああやって岸にぶつかっていますが、消えたわけではありません。波は岸で反射して反対側の岸に寄せていくのです。誰かの責任を追及したとしてもいろんなことが連鎖していて、回りまわって最終的に自分にも打ち寄せてくるのですよ」

 気が付くと細面の男の姿は消えていた。男のいた場所には一本の剣が残されていた。

 サイナギノミコトが手に取ると、その剣の霊力が直に伝わってきた。少しだけ刃を抜いてみた。刃は満月の光を静かに反射させていた。

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2024年12月18日 17:00
2024年12月19日 17:00
2024年12月20日 17:00

吉備国の幻獣戦記 乙島 倫 @nkjmxp

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