怪獣と妖怪についての思考

バルバルさん

結論「怪獣と妖怪はうどんと蕎麦の関係である」

●怪獣は妖怪たりえるかという疑問

 怪獣は特撮・アニメ番組などにおける日常を破壊する存在であり、妖怪は伝承から小説まで広く分布する、何かしら変わった現象を具現化した存在である。筆者はこの二つがどちらも好きなのだが、ふと疑問が浮かんだ。「怪獣は妖怪たりえるか」という、漠然な疑問が。

 今回は、この疑問を「怪獣は妖怪という存在に同じあるいは近いのかどうか」という疑問であるととらえ、考えてみようと思う。



●妖怪とは何か

 まず、日本における「妖怪」とは何だろうか。「改訂新版 世界大百科事典」において、小松 和彦先生は妖怪を、「広義には,人知の及ばない異常な事物や現象を意味するが,狭義には,恒常的に祭祀されていない,人々に恐怖感を与え,さらには災厄をもたらすこともある霊的存在もしくは怪異現象の総称。妖異,妖物,魔物ともいい,またその多くがさまざまな事物に姿を変えることができるので,〈ばけもの〉〈おばけ〉などとも呼ばれる。(コトバンク 原文)」としている。

 また、妖怪とは人に制御されない、人と敵対する恐ろしい存在としている。それに対処するためには「追い払う・退治する」ことで、根本を断つ。あるいは「祀り上げる」ことで妖怪の邪悪な面を神性に置き換えることが必要であるとされる。

 また、神様が力を失った時、妖怪に零落するとしている。つまり、神様と妖怪の盛衰には関係があるという事だ。

 神聖さや祀り手を失い、邪悪な面が残ってしまった神様は妖怪となり、妖怪を祀り上げることで邪悪さを覆い隠し、神様となる。これに八百万の神という、「全てのものに神様はいる」という考えと合わさり、打ち捨てられたモノから妖怪は生まれていくのだ。


●怪獣とは何か

 次に、日本における怪獣とは何か。コトバンクにおいて検索すると、「巨大な獣」という風に、生き物として定義されることが多い。

 ゴジラを始めとして、ガメラ、モスラ、円谷のウルトラ作品の怪獣……等々。確かに、巨大な生き物である。

 生き物であるが故、妖怪の定義である「人知の及ばない事物や現象」には当てはまらない。

 だが、怪獣たちの立ち位置や、何はその怪獣に込められているか、というのを考えてみると話は変わる。

 例えばゴジラの「原子爆弾」、ガメラの「人類の守護神」、ウルトラシリーズの(これは種類が多いのでかなり大雑把だが)「人知の及ばない災害」「倒されるべき悪」のように、物事や現象を、「怪獣」という姿かたちに落とし込んでいる。

 また、怪獣は神様にはなれない。あくまで創作物だという認識が強いからだ。だが、邪悪な事象の具現化した人類と敵対する怪獣は「倒される」ことで怪獣の邪悪な面は物語の中で消化される。

 また、人に味方する怪獣は、「ヒーロー」という存在に祀り上げられることで、邪悪な存在ではなくなる。(近年で言えば、円谷怪獣の味方化したゴモラや、アメリカ映画版の守護神のようなゴジラ)

 つまり、怪獣という存在は、物語の中において敵対し倒されるか、味方としてヒーローとなるのだ。


●怪獣は妖怪たりえるか

 怪獣と妖怪の違いは、広く言えば、「架空の生き物か、架空の現象か」であり、狭く言えば、「人の味方となった時、ヒーローとなるか神様となるか」だと筆者は考える。

 ここまでの事を踏まえ、怪獣は妖怪たりえるか。「怪獣と妖怪は同じあるいは近いのかどうか」考えた時、筆者としては「うどんと蕎麦の関係」だと考えた。

 うどんと蕎麦は同じ食べ物ではない。だが、同じめん類に分類できる。(ソバガキは考えないものとする)似て非なる。というよりは、非だが似るところもあるという関係だろうか。

 怪獣も妖怪も別ジャンルである。それは間違いない。だが、「何かの意味を暗喩した人類に仇なす存在」であり「人類に味方するときに別の存在となる」という性質も持っている。

 なので、筆者の結論としては、


「怪獣と妖怪は別であるが似た性質を持っている程度には近い」


としたい。

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