【2】蒼の憂鬱(1/2)
曇りの日はあまり良くない。
雨の日はだいぶ良くない。
青い空に白い雲、ギラギラの太陽が輝いて、気分も上々! っていう毎日だったらいいのに。
蒼汰の思いとは裏腹に、窓の向こうの空には灰色が波打っている。夕方には雨になる予報だ。憂鬱な気分に押し上げられ、蒼汰の口からついうっかり声が漏れた。
「調子悪いなぁ……」
「そうか、具合悪いなら保健室に行ってこい」
「……嘘です。元気です。寝ぼけてすみませんでした」
「今日は居眠り常習の奴らが起きてるってのに。ちゃんと聞いとけよー。テスト範囲だぞ」
「うぃっす」
いつの間にかすぐ隣に立っていた教師の言葉で、意識が曇り空から授業に引き戻された。クラスメイト達がくすくすと笑っているのが聞こえる。
午後一番の授業が古文というのは、学校が昼寝を推奨しているに違いない、というのはクラスの共通認識であったけれど、今日に限ってはみんな睡魔に打ち勝っていたらしい。再開された授業に向き合うクラスメイトを見て、また憂鬱がせり上ってくる。
「……調子悪い、なぁ」
今度は誰にも聞こえないように口の中で呟いて、蒼汰はシャープペンシルを指先でくるくると弄んだ。
呪文のようで、それでいて意味がわからなくもない授業に耳を傾けていると、制服のズボンの尻が数回もぞついた。ポケットに収めたスマートフォンが何かを受信したようだ。
視線を巡らせ、素早くポケットから取り出すと、黄緑色のアイコンに①と通知が表示されている。ぴと、とタップして画面の中に青空を呼び出す。
『帰りにちょっとつきあって』
「姉ちゃん?」
端的な用件の向こうに、姉の淡々としたいつもの様子が浮かぶ。
弟の目から見ても間違いなく美少女である姉・
肌もきめ細かく滑らかで、フォトショップは三次元にも対応してたのかと思うほどの陶器肌だ。実は作り物じゃないのかと思ったことも、一度や二度ではない。猫のようなちょっとつり上がった大きな目は、じっと見つめれたら誰だってドキドキするだろう。
しかしその実、ズボラ……もといサバサバサバ、くらいの中身であるため、詐欺だよなぁ、と思う。
ちなみに、そんな性格の紫苑の髪や肌の手入れをしているのは、紫苑の双子の弟・
紫苑から一緒に帰ろう、と言われるのは滅多にない。姉は一人行動を大いに好み、身内であっても連れ立つということが少ないのだ。
「めずらし」
『おっけー』
一言返答を送るとすぐさま既読がつき、次の吹き出しが現れる。
『そっちに行くから校門前にいて』
「はいはいっと」
了承を意味するスタンプをぽこんと送ったが、しばらくしてもそれに既読がつくことはなかった。
「やっぱり調子悪そうね」
言われたとおり校門前で待っていると、私立女子校のセーラー服を着た美少女が現れた。蒼汰の知り合いもそうでない生徒も、男女すら関係なく、紫苑を見てはっとしたような表情をする。
「別に体調は平気だよ。ちょっと気分が上がらないだけだって。あ、心配してくれた感じ?」
「心配?」
「いや、なんでもない」
紫苑が「何それ美味しいの?」というような顔で首を傾げたから、蒼汰は笑って誤魔化すことにした。
「いつも通る道があるんだけど」
「帰り道?」
「そう。いくつかあるうちのお気に入り」
「へぇ。それがどしたの?」
「最近面倒なのに絡まれるの」
「ありゃ。またナンパ? それともスカウト?」
「知らない。聞いてないから」
「あー……、てことは、オレは護衛的な?」
「どっちかと言えば虫除け」
「はは。りょーかい」
そういう用件なら、今日調子の悪い自分よりも、兄たちのどちらかの方がよくないだろうか。そう思ったところで、上の兄・
「さ、帰るわよ」
「へーい」
好奇の視線を躱して帰途に着くと、ポツリと頬に冷たい物があたった。上を見上げると、雲の色が一段と濃い灰色になっていて、小さな粒がいくつも顔に飛び込んでくる。
「あーあ、降ってきた……」
紫苑は何も言わずに鞄から折りたたみ傘を取り出して、すちゃっとさしている。無表情に淡々と、それでいてテキパキと傘を組み立てる様子は、さながら戦場で銃を構える兵士のようだ……、とは言い過ぎだろうか。とにかく、蒼汰と共用するつもりは微塵もないらしい。
「待ってよ、姉ちゃん」
蒼汰も自身のリュックから折りたたみ傘を取り出すと、もたもたしつつもどうにか傘をさしたのだった。
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空の色~願いを叶えるモノ~ 萌伏喜スイ @mofusuki_sui
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