エピローグ           ぎゃらん堂のクリスマス

ユッキー

ぎゃらん堂のクリスマス

 ご注意:こちらは「飛縁魔の好転反応」の後日談になります。そちらのネタバレを含んでおりますので、是非本編を読んでからご覧ください。


 

「じんぐーべー、じんぐーべー、じんぐーおっしゃれ〜っ♪」

「耳コピで歌ってんね、あんた……」

 ヒロム君とマヨねえさんのやり取りに、私は口元を綻ばせる。

 十二月二十日─金曜日。

 私達はその日の昼休憩を利用して、整骨院〈ぎゃらん堂〉の院内を色とりどりのモールや紙花で飾り付けていた。紙花はポインセチアを型取り、ヒイラギのリースや小さなモミの木のクリスマスツリーもある。クリスマスウィークに合わせて先日の日曜日に烏頭うとう先生と買い求めてきたモノだが、色々あって今日まで手付かずでいた。それで最初は昨日の昼に飾ろうと相談していたが、今日からヒロム君の小学校が冬休みを控えて午前だけの短縮授業に入るそうで、じゃあ今日皆でやろうとなったのだ。


 私達が午前の診療を終えた頃、ちょうどヒロム君も学校からランドセルを背負ってぎゃらん堂に直行してきた。手には冬休みに備えて持って帰ってきた、工作や書道の作品を抱えている。それでまず皆で昼食に買ってきたお弁当を食べたのだが、その時ヒロム君が色々と見せてくれた。

『これはロボットアームだよ。ホラ、中のわゴムをつかんでひっぱると、指がうごくの』

『おお凄い!これで敵のロボットやっつけるんだな?』

『ううん、これは工場で部品をつくるロボットだよ。パソコンのプログラミングで人間にはできない、ミクロンたんいのこまかい作業もかのうなんだ』

『そ、そっか…』

 ヒロム君と烏頭先生のどちらが大人か分からない会話に、私とマヨ姉さんは思わず笑ってしまう。

『おっ、この絵は?』

『あ…』

 烏頭先生が何気なく丸めた画用紙を広げると、ヒロム君はちょっと頬を赤らめた。それは茶色い色鉛筆で描かれた髪が肩まで掛かり、目がクリクリと大きい女の子と思われる肖像画だった。

『えっとね、となりの席のコの顔かきなさいって先生がね…だからアイちゃんかいたの』

『ああアイちゃん。可愛く描けてるじゃない♪』

 アイちゃんなら私も知っている。放課後の学童保育でも一緒のヒロム君の仲良しだ。彼は照れくさそうにしているが、マヨ姉さんに褒められたから─だけではないかもしれない。烏頭先生が嬉しそうに言う。

『あっ、ヒロムのカノジョ?』

 途端に真っ赤になるヒロム君。ここら辺、烏頭先生はまあ…直球過ぎる。

『で、でもね、ミノルくんはひどいんだよ。ヒカルちゃんの顔、わざと変にかいたんだ。ブタみたいなハナでツノもはえててさ、ヒカルちゃん泣いちゃって……ミノルくん、いつもヒカルちゃんばっかりイジワルして先生におこられてるのに、ぜんぜんやめなくて…』

 焦りながら急に話題を変えるヒロム君。自分の恋バナから話を逸らそうとしているのは明らかだが、その内容は結局同種な気がする。好きなコに上手く感情表現できなくてつい意地悪してしまうのは、古典的かつ普遍的なオトコのコあるあるだろう。と言っても周囲を巻き込めばイジメにも繋がるので、気を付けなくてはならない言動だが…。

 

 そんな何だかんだ楽しい昼食を終えて、私達は飾り付けの作業に入った。

 そしてヒロム君が、何度めか分からない我流の『ジングルベル』を歌い終わった時である。 

「あれ、真見まみクンこれ何?花束?」

 そう言いながら烏頭先生が紙袋の底から出したのは確かに、白い小さな実が付いた緑の茎葉けいようを集めて乾燥させ、赤いリボンで花束状にまとめたモノだった。選んだのは私だ。しかし花束ではない。

「それはヤドリギの〈スワッグ〉です。花や葉っぱを束ねて逆さに吊るす、壁飾りですね」

「ああ逆さまにするのか…ヤドリギ?」

 スワッグを掴んで逆さまに持ち上げていた烏頭先生が質問を重ねる。そこにヒロム君が割り込んだ。

「ヤドカリなら知ってるよ」

「それならオレも知ってるぞ」

「さすがかおるちゃんセンセ、虫ハカセ!」

「だからそれは亀山薫の設定だって…そしてヤドカリは虫じゃない」

「え〜?」

 二人で床に座り込んで漫才をする烏頭先生とヒロム君は微笑ましいコンビだが、マヨ姉さんは呆れて言った。

「あんた達って子達は…ヤドリギって言ったらクリスマスには欠かせない、ラブラブの木よ?」

「ラブラブ?」

 声を揃えるお子ちゃまコンビ。

 マヨ姉さんがアイコンタクトを送ってきたので、私が引き継いで説明する。

「ヤドリギは『宿る木』の名の通り寄生性の常緑樹です。

 エノキやブナ、ミズナラ、クリ等の落葉高木が冬に葉を落とした後、上方の枝に緑色の塊となって寄生します。早春には黄色い花が咲き、秋にはその白く丸い実を付けるのです。葉の方は薬用植物として高血圧予防に効果があるそうで、煎じて薬用茶にも使われます。ヤドリギは日本でも普通に自生していて、宮沢賢治の『水仙月の四日』にも出てきますよ」

「あっ、クラムボンの?」

 ヒロム君が宮沢賢治に反応する。

 私は頷いて続ける。

「ヤドリギは地に根を張らないにも関わらず、一年中瑞々しい姿を保ちます。その為、不死・再生の象徴シンボルとして、古代ヨーロッパのケルトの文化圏や北欧の極寒の地で様々な神話を生みました。ケルトの祭司であるドルイドは、ヤドリギが寄生するオークの樹には神が宿るとしてその下で儀式を行ない、北欧神話の太陽の神バルドルは、ヤドリギの枝から作った矢によって命を落とします。

 また元々は大木だったヤドリギがイエス・キリストの十字架の材料にされた為、それを恥じて、他の樹木に宿を借りる小さな存在になったという伝説もあります。いずれも生と死を考えさせる内容ですよね。クリスマスに飾るのは相応ふさわしいと思いますよ」

「へえ〜流石真見クン、詳しいなあ」

 烏頭先生は感心しているが、マヨ姉さんは抗議の声を上げた。

「ちょっとぉ〜肝心な事抜けてるじゃ〜ん」

「…お子さんの教育上どうかなと」

「大丈夫大丈夫、あたしヒロムにいっつもチュッチュしてるもん」

「ママ、なんのこと?」

「オホホ、ヒロムちゃ〜ん」

 そう言いながらマヨ姉さんはヒロム君の横にしゃがんで、頬にキスをする。くすぐったそうに身をよじるヒロム君。キョトンとする烏頭先生。


 そう、このヤドリギで一番有名なのは『愛の木』である事だ。

 先述のヤドリギの矢によって死んだ太陽神バルドルは実は後に復活するのだが、それを喜んだ母親─愛と美の女神フリッグは、ヤドリギの下を通る全ての者に祝福のキスをしたという。その結果『ヤドリギの下を通る者は争いをしてはならず、口吻くちづけを交わすべし』という愛の掟が生まれたのだ。

 それが発展して欧米では、恋人同士がヤドリギの下でキスをすると結婚の約束を交わした事になり、大いなる祝福が受けられるという言い伝えになった。それは良いのだが、クリスマスシーズンにヤドリギの下にいる若い女性は、男性からのキスを拒む事が出来ないという風習も何故か追加された。もしキスを拒んでしまうと翌年は結婚のチャンスが無くなるという、いささか男性に都合の良い話である。


 私はとりあえず「この下を通る人は幸せになるんですよ」などと言いながら、ヤドリギのスワッグを烏頭先生に任せた。元々の女神フリッグのキスは息子の復活を祝う幸せのお裾分けなのだから、嘘ではない。日本のクリスマスはそのくらい緩くても良いだろう─と勝手に結論付けた。マヨ姉さんは何か言いたげにジトッとした目で見ているが……

「よーし、じゃあみんなで幸せになって、良いお正月を迎えるか!」

「クリスマスの飾りだってば」

 確かに神社のくぐりと混ざっているが、烏頭先生はマヨ姉さんのツッコミをものともせず、待合室と施術室を仕切るパーテーションの開口部に立った。そこから施術室こちらがわに向いて、上部の木枠にスワッグを抱えた両手を伸ばす。そこにヤドリギを取り付けるつもりの様だ。先生は身長百七十センチを優に超えるので楽々と取り付け、そのまま腰に手を当てて満足げに見上げていたが、玄関のガラス扉がカランカランと開いて振り向く。


「おうやってんな。俺のも飾ってくれよ!」


 施術室側にいた私達が烏頭先生越しに覗くと、赤いダボシャツの文太ぶんたさんが入ってくる。その手には丸めたポスターらしきモノを持っているが……

「ホラ、前から言ってたろ?それ・・もう替えようって」

 そう言いながら彼が指差したのは、待合室に貼ってある鍼灸師募集のポスターだ。漫画家である文太さんが可愛い女の子の鍼灸師を描いてくれていて、私もホームページにアップされたそのポスターを見てぎゃらん堂ここで働こうと決めたのだ。しかしそうなると当然、もう鍼灸師は足りている。

「だからよ、ホラ」

「わあっ!」

 文太さんが広げたポスターを見て、マヨ姉さんとヒロム君が歓声を上げた。

 そこには白い医療用ユニフォーム─ケーシーを着た烏頭先生と私、そしてピンクのケーシーのマヨ姉さん、更には野球のユニフォームを着たヒロム君までが漫画のキャラクターにアレンジされ、色彩豊かに描かれていたのだ。笑顔を見せる私達の上部には『ぎゃらん堂へようこそ!』というメッセージが、ポップな字体で入っている。

「文太さんすごーい。ボクそっくりじゃん。絵うまいねーっ!」

「へへっ、だろ〜?」

 ヒロム君は興奮しているが、その人はプロである。

「これいいわね〜!あたしってば可愛い♪コピーしてチラシ作ってもいい?ママ友に配ってもらったら、患者さん増えるかも〜」

 マヨ姉さんもウキウキと皮算用している。

 私も恥ずかしいくらいに美形に描いてもらっているが、ただ一人──

「……ちょっと。

 何でオレだけ、向こう向いてんスか?顔見えてないんだけど……」

 烏頭先生が低い声で唸る。

 ポスターの中の先生はこちらに背中を向けて立っていて、空─『ぎゃらん堂へようこそ』の文字を勇ましく指差していた。

「ああ、薫ちゃんセンセにはこの絵のテーマを表現してもらったのよ。これからぎゃらん堂が目指す高みに、一心に進んで欲しいという願いを込めてだねえ──」

「嘘っスよねっ?」

 烏頭先生がツッコんだ通り、文太さんはそれっぽい事を言いつつもニヤニヤ笑っている。そういえばこの間も、烏頭先生だけ『丸描いてチョン』的な顔で描いていた。明らかに先生をからかって、その反応を楽しんでいる。

 思えば烏頭先生と文太さんの掛け合いはいつもこうだ。

─ろくろ首てなあ、骨と筋肉、どっちが伸びるのかねえ?

─は?

─人魚ってなあ、白身か赤身、どっちだろうねえ?

─は?

─最近、オノマトペに追っかけられててさあ…

─は?

─パイロキネシスじゃないだろな…?

─は?

 いつも変な事を言っている文太さんだが、必ず最初は烏頭先生をからかって、そのリアクションを楽しんで……


 …あれ?


『……ひどいんだよ。……ちゃんの顔、わざと変にかいたんだ……』

『いつも……ちゃんばっかりイジワルして先生におこられてるのに、ぜんぜんやめなくて………』


 もしかして……?


 思わず隣のマヨ姉さんの顔を見たら、たぶん同じ事に気が付いたのだろう。目を丸くしてこちらを見返した後、何とも言えない笑みを浮かべた。困った様な、面白がっている様な……


「後ろ向きでも顔は見えてんだよ。ホラ、ほっぺた膨らんで、口がニヤ〜ってしてんの分かる?」

「あ、ホントだ…あれ?どこかで見た事あるカオだけど……」

「主人公はこんな顔なのさ」

「えっ、主人公?オレがスか?…まあそういう意図が入ってんなら……」

「オラ、マッサージ得意なんだぞぉ〜」

「クレヨンしんちゃんじゃないスかっ」


 そうして烏頭先生と文太さんは、不毛なジャレ合いをしばらく続けていた。

 ──ヤドリギの下で。

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エピローグ           ぎゃらん堂のクリスマス ユッキー @Myuuky

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